194キロ激突死亡事故「『危険運転致死罪』適用して」 遺族が大分地検に署名提出[2022/10/11 15:30]

去年2月に大分市内で起きた交通死亡事故の遺族が11日、大分地検に2万2141人分の署名を提出した。

一般道で時速194キロを出し、交差点を右折していた車に激突して運転手の男性を死亡させた元少年(事故当時19歳)に、「危険運転致死罪(最高刑は懲役20年)」を適用するよう求めるもの。
大分地検は現在、元少年を「過失運転致死罪(最高刑は懲役7年)」で起訴している。

「どこまでスピードが出るのか試すためにアクセルを踏み続け、その結果起こした事故が『過失』であるはずがない」
厳罰を求めて署名活動を続けてきた遺族は訴える。

大分地検に直接届けられた約2万2千人分の署名。果たして判断は変わるのか。

■ 「弟は衝撃で車外に投げ出されていた」

真夏のような暑さとなった、9月最後の日。
大分駅近くのアーケード商店街で、署名活動が行われていた。
行きかう人を呼び止め、事故のこと、「危険運転致死罪」で起訴されていないことを説明し、署名に賛同してもらう。
「ひどいですよね」とつぶやきながら、自分の名前を書きとめる人たち。

死亡した小柳憲さん(当時50歳)の姉は、「驚くほど署名が集まっている」と話す。
「これだけ多くの方が、この事故のことをおかしいと思ってくださっているんです」

時速194キロのスピードで激突された小柳さんの体は車外に投げ出されていたという。
「弟はシートベルトをきちんとしていたんですけど、それがちぎれて、車体の天井部分もはがれて、その部分から弟は飛び出して、後続車の目の前に落ちてきた、そういう状況だったと聞いています」

加害者・被害者双方の車が原型をとどめないほどに破壊された、時速194キロの衝撃。
大分県警は元少年を「危険運転致死」容疑で書類送検したが、今年7月、大分地検が起訴した元少年の罪名は、最高刑が大幅に軽い「過失運転致死」だった。

■ 「地検が危険運転致死傷罪を潔く使ってくれない」

「一般道路で194キロ出して死亡事故を起こしても危険運転致死罪が適用されていません!ひとりでも多くの署名を集めたいと思っています。ご協力ください」

ひときわ大きな声で、署名を呼びかけるのは、井上保孝さん郁美さん夫妻。
かつて、同じように悪質な運転による事故で家族を失った。

1999年11月28日。
井上さん夫妻の乗った乗用車は東名高速上で、飲酒運転のトラックに追突され炎上。後部座席にいた幼い娘2人が死亡した。

その後の裁判でトラック運転手に下された判決は懲役4年。
事故の重大さと、刑罰とのギャップに衝撃を受けた夫妻は、悪質運転による事故の厳罰化を求めて署名活動を展開する。
事故から2年後、刑法が改正され、「危険運転致死傷罪」が創設された。

それからさらに21年。
時速194キロという猛スピードによる死亡事故が、「危険運転致死罪」で起訴されないという事態が起きた。
井上さん夫妻は小柳さんの遺族に協力し、街頭での署名活動に立っている。

「当時、多くの国民の声を受けて国が動いて、危険運転致死傷罪という法律を作ってもらえたのに、各地の検察庁が、なかなかその法律を潔く使ってくれない、それで遺族が苦しめられているというのを聞くと、私たちもいたたまれなくなってしまいます」

小柳さんの姉は、時速194キロでも、事故を起こすまで真っすぐに走れていたので「危険運転致死罪」には問えない、という大分地検の判断に、どうしても納得することができない。

「地検には、“真っすぐ走っていた”道路がどんな道路なのかを考えてもらいたいです。
一般道なんですよ。信号がきちんとあって、交差点があって、横断歩道もあって、そういう道路で194キロで真っすぐ走って事故を起こして、危険運転致死罪に持って行けないという理由がわからないですね」

この日と翌日の2日間だけで、持ち込み分も合わせ約1万人分の署名が集まった。

■ この道路で194キロ…「間違いなく『危険運転』だ」

事故が起きたのは、大分市内の臨海産業道路。道幅が約40メートルあることから、40メーター道路と呼ばれている。

事故発生時刻の午後11時より3時間ほど早い午後8時頃、現場の交差点に行ってみた。
この時間帯はまだそれなりに交通量がある。
小柳さんと同じ方向へと右折する車もかなり多い。
海沿いを走るこの40メーター道路から、右折して住宅街のほうへ向かうのだ。

地元のタクシーに乗って小柳さんと同じように右折してみる。
交差点に入って、右折しきるまで約6秒。
法定速度の60キロで走っていれば、6秒でちょうど100メートル進む計算だから、対向車が100メートル以上離れていれば、運転手は右折の判断をするだろう。
だが、小柳さんが右折していた時、元少年の車は時速194キロ、100メートルを2秒弱で進む猛スピードで交差点に入ってきたのだった。

今度はその元少年側のルートを走ってみる。
確かに道路は真っすぐで、600メートルほど手前から、現場である交差点の信号が確認できる。つまり、そこに交差点があることがわかるのだ。
一方で、道路沿いには街路灯もなく、中央分離帯には植栽が生い茂っているため対向車線は見えにくい。右折車があるかどうかはかなり近づかないと確認しづらい。

そこに交差点がある。右折車があるかどうか見えにくい。
そんな場所で時速194キロを出すなどという行為が、なぜできたのだろうか。

事故のことは知らなかったというタクシーの運転手は、概要を聞き、あきれたように言った。
「この道路で194キロですか?それは『危険運転』ですね、間違いなく」

■ 「遺族の意思を無視しているわけではない…」

「普通の人の感覚では危険だと思う。でも『危険運転致死傷罪』の危険とは違う」
小柳さんの姉が「時速194キロは危険じゃないのか?」と問いただしたとき、担当の検察官はこう答えたという。

では「危険運転致死傷罪」の危険とはどういうものか。

いわゆる「高速度」で危険運転致死傷罪が適用されるのは、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」によって人を死傷させた場合だ。
この「制御困難な高速度」のハードルが非常に高い。
大分地検の検察官が小柳さんの姉に説明したように、どれほどのスピードであっても、真っすぐな道で真っすぐ走れていた場合、「制御はできていた」とみなすのが基本的な考え方となっているのだ。

ある検察幹部も、あくまで一般論だとしたうえで、危険運転致死傷罪の立証は単に速度だけではできないと話す。

「車体を制御できていたのかどうかという点がポイントになるので、カーブで曲がり切れなかったとか、どこかが故障しているのに運転していたとか、他の要因もないと難しい。200キロ近く出ていたとしても、速度だけで判断はできないのが現実だ」

また、「遺族の気持ちはとても大事であり、だからこそモノにならなそうなことはやれない」と検察側の考え方を説明する。

「危険運転では立証が難しいということになれば、過失運転致死でならできるんじゃないかと、これで起訴しましょうというのが普通の流れ。それは遺族の意思を無視しているわけではなくて、遺族のためになんとか事件としてモノにしたいと検察は考えるのが一般的で、大分地検もそう判断したのではないか」

大分地検の次席検事は過失運転致死罪で起訴したことについて、「捜査の結果、危険運転致死の立証には至らなかった」と説明。

納得のいかない遺族は上級庁である福岡高検と最高検に、「危険運転致死罪」への訴因変更を求める上申書を送付した。

■ 一般市民の感覚と司法との大きなギャップ

10月11日午前。
2万2141人分の署名を持った遺族が大分地検の建物に入った。

小柳さんの姉によれば、対応した担当の検察官は、「きちんと捜査をして、加害者には裁判で適切な処罰が下されるよう努力する」と話したという。
これに対して遺族側は、「時速194キロでの走行実験を行ってください」と要望した。
そのスピードが本当に「制御困難な高速度ではない」のか確かめてほしい、そして捜査側にもその異常なスピードを実感してほしいという思いだ。

23年前の飲酒運転事故で娘2人を失った井上郁美さんは今後の展開について、こんな思いを抱いている。

「もし危険運転致死罪に訴因が変更されて、まっとうな裁判が開かれたら、『ほらやっぱり法定速度の3倍を超えるような速度を出して事故を起こしたら、いくら何でも危険運転だよ』という風に、一般市民の感覚と裁判所とか法律家の感覚が少し近づくのかな、と。今はその間にすごく大きなギャップがある、その差を何とか縮めていきたいと思っているので、この裁判はそういった意味でも大きな意味を持つと思っています」

時速194キロという前代未聞の猛スピードによる死亡事故が裁かれる裁判。
初公判の期日はまだ決まっていない。
遺族たちの思いは大分地検の判断を動かせるのだろうか。

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