池袋暴走事故から3年「免許返納に必要な材料、国や自治体は提供を」 遺族の思い[2022/04/20 11:28]

 「事故について伝えることで、1件でも事故が防げたら、2人に胸を張って2人の命を無駄しなかったよって言えるんじゃないか」

 2019年4月19日、東京・東池袋で発生した暴走事故から3年が経った。妻の松永真菜さん(当時31歳)と娘の莉子さん(当時3歳)を事故で亡くした遺族の松永拓也さん(35)が現場を訪れ、事故発生時刻の12時23分に、慰霊碑に向かって手を合わせた。

 松永さんはこの3年、SNSやメディアの取材を通じ、自身と家族に起きた突然の悲惨な出来事について伝え続けてきた。誹謗中傷もされたが、歩みをとめることはなかった。

 「池袋暴走事故」の加害者は当時87歳の高齢ドライバーだった。事故は高齢者が運転免許を自主返納する機運を押し上げた。その年、免許を返納した65歳以上の高齢者の数は過去最多となった。ただ、続く2年間は、返納する人が減少している。


▼「300円乗り合いタクシー」使う返納者も


 どうすれば、高齢者が免許を返納しやすくなるのか―
池袋の事故を受けて、免許の返納を促すために、元々あった制度を強化した自治体がある。

千葉県東金市は、約5万人の人口に対し、5万台ほどの車がある「車社会」だ。池袋の事故の前から「乗り合いタクシー」制度を地元のタクシー会社とともに運営している。東金市の「乗り合いタクシー」は、高校生以上は1乗車につき400円の料金で、自宅と市指定の商業施設や病院など目的地の間を運行する。

 免許の返納者だけでなく、市内在住で、事前の登録があればだれでも使える仕組みだが、池袋の事故をきっかけに、運転免許を返納し「運転経歴証明書」を取得した人はさらに安い300円で利用できるようにした。

 市内在住で、去年免許を返納した85歳の女性は、薬局などに行く際、月に1,2回利用している。「普通にタクシーを使うと、薬代よりもタクシー代がかかることもあるので、乗り合いタクシーは便利だ」と感じている。

 女性は、現在の自宅に引っ越してきた50歳の時に普通自動車の運転免許を取得。自宅から最寄り駅は遠く、バスの本数も少ないため、車は生活していくために必要なものだった。

 30年以上車を運転し、一度も事故を起こしたことはなかったが、「池袋暴走事故」の報道を見て「自分はしっかりしているつもりでもわからない。事故を起こす前に運転をやめよう」と決意。自動車保険が切れたタイミングも重なり、運転免許を自分の意志で返納した。
 
 「どこに行くにしても今まで好き勝手に行動できていたのに、それができない」同時期に免許を返納した高齢の友人とは「毎日乗っていた車に乗れない。病気になりそう」「しょうがないよね、事故を起こさないだけでもいいとする?」と話している。

 市の「乗り合いタクシー」は便利だが、予約がとれないこともある。車で移動していた時と同じように自由に行動することは難しいが、それでも、「運転を続けていたら事故を起こしていただろう。(返納を)やっておいて良かった」と考えている。

 東金市によると、「乗り合いタクシー」の利用者は現在約8000人で年々増えている。8割が65歳以上の高齢者だ。免許返納者や、免許返納を考えている人、またその家族からの問い合わせは年々増加しているという。

▼返納後の生活には不安残る「必要な材料提供を」

 松永さんは、高齢者の免許返納についてどう考えているのか。実は、松永さん。妻の真菜さんと一緒に千葉県内に住んでいたことがある。当時の自宅はスーパーまで歩いて往復40分かかったという。「20代でもすごく大変」「年を重ねていれば歩けない」と感じたそうだ。

 そうした経験もあり、「地方で免許返納することは特にものすごく勇気が必要」と感じている。買い物や通院など、暮らしにおける最低限の移動も、車がなければ困難な地域は多い。

 「地方では車がないと生きていけない。運転するのが生きがいだという人もいて、そういう方をどう救済するか、移動手段をどうするか、食材の入手経路をどうするか議論が必要」と考えている。

 免許を返納した場合の高齢ドライバーの不安をどう解消するのか。国交省によると、「乗り合いタクシー」は500以上の市町村で導入されているが、運行形態も地域によって異なる。

 来月13日から免許の更新時に高齢ドライバーを対象とした「技能検査」もはじまる。松永さんは「単純に高齢者は運転すべきじゃない、やめろというのは違う」「免許更新の際に落ちてしまった人をどう救うのか」「運転をやめるために必要な材料を国や自治体が提供してあげることが、私は大事なんじゃないかと思う」と話す。

 「高齢者が安心して免許返納できる社会」を実現するのはこれからだ。

(警視庁 交通部担当 藤原妃奈子)

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