社会

2022年7月1日 19:00

1968年-71年 西日暮里 踏切わたって「一番新しい駅」へ【東京ヘリ撮50年】

2022年7月1日 19:00

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国鉄常磐線の三河島駅です。
手前の貨物線の線路を貨物列車がゆっくり進みます。
手前の煙突は清掃工場です。
1968年、昭和43年夏の光景です。

常磐線と貨物線が分かれ、ヘリコプタ―は常磐線沿いに進みます。

画面右上は荒川区立の第十中学校、4校が統合して、今は諏訪台中学校です。

今、尾久橋通りと呼ばれている道を越えます。

左下から京成線の線路が現れました。
常磐線の上を越え並行して進みます。

日暮里駅です。
白い駅舎が目立つ京成線のホームに寄っていきます。

成田方面に向かう電車に乗ろうとしている人々です。

駅前に設けられたバスターミナルです。
何台ものバスが停まっていますが、それほど賑やかな駅前ではないようです。

噴水から水が出てきました。
今はこの真上に日暮里・舎人ライナーの駅が作られていて、この場所はタクシーの待機場所になっています。

日暮里駅前を離れ、三河島駅のほうへ進みます。
画面奥の学校は第四日暮里小学校、こちらは2校が統合されて、今はひぐらし小学校と言います。
日暮里、日暮らしの里ですね。
工場もいくつか見えます。

常磐線の線路です。
三河島駅のホームの端の部分と、先ほどとは反対側に、何両か連結した貨車が見えます。

ヘリは今度は貨物線に沿って飛びます。

道灌山通りを渡り、京成線の下をくぐります。
かつてこのあたりに京成の道灌山通駅がありました。

今度は東北本線の下をくぐり、京浜東北線、山手線(やまのてせん)、当時は山手線(やまてせん)の線路と並びます。

右に東北線の下に潜るトンネルが見えます。

右下に開成学園のグラウンドがチラッと見えるこの辺りが、今、西日暮里駅がある場所です。
トンネルを抜けた線路は、道灌山通りを踏切で渡っていました。

西日暮里駅ができています。
3年後、1971年6月の映像です。
東北線の下に潜るトンネルも見えます。

グラウンドを中心に、その上が開成高校、右が開成中学です。

国鉄の西日暮里駅はこの4月に開業したばかりです。
一方で道灌山通りの地下を走る千代田線の西日暮里駅は、その1年半前に開業していました。

京浜東北線の北行き電車が入っていきます。
隣りでは、南行き電車がまさに出発したところです。
でもこれは山手線の線路です。
朝夕以外はこうした姿が見られました。
そして、手前の東北線を列車が走るさらに手前、一段下に踏切があります。
先ほどのトンネルを抜けてきた線路です。
その左には、3年前にはなかった歩道橋ができています。
どちらも今はありません。

ふたたび1968年、国鉄と道灌山通りの交差部分です。
千代田線の西日暮里駅開業はこの翌年ですから、ちょうど工事が進んでいたころでしょうか。

例の踏切を渡った線路が枝分かれしていきます。

手前を走るのは、京浜東北線でしょうか、山手線でしょうか。

常磐線電車とこだま形の電車特急が走っています。
運転台の上にライトがあるタイプですが、11両編成のようです。

ふたたび日暮里駅です。
東北線の列車は止まらないからか、ホームに屋根はなく、乗り換え専用と思しき通路につながる階段も見当たりません。

そしてもう一度、噴水のある駅前広場と、尾久橋通りと呼ばれるようになる大通りです。

今年2022年3月の日暮里駅です。
東北線のホームはなくなり、新幹線の線路がちょうど地下から出てきます。

2008年に誕生した日暮里・舎人ライナーの日暮里駅です。

尾久橋通りに出て、その上を真っすぐ進みます。

常磐線を越え、京成線、千代田線が地下を走る道灌山通りも越えて西日暮里駅です。

貨物線線路も越えます。
今も昔も線路が錯綜しています。

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