「もう最後にしましょう!」 何度も有罪判決受ける男性に2年前と同じ裁判官は−[2022/06/23 18:00]

「100円で懲役3年だよ」「もう最後にしましょうよ!」
多くの場合、丁寧な言葉で淡々と被告人に話しかける裁判官。しかし、この日の男性裁判官は前のめりになりながら、叱責と切願が入り混じった言葉を証言台に投げかけた。
その背景には何度も有罪判決を受けた高齢者が窃盗を繰り返してしまう実態があった。

■勝手知ったる法廷内

5m先からの声に直立不動で耳を傾けるのは裁判官より30歳年上の男性(79)。
3月、都内のコンビニで新聞1部(150円)を盗んだとして「常習累犯窃盗」の罪で起訴された。常習累犯窃盗とは聞き慣れない言葉かもしれない。何度も窃盗を繰り返す罪のことで、具体的には10年以内に窃盗や窃盗未遂で懲役6カ月以上の判決を3回言い渡された場合に適用される。有罪となれば3年以上20年以下の懲役という重い刑罰が科される。

5月下旬の東京地裁、初公判に黒のジャージ姿で出廷した男性は裁判官に指示される前に証言台に進もうとするなど、勝手知ったる他人の家のような振る舞いが続いた。それもそのはず、起訴状によるとこの男性は窃盗の罪で2013年に懲役1年(執行猶予3年)、2018年に懲役1年6カ月、そして2020年には常習累犯窃盗の罪で懲役2年の有罪判決が言い渡されている。さらにさかのぼれば、2010年から2013年の間にも1度有罪となっているとみられる。つまり、少なくとも4回も窃盗で有罪判決を言い渡されているのだ。
今回、新聞を盗んだとされるのは2020年に有罪となった懲役の仮釈放から4カ月後のことだった。

■望まない“再会”

起訴内容を認めた男性に対し、そのまま被告人質問が始まる。まずは弁護側から質問。
弁護側「仮釈放中の窃盗でした。反省していますか?」
男性「反省しています。何回も同じことをやって、またか…と」
弁護側「目が見えなくなっているんですか?」
男性「緑内障になりました。これで終わりです」

自身の起訴内容や病気について他人事のような答えが続いた後、質問が検察側に移る。
検察側「物を盗るときにお店へ迷惑は思い浮かばないですか?」
男性「浮かびます。」
検察側「では、なぜやったんですか?」
男性「抜けちゃうというか…何も言えませんね」
最後までこの男性が150円の新聞1部を盗んだ目的は裁判で明かされなかった。


検察側「2020年6月にあった窃盗の件での裁判は覚えていますか?」
男性「はい」
検察側「そこで申し訳ないと反省しましたか?」
男性「はい」
検察側「裁判官の名前は覚えていますか?」
男性「いやー、覚えていません」
検察側「顔も覚えていないんですか?」
男性「覚えていません」

男性も傍聴席にいる記者も質問の意図がわからないまま検察側の質問が終わった。
そして、裁判官の質問が続く。その開口一番。
裁判官「2020年6月の裁判の裁判官は私なんですよ」
男性「え!?申し訳ございません」
2年ぶりの“再会“に驚いた79歳の男性は素早く体を伸ばし、頭を下げた。
裁判官は謝罪に反応せず、徐々に前のめりになりながら男性に言葉を投げかける。
裁判官「2020年(の裁判で罪に問われた窃盗)も108円の菓子パン、必要最低限のものですよね。前も常習累犯窃盗罪で懲役2年。普通は懲役3年以上なんです。酌量減軽で軽くなってるけど、100円で3年だよ!」
男性「覚悟していますから」
裁判官「もう最後にしましょうよ!」
男性は「(裁判官の)お顔を覚えます」
男性がこの言葉で頭を下げると、これまで感情に訴えかけるような言葉を投げかけていた裁判官は急に丁寧な言葉づかいに戻る。
「いや、裁判所で会うことはないです。」と話し、裁判は即日結審した。

■更生保護施設でも進む高齢化

この男性が108円の菓子パンを窃盗した罪で服役した後に仮釈放となったのは去年の末のことだった。出所後、男性は都内の更生保護施設に移り住み折り鶴の折り方を覚え、卓球も趣味となった。
更生保護施設とは刑務所や少年院を出所後すぐに自立ができない人を一定期間保護して、円滑な社会復帰を助け、再犯の防止を目的とする施設。民間団体の施設だがほとんどが国からの委託費を基盤に運営されている。全国に103施設あり、2400人以上が暮らしている。(2021年時点)

本来、更生保護施設はすぐに就労ができる年代の出所者を主要な対象者としていたという。しかし、ここにも高齢化の波が押し寄せる。2017年の統計では仮釈放となった高齢者の約4割が出所後に更生保護施設や就業支援センターに入っている。
更生保護施設を所管する法務省の担当者は10年以上前から高齢者が増えたと話す。
「2008年ごろから高齢者の入所者が多くなってきて、社会福祉士の資格を持つ職員を配置するよう国として施策をしてまいりました」
「入所者が高齢化した結果、施設の役割として福祉的な支援や医療的な支援につなげる必要が出てきています」

男性は保護施設に入所して約4カ月後に、施設から300m離れたコンビニで新聞1部を盗んだとされる。更生保護施設の収容期間は6カ月が満期と言われていて、この男性は次の支援につながる前に逮捕される形となった。

■判決は淡々と言い渡された

初公判から2週間後、同じ法廷に同じ格好で現れた男性(79)は初公判と同じように傍聴席をぐるりと見渡した。開廷後も初公判と同様に本人確認が行われ、裁判官はすぐに判決を言い渡した。
裁判官「主文、被告人を懲役2年6カ月に処す。」
執行猶予はつかない実刑判決。初公判では感情のこもった言葉で更生を促した裁判官もこの時ばかりはあえて突き放すかのように感情を出さず言葉を発した。
裁判官「わかりましたか?」
男性「…」
裁判官「わかりましたか?懲役2年6カ月です」
男性「服役します」
裁判官は必要最低限の説明以外の言葉を男性にかけず、わずか3分で判決公判は終了した。
退廷時も男性と目を合わせようとしない裁判官。これ以上、法廷内で再会しないことを願っているのではないかと傍聴席の記者は感じた。

窃盗を繰り返す人の再犯防止活動を10年以上続けてきた鳳法律事務所の林大悟弁護士は万引きの現場では身寄りのない生活困窮者が多いと話す。
「生活困窮が原因で万引きを繰り返す人たちは出所後の居住先確保や社会復帰に困っている人が多いです」「更生保護施設では依存症について心理教育を行うことがありますが、人的・物的に不十分であり、実効性には疑問があります」
また、林弁護士は高齢者が繰り返す窃盗について出所後の出口支援も大事になると指摘する。
「加齢とともに認知機能が低下した高齢者に対して日常生活の指導などで再犯を防止することは困難で、継続的に利用できる福祉施設の創設が必要だと考えます」「民間の高齢者施設のように万引きをしたくてもすることができない環境を整えることが必要です」

今回の男性がこのまま満期で釈放された場合、年齢は82歳である。その時に必要なのは社会復帰を目指す支援なのか、福祉的なケアなのか。再犯防止に向けて、本人と国が最適な選択をすることが再犯を防止する鍵となる。

テレビ朝日社会部 島田直樹

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