ケリー被告裁判が山場「ゴーン氏引き留めるため…」[2021/07/07 07:30]

日産自動車の業績をV字回復させ救世主とも言われた元会長、カルロス・ゴーン被告が逮捕・起訴後、海外逃亡してから1年半余り。罪に問われたかつての部下、元代表取締役のグレッグ・ケリー被告の裁判は主人公なきまま進み、山場を迎えた。役員報酬の虚偽記載事件でゴーン被告の共犯者として法廷に立つケリー被告の被告人質問が先日終了した。
ゴーン事件とはなんだったのか。裁判を通じて垣間見えるゴーン被告の姿を振り返り、事件の構図をいまいちど明らかにしたい。

◆ゴーン被告の側近 ケリー被告は無罪主張

日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告が2017年度までの8年間の報酬について有価証券報告書に91億円余り少ない嘘の記載をしたとして起訴された事件。裁判ではケリー被告の被告人質問が、6月23日まで13回にわたって行われた。
毎回赤いネクタイを締めて証言台の前に座り、改めて無罪を主張したケリー被告。「ゴーン被告を日産に引き留めるために様々な方法を検討したが、あくまでも“合法的”な方法を検討していた」と繰り返し強調した。
日産という巨大企業を舞台にした前代未聞の経済事件。事件のキーワードは「shortfall(ショートフォール)」。「不足」とも「未達」とも訳されるこの言葉が何を指すのか、検察側と弁護側の主張を、傍聴取材から紐解いていく。

◆事件のはじまり。きっかけは“個別開示制度“

「この問題は非常に重要である」
ケリー被告によれば、2010年2月頃、1億円以上の役員報酬を有価証券報告書に個別に開示する制度が導入される見込みとなったことを知ったゴーン被告は、ケリー被告にこう告げたという。
ゴーン被告は「新しい制度にどう対応すべきか調べてほしい」などと依頼。そこから、ケリー被告は「合法的に開示を避けてゴーン被告に報酬を支払う方法があるか」といった検討を始めたという。
個別開示制度は2010年3月に導入され、2009年度の報酬についても開示の対象になった。しかし、良い支払い方法は見つからない。検察側は、ケリー被告がゴーン被告に2009年度に受け取っていた報酬の一部をいったん会社に返金してもらい2010年度に延期したとみている。
これが長年にわたる“報酬隠し”のはじまりだったという。

◆“ショートフォール”とは何を指すのか

「ショートフォール」とは、英語で「不足」「未達」を意味する。この事件を理解するうえで重要なキーワードだ。
これまでの裁判でも「shortfall(ショートフォール)」と記載された書面が複数示され、ケリー被告もこの言葉を繰り返し使って説明した。

ケリー被告によれば、「ショートフォール」とは「ゴーン被告が2009年度より前に得ていた報酬と、2009年度以降に獲得した報酬の差異」を意味しているのだという。2009年度以降に開示されたゴーン被告の報酬額は、2008年度までに得ていた報酬額よりも大幅に減っていた。「ゴーン被告は実際には高い価値があるにもかかわらず、報酬を減額し失っていた」と述べ、「ショートフォール」はゴーン被告が「失った価値」を指すと説明した。

一方、検察側は、書類などの証拠から、ゴーン被告の報酬総額が毎年度確定していて、ゴーン被告とケリー被告がその総額の一部を隠し、支払いを延期。それを「未払い報酬」として管理して、累積させていたとみている。そして、「ショートフォール」とはこの「延期された未払いの報酬」を意味しているとみている。
あまり違いがないようにも思えるが、ケリー被告は、「ショートフォール」は「あくまでも差額」だとして、「将来その差額が支払われるという意味は含まれていない」と説明した。

◆「ゴーン被告が”ショートフォール”に注目していた」

ケリー被告は、ゴーン被告が報酬を減額したことで日産を離れるリスクが生じた、と述べた。そこで、日産に引き留めるため、2011年に西川廣人前社長とゴーン被告の退任後の契約書案を作成した。
契約書案には、ゴーン被告が退任後に「顧問」に就任し「顧問料」を支払うことや、競合他社で仕事をしないかわりに「競業避止料」を支払うことなどが含まれていた。
2013年にも同様の契約書案を作成。2015年にも、「競業避止」を内容とする契約書案を作成した。そして、2011年、2013年、2015年、いずれの契約書案にも西川前社長とケリー被告が署名し、ゴーン被告に渡された。

これらの契約書案には、顧問料や競業避止料の額を出すための算定式が記載されている。
検察側はこの算定式こそが、ゴーン被告の「未払い報酬」つまり「ショートフォール」の累積額を賄えるように作られたものだとみている。「退任後の契約」は「ショートフォール」の累積額を支払うための“手段”にすぎず、「顧問料」や「競業避止料」は“名目”にすぎないと指摘する。

一方、ケリー被告は、退任後に支払う「総額」を前提にして算定式が契約書案に記載された、としたものの、その総額は「ゴーン被告の価値」であり、「ショートフォール」の金額とは別のものだと述べた。
しかし、ケリー被告は、ゴーン被告に退任後の契約書案について説明する際などに、自身で算定したという「ショートフォール」の金額をたびたび示していたとも説明した。このことは、退任後の報酬と「ショートフォール」に関係があるのではないかと感じさせ、「差額を指しているに過ぎない」とする自身の説明と矛盾するようにも思える。
 
検察は、「ゴーン被告に説明する際に、『ショートフォール』の金額と退任後の支払い額を対比する必要があったのはなぜなのか」などと繰り返し追及。ケリー被告は「ゴーン被告が『ショートフォール』に注目していたから」としたうえで、「退任後も日産と関係を継続してくれるなら、その価値は、既に失った価値(=「ショートフォール」)よりも大きい」と伝えることで、ゴーン被告を引き留めたかったと説明した。

ケリー被告によると、退任後の契約でゴーン被告が受け取る報酬は、あくまでも顧問としての“退任後の”業務や、競業避止の義務を“退任後に”負うことの対価だという。しかしその説明では、「ゴーン被告が2009年度から報酬を減らしたことによって発生した『ショートフォール』」は別に存在したままということになる。
検察側は「あなたの話を前提にすると、ゴーン被告は“退任後契約によってゴーン被告が生み出す価値”に加えて、『ショートフォール』の金額も要求してくることになるのではないか?」と、その点を追及したが、ケリー被告は「そのような要求はなかった」と述べるにとどまった。

◆ケリー被告は大沼元室長の証言を全面的に否定

裁判では、10年以上にわたり秘書室長を務め、ゴーン被告の「延期された未払いの報酬」の金額などを管理していたとされる大沼敏明元室長も出廷した。いわゆる日本版“司法取引”に合意し、検察の捜査や裁判に協力する代わりに不起訴処分となった人物だ。大沼氏は、ケリー被告からの指示や報告を重ねながら、「未払い報酬」つまり「ショートフォール」を開示せずにゴーン被告に支払う方法を検討したと証言した。また、累積された「未払い報酬」のおおよその金額をケリー被告に伝えたことがある、とも説明した。
しかし、ケリー被告は「大沼氏にゴーン被告の『ショートフォール』について尋ねたことは一度もない」と証言を否定。大沼氏が「ケリー被告の依頼で作成した」とした文書や「ケリー被告に見せながらディスカッションした」と証言した文書についても、「逮捕されるまで見たことがない」「そのような依頼をしたことは一度もない」などと述べ、大沼証言を全面的に否定した。

2013年10月、ゴーン被告に渡すための退任後の契約書案が完成した頃。
2014年10月、ショートフォールや退任後の支払いなどを記載したゴーン被告への資料が完成した頃。
2015年6月、退任後の契約書案をケリー被告がゴーン被告に渡した日―。
いずれも、この前後に大沼氏はゴーン被告の「未払い報酬」の金額をまとめた資料を作成している。検察は「何か心当たりはないか」と質問したが、ケリー被告は「まったく私の知らないものだ」と答えた。

13日間にわたった被告人質問。弁護人の質問にはよどみない口調で答えていたケリー被告だったが、検察官の質問に対しては答えがかみ合わない場面が目立ち、口ごもることもあった。
そもそも、個別開示制度は「報酬を開示せよ」という制度である。日産の幹部という立場で「開示せずに報酬を支払う」方法を探していたこと自体に、傍聴を重ねる中、筆者は強い違和感を覚えた。

◆日産は信頼を取り戻せるのか

裁判は去年9月から1年近く続いている。この事件では、ゴーン被告とケリー被告とともに法人としての日産が起訴されているが、その日産の証人として、7日には内田誠社長兼CEOが出廷する予定だ。かつてのトップらが起訴され、企業ガバナンスが大きく問われている日産が社会の信頼をどう取り戻していくのか、その発言が注目される。
秋以降には検察側の論告と弁護側の最終弁論が行われる見通しだ。

テレビ朝日 社会部 井口理央(司法担当)

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