旧統一教会への恨みがなぜ元総理への殺意に?心情の変化追う〜安倍氏銃撃1カ月(3)[2022/08/13 10:30]

「20〜30年前に母親が統一教会に入会した。その後、統一教会に多額のお金を振り込んだ影響で破産した。それがそもそもの元凶」山上徹也容疑者の供述の一部である。
ANNは事件発生からこの1カ月間取材を行い、山上容疑者の供述や本人のものとみられるSNS投稿、親族などの証言を積み重ね、山上容疑者の秘めた心情に迫った。
当初は旧統一教会トップへ向けられた恨みがどのような心の動きを経て、安倍元総理への殺意に変わり、犯行に至ったのかを改めて考察する。

◆ 韓鶴子総裁を狙い「火炎瓶を持って行った」

「本当は統一教会のトップである韓鶴子(ハン・ハクチャ)をねらっていましたが、韓鶴子は韓国におり、コロナウイルスのために日本に来ませんでした」
「3年前に愛知セントレアに韓が来ていた。その時は火炎瓶を持って行った」
山上容疑者が警察の調べに対し話している言葉だ。

2019年10月6日、愛知県の中部国際空港(セントレア)の隣のイベント会場で、国内外から信者4万人を集めた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の集会が行われた。
そこには韓総裁が予定通り来日していて、山上容疑者もそれに合わせて会場近くにいたのだ。会場の中には信者しか入れなかったため、火炎瓶を持っていた山上容疑者は何もせず帰ったという。

時を同じくして、山上容疑者のアカウントとみられるTwitterに書き込みが始まる。2019年10月13日に開設されたアカウントに、自らの思いが書きこまれていく。

「『アベも同じ極右民族主義者だから世界の敵ではないか』という御仁もおられるだろうが、統一教会と比較してはいけない。彼らは所有権を認めない。全世界の正当な所有者は自分だと思っている。さらにおぞましいのは、モノにも増して重視するのが全世界の「女性」に対する性的権利だという事だ。」(2019年14日午前0時52分)
「統一教会のおぞましさに比べれば多少の政治的逸脱など可愛いものだ。安倍政権に言いたい事もあろうが、統一教会と同視するのはさすがに非礼である」(14日午前0時55分)
「オレが憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない」(14日午前2時35分)
「換言すれば、統一教会とは正しく韓国人の、韓国人による、韓国人の為の宗教に他ならない」(14日午前4時15分)

開設したばかりのアカウントの最初の投稿として、深夜0時から4時間で主に統一教会の批判を約10回繰り返している。安倍氏への言及もあるが憎悪の矛先にはなっていない。むしろ統一教会と安倍氏との間に一線を引こうとしている。

しかし逮捕後の調べでは「韓を日本に連れてきた岸の孫ということで安倍も統一教会も一緒と思っていた」と話している山上容疑者。捜査関係者によると、「安倍が統一教会に向けてビデオメッセージを送っていた。そして統一教会の会長が安倍に向けて対談したというような内容の返事をしていた。それで2人とも一緒に殺ってやろうと思った」とも供述しているという。
 
◆ 矛先は安倍元総理に 銃を自作、そして実行決意
                  
山上容疑者の憎悪の矛先が海の向こうの韓総裁から安倍元総理に向かい始めたのは、2021年頃からとみられる。当時のSNSには安倍元総理に批判的な書き込みが投稿されている。

「冷戦を利用してのし上がったのが統一教会なのを考えれば、新冷戦を演出し虚構の経済を東京五輪で飾ろうとした安部(原文ママ)は未だに大会を開いては虚構の勝利を宣言する統一教会を彷彿とさせる」(2021年2月28日午後9時25分)

この頃から山上容疑者は銃の自作に乗り出していた。
「銃ならば狙って撃てると思い銃を作った」
「銃は自分の知識とYouTubeを見て作った。作り始めたのは昨年の春ころ。秋には完成していた」

山上容疑者は去年の秋から今年の2月までシャッター付きのガレージを借りていた。銃を作り終えてより危険な火薬づくりのため拠点を移したとみられる。派遣の仕事をしながら家賃などの生活費と武器などの材料費を払う生活。火薬も完成したからなのか、山上容疑者は2月にガレージを解約し、5月には派遣の仕事もやめた。山上容疑者は試し撃ちを繰り返していて、自宅からは5丁の自作銃が押収されている。

捜査関係者によると山上容疑者は「仕事を辞めて、所持金がつきた。死ぬ前にやろうと決心した」という趣旨の供述をしている。

◆ 事件前日…早朝から試し撃ち、銃持参で岡山へ

山上容疑者はこの日の午前4時に自宅近くの旧統一教会の入るビルに試し撃ちをしていた。

山上容疑者が実際に安倍元総理の殺害に動いたのは事件前日。この日は岡山での安倍元総理の演説だった。
「実際に安倍を殺そうと動いたのは昨日。岡山県に行った」
「三発発射出来る銃を持って岡山まで行った」
「持ち物検査などがあるので中には入れなかった。安倍が会場に入る時か出る時を狙っていたが、裏口からの周りにSPがいるので結局その日は何もできなかった」

山上容疑者は逮捕後の調べで、持ち物検査や警護員に言及していて、冷静にその日の計画を中止したことがわかる。

また同じ日、島根県のフリーライター宛に岡山県から手紙を投函している。

「私は『喉から手が出るほど銃が欲しい』と(フリーライターのブログに)書きましたが、あの時からこれまで、銃の入手に費やしてまいりました。その様はまるで生活の全てを偽救世主のために投げ打つ統一教会員、方向は真逆でも、よく似たものでもありました」

山上容疑者が相当な時間とお金を銃の製造に費やしてきたことが想像できる。
「苦々しくは思っていましたが、安倍は本来の敵ではないのです。あくまで現実世界で最も影響力のある統一教会のシンパの一人に過ぎません」
「安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません」

安倍元総理の“死”に言及していることからもわかる、自分が計画を実行できるという自信。今までインターネット上でしかメッセージを送ったことがない相手にあえて郵便を送ったことから、その本気度がうかがえる。

◆ 一度は暗殺諦めるも…飛び込んできた地元奈良での演説情報

「帰りの新幹線で自民党のホームページで安倍が奈良県にくることがわかった。岡山で実行できなかったので諦めかけていたが奈良にくるということなので、そこで安倍を殺そうと思った」
山上容疑者にとって一度諦めかけていた計画を実行できる機会が早々に用意されたのだ。
翌日、最寄り駅の隣の駅に行くと安倍元総理の姿が。道路越しでも安倍元総理の背中がはっきりと見えていたのだろうか、1発目を撃ってさらに安倍元総理に近づき、2発目を撃ち山上容疑者は確保され逮捕された。

◆1カ月の取材で見えてきた山上容疑者の「恨み」と「孤独」

「そうだな。オレも母子家庭だった。但し貧困ではない。むしろ裕福だった。婿養子ではないが後継ぎとして母と結婚した父を自殺まで追い込んだ母方の祖父のおかげで」(2019年12月7日 20時36分)
「オレは事件を起こすべきだった。当時話題だったサカキバラのように。それしか救われる道はなかったのだとずっと思っている」(2019年12月7日 21時4分)

3年前の12月7日、山上容疑者とみられるアカウントには3時間の間におよそ20回、主に家の状況について投稿がされていた。

山上容疑者の人物像を知るために奈良県などで取材を続けて分かったのは、学生のころから奈良市にいるはずの山上容疑者を知っている人の少なさだった。Twitterでも特定のアカウントとの定期的、親しげなやり取りは確認されず、職場や交友関係の話題も登場しない。

さらに、
「正直に言うと震災の時すらそう思った。肉親を失い生活基盤を失い病むのは同じでもこれだけ報道され共有され多くを語らずとも理解され支援される可能性がある。何て恵まれているのだろう、そう思った。」(2021年2月28日午後8時35分)
と山上容疑者自身の境遇を“誰か”に気づいてほしそうな投稿もしている。

容疑者の生い立ちや心情を追いかけた1カ月。山上容疑者が警察やSNS空間に発するメッセージからは “相容れない親子の宗教観”、“家庭崩壊”、“貧困”、などが浮かび上がってきた。もっとも感じたのは“孤独”と“旧統一協会への恨み”だ。しかし、犯行の動機を正当化するようなものは何一つもない。個人的な感情だけで総理経験者を殺害したというのであれば、あまりにも幼稚なロジックといえる。

親族によると、旧統一協会に入信していない山上容疑者の家族は教会に家庭を壊されたとは思っていないという。その家族は、山上容疑者の母親が宗教に救いを求めることも、当時の身内の度重なる不幸を考えたら仕方ないよねと言っているそうだ。

山上容疑者の母親は「安倍元総理の遺族に謝罪したい。自分で献金の経緯などを説明したい」と話している。

母親にとって徹也容疑者はどういう息子で、今はどう見えているのだろうか。
山上容疑者の旧統一教会への憎悪が安倍元総理に対する殺意へ変わり、殺害計画を実行するまでに彼の心情の変化に気づける存在がいなかったのか。
これからも山上家の周辺環境や山上容疑者から社会はどう見えていたのか、取材を続けていく。

画像:高校時代の山上容疑者(高校の卒業アルバムより)

ANN安倍元総理銃撃事件専従取材班 冨田和裕

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