「ウクライナ軍も使っていた」町工場常務の涙のわけ〜戦場のメイド・イン・ジャパン下[2022/08/07 10:33]

多くの人が犠牲になっているロシアのウクライナ侵攻。そこで偵察用に使われているドローンが、日本製のエンジンで動いている……。ウクライナと日本を行き来しながら「真相」を探った。追い求めた末、幸運にもできたウクライナ軍とのつながりから入手した解体動画。ロシア軍のドローンから現れたのが、日本製の模型飛行機用エンジンであることを、製造した会社の社長が認めた。
さらに取材を進めると、予想もしない事実が見えてきた。

テレビ朝日社会部 松本健吾

◆軍関係者から飛び出した驚きの発言

「ウクライナ軍のドローンもSAITOのエンジンを使っているよ」

 2022年7月、ロシア軍のドローンを解体した動画を送ってくれたウクライナ軍関係者とZoomで話していると、突然告げられた。
 「SAITO」とは、千葉県市川市にある模型飛行機用エンジンメーカー。社員20人ほどの小さな町工場で、小型かつ高性能、ガソリン駆動のそのエンジンで「世界のSAITO」として知られる斎藤製作所のことだ。

 ロシア軍偵察ドローン「Orlan−10」にSAITOのエンジンが使われていることは、ウクライナ軍関係者から我々が独自に入手した動画でわかっていた。ロシア軍は、ホビー用のエンジンに様々な改造を加え、長時間飛ぶことのできる「軍事用ドローン」に転用していた。

7月、映像を提供してくれたウクライナ軍関係者はリモートインタビューで、解体したロシア軍のドローンについて詳細に語ってくれた。
「驚いたのは、ほとんどの部品が『海外製』だったことだ。センサーやチップなどはアメリカ、フランス、台湾。そして、日本製のカメラも使われていた。ウクライナ軍が撃墜したOrlan−10で私が解体・分析した50個近くのすべてが斎藤製作所のエンジンを使用していた。GPSの履歴からシリア内戦で使われていたとみられるものもあった」
と話してくれた、

「ウクライナ軍のドローンも斎藤製作所のエンジンを使っている」というのは、その中で飛び出した言葉だった。
同時通訳だったため、最初は何のことを言っているのか理解できなかった。
戦闘の現場で、ロシアだけではなくウクライナもSAITO製のエンジンを使っているかもしれない……。その時、斎藤製作所の社長が以前、立ち話で何気なく話した言葉の記憶がよみがえった。

「2014年ごろ、ウクライナからもエンジンを輸出してほしいという依頼が来たことがある。当時はウクライナに代理店もなかったし、今のような状況じゃなかったから、『ロシアに卸しているのでロシアから買ってください』と断った」
2014年といえば、ロシアのクリミア併合、東部ドンバス地方での紛争が始まった年だ。
ウクライナ軍はどうやって手に入れたのか。

◆SNSで見つけた画像に明らかな証拠が

SNSなどで、ウクライナ軍の偵察ドローンの画像を探し、分析した。
SAITO製のエンジンを載せているとすると、小型のはず。候補を絞っていくと、「PD−2」というウクライナの民間会社が製造したドローンが目に留まった。
この会社は、ロシアがクリミア半島を一方的に併合しドンバス地方で紛争が始まった2014年に創業した新しい会社で、偵察ドローンだけではなく複数の軍事装備品の開発を行っていた。

ホームページの「PD−2」の仕様書には、「航続可能時間10時間」・「エンジン自動制御」・「GPS自動運転」・「高度5000m飛行可能」……ハイスペックな説明が並ぶ。「PD−2engine module」と書かれている項目があった。そこには「100cc engine」の記載とともに、「4ストロークのガソリンエンジンで、世界どこでも使用できる」と謳われていた。

添えられている写真のエンジン部分は様々な部品が接続されていて、斎藤製作所のものかどうかを正確には確認できなかった。そこで、改めて動画などを検索すると、2018年に公開された旧タイプのエンジン紹介動画が見つかった。そこには「SAITO」と書かれたイグニッション(点火装置)が映っていた。
タイプは4ストロークのツインエンジン(61cc)だった。更に最新モデル「PD−2」のエンジン紹介の動画には、別タイプ(100cc)のSAITOエンジンが組み込まれていた。

SAITOエンジンがウクライナの偵察ドローンに軍事転用されていた。しかし「どんなルートでウクライナにエンジンが流入したのか?」。
斎藤製作所は世界23カ国に現地代理店を持ち、模型飛行機用エンジンを輸出しているが、ウクライナに代理店はないはずだ。
「第3国経由」でエンジンが流入しているのではないか。

◆隠されたルートで運び込まれたエンジン

 それを突き止めるため、斎藤製作所が取引しているヨーロッパ各地にある現地代理店全てに電話取材すると、EU圏内のある国の代理店が証言をしてくれた。

「最近、SAITOエンジンをウクライナに売ったよ」
 ウクライナのドローン製造会社の名前を挙げた。
「この1カ月で3個の注文が入ったが、すべて100ccのエンジンだった」
 どうやってウクライナに届けたのだろうか。
「発注者はウクライナの会社だが、私たちは直接入れているわけではなく、ポーランドの住所に配達している」という。

 日本→EU圏内のある国→ポーランド(EU)→ウクライナという、第3国に留まらない、「4つ目の国」も経由するルートが明らかになった。
経済産業省に問い合わせると、輸出規制のない「ホワイト国」であるEU圏内の複数の国を経由してエンジンが流入しているとなると、外為法の適用範囲外となる可能性もあるという。法の抜け穴をくぐる形だ。

我々はもう一度斎藤製作所を訪れ、ロシアだけでなくウクライナでもエンジンが使われている事実を伝えることにした。これで5回目の訪問だ。対応してくれた社長と常務の2人に取材結果を報告した。

「そうですか…ウクライナでも…」
そして、新たな事実を教えてくれた。
「実は、今年の5月にこのウクライナのドローン製造会社からメールが届いたんです。国を守るために、力を貸してほしい。SAITOのエンジンが必要だから、直接契約を結びたい、とメールに書かれていました」
常務によると、斎藤製作所は、直接契約含め、ウクライナへの輸出は断ったという。常務は、時折目元を指先でぬぐっていた。精魂込めて作った製品が人の命を奪う現場で使われたことに苦しい思いがあるのだろう。こちらも心が痛くなった。

「斎藤さんには色々な思いがあると思います。心の整理もできていないかもしれませんが、改めてカメラの前で話していただけませんか?」

2人は1時間ほど考え込み、常務がインタビューを受けてくれることになった。

◆創業者の思いが届く日はくるか

「ウクライナでは本当に市民が苦しんでいるというのがありますので、援助したいという気持ちは大いにある。ただ我々のエンジンが戦争で使われかねないというところは、非常に悲しい」

丁寧に言葉を選び、まっすぐカメラの先を見据え、質問に答えてくれた。実は、斎藤製作所は、ロシア軍のウクライナ侵攻直後の3月から2度、避難民が多く押し寄せる隣国ポーランドにある代理店を通じて、毛布や衛生備品、こどものおもちゃなどの支援物資をウクライナの人々に届けていた。

斎藤製作所の創業者は太平洋戦争時、戦闘機「ゼロ戦」などのエンジン製造に関わり、現在のSAITOエンジンの独特の形状とその性能は、当時の技術を継承して開発されたものだという。

「(創業者の祖父は)戦闘機のエンジンを作っていたわけだが、今は平和な時代になって、『ラジコンホビー』という、みんなが平和に楽しめるという仕事を選んだ。戦時中の痛切な体験がこの技術を繋いでくれているんだと思います。せっかく市民が楽しむために作ったものが、結局戦争にまた使われているということを知ったら、非常に悲しんでいるのはないかと……」

 創業者は言っていたという。
「二度と戦争をしてはならない」
創業者は、戦後、ラジコン飛行機を自由に飛ばせる平和な時代を求めていたと、孫である常務は答えてくれた。

「『ラジコン飛行機』のエンジン製造・販売して40年以上。これまでお客様が楽しんでくれて、世界中にファンが居てくださる。平和ではない使い方自体には断固反対します。(今回の事態を)重く受け止める必要があると思う」

インタビューは10分程度だったが、その言葉と表情から、無念さと同時に、世界に誇るSAITOエンジンを海外のファンにこれからも届けていきたいという覚悟も伝わってきた。
今後は、経済産業省と密に連携をとり、不正な転用ができない仕組みを作っていきたいという。

インタビューを終え、機材の後片付けをしている間に、しばらく雑談をしていると、社長がぽつりと言った、「ウクライナ軍ドローンのエンジンユニットの性能を見たけど、本当に素晴らしい技術開発だよ、あれは。真似ができない。うちのエンジンで5000mの高さまで飛べ、エンジンの冷却なども自動制御できる技術は、簡単なものではない。戦争でなければ、平和利用できれば素晴らしい製品だよ」
その言葉はどこか空しくも聞こえたが、「争いが生み出した新しい技術」なのかもしれないとも思った。

ロシア軍のウクライナ侵攻開始から5カ月。終結の気配は今も見えない。
この記事を執筆しているまさに今、ウクライナで登録したテレグラム(SNS)に空襲警報を知らせるアラートが届いた。この瞬間も、誰かの命が奪われているかもしれない。
いつかこの戦争が終わった時、ウクライナが開発した最新鋭のドローンが、日本の技術を詰め込んだSAITOのエンジンを積み、砲弾も飛び交わない自由な空を、人の命を「奪う」ためではなく「救う」ために飛ぶ日が来たらいい。
3カ月にわたる取材を終え、ようやく報道できる証拠を積み上げたという達成感よりも先に訪れたのは、ただただ「平和」を願う思いだった。

画像:(左)ウクライナのドローン製造会社の「PD−2」のエンジンユニット=同社ホームページより (右)斎藤製作所「FG−100TS」=同社ホームページより

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