【解説】なぜ国産初のコロナ治療薬は実用化見送りなのか[2022/07/22 23:20]

◆感染急拡大も政府方針「行動制限必要ない!」 新たな武器は国産治療薬?
 新型コロナ感染者の急増に歯止めがかからない。7月22日時点で、全国の新規感染者は19万人を超えて過去最多を更新した。政府は、感染対策と社会・経済活動の両立の重要性を強調し、これまで講じてきたまん延防止等重点措置などの行動制限は、「現時点では必要ない」との見解を示している。感染を食い止める手立ては1人1人の感染対策に委ねられたともいえる。

 そんな中、医療現場にとって“新たな武器”として期待された治療薬がある。7月20日、厚生労働省の専門部会で審議の対象となった塩野義製薬の「ゾコーバ」だ。軽症や中等症の患者向けで1日1回、5日間の服用で、ウイルスの増殖を抑える働きがある。「ゾコーバ」が期待されたわけ。それは新型コロナでは「初の国産の治療薬」という点だった。

◆新型コロナ治療薬の現在地 なぜ「ゾコーバ」は期待されたのか
 新型コロナの飲み薬は、国内ではメルク社「モルヌピラビル」、ファイザー社「パキロビッド」が、これまでに特例承認されている。いずれも高齢者など重症化リスクがある人が対象で、パキロビッドは高血圧の薬と同時に使えないなどという課題も残る。誰でも使える特効薬といえるものは未だ存在しない。一方、「ゾコーバ」は重症化リスクにかかわらず使える可能性があるのが特徴だ。加えて国産となれば安定的な生産や供給も担保される。
 こうした強みを売りに、塩野義製薬は今年2月、最終治験が完了する前に実用化を認める「条件付き早期承認制度」での承認を申請し、その後、5月に新設された「緊急承認制度」での申請に切り替えた。「緊急承認」は、パンデミックなどを念頭に新設された制度で、治験の中間解析結果であっても、安全性が担保されていて、有効性が推定されるなどの要件を満たせば承認されるというものだ。その第1号が塩野義製薬の「ゾコーバ」だった。厚労省も実用化されれば100万回分の供給を受けることで合意をし、準備は万端のはずだった…。

◆揺らぐ「有効性」 専門部会で緊急承認に対し慎重な意見相次ぐ
 雲行きが怪しいと感じたのは、6月22日に厚労省で開かれた審議会だ。委員からは治療の選択肢が増えることは重要との声が上がる一方で、「効果が曖昧。メリットはあるのか」などの意見が出された。委員が指摘した「効果の曖昧さ」。それが治験での結果だった。オミクロン株流行下の臨床試験では、体内のウイルス量の減少は確認できたが、疲労感や発熱など12症状の改善効果は統計においては有意な差が示せない形となった。こうしたこともあり、「経口薬としては3つ目で緊急承認の要件を満たさない」「さらに慎重に議論を重ねる必要がある」として審議会は結論は持ち越しとした。

◆初の国産経口薬“緊急承認”の行方は?
 事前に取材した複数の関係者は、「データの更新も示されず、今回も慎重意見は変わらない」との考えを明かしてくれた。「今回も厳しいか…」。そう感じながら迎えた、7月20日。「ゾコーバ」の緊急承認を審議した厚労省の専門部会は大荒れだった。委員からは、動物実験で胎児に異常が出ることなどが確認されていて、妊婦に使えないことへの指摘が複数あったほか、同時に使えない薬が多いなど、今回もやはり慎重な意見が相次いだ。結局、「これまで提出されたデータからは有効性が推定されるとは判断できない」として、現時点では緊急承認を見送ることが決まった。塩野義製薬が11月以降にも結果をまとめる最終段階の臨床試験のデータを待って再び審議をすることになった。
 改めて審議することになったわけだが、新型コロナは変異を繰り返している。流行株はオミクロン株だけでも「BA.1」や「BA.2」から、いまやより感染力が強い「BA.5」に置き換わった。次々と新しい変異ウイルスが登場するコロナ対策で重要なのは開発のスピードと、新たな変異にも対応する、まさに「有効性」だと感じる。

社会部・厚生労働省担当 松本拓也

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