「投資」に150万円支払った22歳女性 死を選んだ「なぜ」(1)[2022/09/08 11:00]

 「なぜ彼女は150万円を背負って自ら人生を終わらせてしまったのか」
 取材は、この疑問と向き合い続けた時間だった。大阪府の川上穂野香さんは2020年10月1日、大阪市内のホテルで自殺した。22歳だった。直前まで当時の交際相手と大分や京都に旅行に行っていた。母親の佐永子さん(55)も「そこまで思い詰めているとは気づいてあげられなかった」と悔やみ、涙を落とした。(テレビ朝日報道局社会部・染田屋竜太)


■きっかけは大学の同級生のインスタ
 始まりはその年の8月下旬。大学を出て社会人として働き始めたばかりだった穂野香さんの大学の同級生が「投資に興味ある人!」と書き込んだインスタグラムだった。懐かしさもあったのだろうか、穂野香さんが返信すると、同級生は男を紹介した。

8月28日、穂野香さんは同級生と男が入ったLINEグループに入れられた。男は「初月130万、2ケ月目660万、3ケ月目1200万(稼いだ)」「何もしなくてもお金が入ってきます」と畳みかけた。

 「紹介すれば+αでさらなる利益が出る」という。穂野香さんが「所謂マルチですか」と尋ねると、即座に「マルチとかネズミ(講)ではないです」という。

 投資は「最低3千ドル」。4月に大学を卒業し、働き始めたばかりだった穂野香さんにとってすぐにどうにかなる額ではなかったに違いない。「本当に大丈夫か」と悩んだはずだ。

LINEで「今すぐに決定したい訳じゃなくて」と送る。だが、男は「9月1日まで入金の方はレバレッジ4倍」「今やるのを強くおすすめしております」と返す。レバレッジとは、自分が預けた金を「保証金」としてその何倍もの取引ができる方法だ。利益が出た場合は大きいが、損失も莫大になる。

男は「アービトラージと言う先物取引」で「約40%を月利として分配」などと数字や根拠不明な言葉を使いながら大量のメッセージを送り、穂野香さんを追い込んでいく。



■大量のLINEメッセージ 女性はついに……
驚いたのは、投資のための金策まで男が指示していたことだ。具体的な消費者金融会社の名前を出し、「一日で終わらせな信用情報回ってまうから借りられない!」「借入理由は引っ越しで」などと具体的に説明する。
穂野香さんは結局、消費者金融3社から計150万を借り、100万円を男の口座に送金し、50万円は現金で男に手渡した。LINEのやり取りから4日後のことだった。

自殺はそのちょうど1カ月後だ。
私は男と穂野香さんの100を超えるLINEのやりとりを何度も見返した。「暗号資産への投資」をうたう男の言葉はあいまいで、暗号資産の仕組みすら理解できていない様子だった。

穂野香さんも、完全に納得したというより、追い立てられるように「投資」を決めてしまったように感じた。当時、穂野香さんが説明を聴きながら残したとみられるメモには「デメリットは正直ない」と書かれていた。

「こんなのでだまされるなんて」と言うのは簡単だ。これまで詐欺事件を取材する中で、「だまされる方も悪い」という言葉を何度もきいた。だが、社会人として歩み始めたばかりの22歳。信じていた同級生から紹介を受けた男の言葉を「うそだ」と判断するのはそんなに簡単なことか。

今回の取材の始まりは、18年続けた新聞記者からテレビ局に出向となり、あいさつに行った杉山雅浩弁護士から教えてもらった会見だった。

「投資まがい詐欺撲滅」をうたった団体の立ち上げ会見。その席にいたのが、川上穂野香さんの遺影を手にした母親の川上佐永子さんだった。端の席でうつむき、マイクが回ってくると「今日、この席に来させてもらうのも、すごく悩んだんですけれども」と話した。「同じような被害者の方が出ないように少しでもできることがあれば」と言葉を絞り出すように話した。

150万円が少ない額だというつもりは全くない。だが、22歳、これから待っていた人生を終わらせるのに見合うお金だったといえるのか。どうしても納得できない。

記者をしていると時々、「これは絶対に報じなければいけない」と感じることがある。正義感とかかっこいいものではない。突き上げられるような、居ても立っても居られないような、そんな気持ちだ。会見でそれを感じた。「なぜ穂野香さんが命を落とさなければいけなかったのか、伝えたい」。佐永子さんに取材をお願いしにいった。


■「顔出し取材」にこだわった理由
今回の取材で、決めていたことがあった。穂野香さんの名前や写真を報じること。佐永子さんにも顔を出してインタビューを受けてもらうこと。
事件取材では、被害者、遺族取材の重要さとともに、相手への配慮の大事さを何度も感じる。ただでさえ心を痛めている人にさらに取材をするというのが二次被害になることは少なくない。メディアに出れば、ネガティブな反応もある。

「匿名でいいです」「顔は映しませんので」。そんな取材もしてきた。だが、悲しい事実を伝えるとき、名前や写真は「この人が生きていた」と伝える大きな力を持つことも実感していた。

佐永子さんは過去にも取材を受けていたが、顔を出したことはないという。穂野香さんも実名で出たことはなかった。佐永子さんにカメラの前で話してもらい、思いを伝えたかった。実際にインタビューする前に佐永子さんとZoomで話すことにした。

「顔や名前を出していやな思いをすることはないですかね」と尋ねられた。「あると思います。いいことばかりではないはずです。それでも、個人的にはこれは実名で穂野香さんや佐永子さんの顔を出して、見た人に今回の事件を他人ごとではなく考えてほしい」と話した。

「ちゃんと報道してくれるなら」。最後に納得してくれた佐永子さんの大阪府豊中市の自宅に8月、カメラクルーと向かった。


■仲良かった母娘 引き裂いたのは「投資」の誘い
集合住宅の一室。リビングには母娘の写真が飾られていた。穂野香さんの遺影の周りには、小さいころに母に宛てた手紙も置かれていた。長らく母子家庭だった2人。「なんでも話すという間柄でもなかったんやけどね」。でも、仲が良かったのは十分わかる。

カメラをセッティングして、インタビューが始まった。佐永子さんは手にスマホを握っていた。本来ならスマホを見ずに目線を上げてほしいから、脇に置いてもらうようお願いするところだ。だが、佐永子さんがスマホをお守りのようにぎゅっと握りしめていた。「それだけの覚悟で顔出しインタビューを受けてくれている」と感じ、何も言わずに続けた。

佐永子さんは「私が悪いんです」と繰り返した。「気づいてあげられなかった」と。
穂野香さんは金を支払った直後、「詐欺かもしれない」と気づいていたようだ。9月初めの時点でネットで調べ、男が口にした「ジュビリーエース」という言葉に不審を持っていたと、のちに佐永子さんに伝えたという。

ジュビリーエースとは、一時期話題になった暗号資産の名前だ。穂野香さんが亡くなった1年ほど後に首謀者とみられる男が金融取引法違反容疑で逮捕され、翌年、罰金300万円と執行猶予付き懲役刑の有罪判決を受けた。警視庁などによると、男はジュビリーエースにからむ投資で約650億円を集めたという。

穂野香さんが母親に「詐欺にだまされたかもしれない」と打ち明けたのは、金を支払ってから2週間後だった。普段と様子が違う娘に「どうしたの」と尋ねると、ぽつり、ぽつりと話し始めたという。

詐欺を疑った穂野香さんは自分で弁護士や消費生活センターに相談していた。男からは「クーリングオフはできない」「返金できない」と突っぱねられたといい、事態は動かなかった。母娘は消費者金融への返済とともに、警察に相談に行くことにした。それが、10月1日だった。


■母が感じた怒り「どうしても許せない」
「昼から一緒に行こう。今までの証拠だけまとめておいて」と頼み、佐永子さんは穂野香さんを家に残し、仕事に向かった。帰宅すると、穂野香さんの姿はなかった。探し回ったが見つからない。

日付が変わるころ、警察から連絡があった。警察署の霊安室で、動かない穂野香さんと顔を合わせた。「なんであの時仕事に行ってしまったんやろう」。佐永子さんは悔やんだ。

小さいころから自分でよく考えて行動するタイプだったという穂野香さん。
「どうしてお金をだしてしまったんでしょうか」と質問すると佐永子さんは、「大学で親しかった友人から『大丈夫』と誘われたのが大きかったみたいです。それと、もしかしたら母子家庭というのでこれまで窮屈な思いをさせてしまったのかもしれない」とうつむいた。

「いい暮らしをしたいとかお金を儲けたいとか、そんなことを考えるような子ではなかったから……」

1時間半に及ぶインタビューの中で佐永子さんが繰り返したのは、穂野香さんが金を支払った男への憤りだった。「どうしても許せない」。

その気持ちはわかった。だが、その強い「怒り」を後から自分も感じるとは、この時は想像していなかった。

(2)「お金返して」「なんで?へへへ」追い詰めた男の言葉 に続く

【写真】自殺する直前、京都旅行に行った川上穂野香さん 笑顔で動画撮影していた(母・佐永子さん提供)

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