娘2人の命奪った東名飲酒事故から23年 両親が遺族たちと“つながり”続ける理由[2022/12/04 12:30]

真っ青な11月の空へ色とりどりの風船が舞い上がる。
突然の事故で命を奪われた、幼い娘たちへの思いを込めて空を見上げるのは、井上保孝さん郁美さん夫妻だ。

23年前、東名高速道路上で、井上さん一家4人が乗った乗用車が飲酒運転のトラックに追突されて炎上し、後部座席にいた3歳と1歳の娘が死亡した。

事故の翌年から、2人の命日に合わせて行われている「しのぶ会」がこの日、千葉市内で開かれていた。
参加者は、2人が通っていた保育園の園長など関係者のほかに、悪質な交通事故の被害者遺族など、夫妻が事故以降に知り合った人たちを合わせて約50人。

この23年、夫妻は全国各地で講演などを行うとともに、悪質事故の被害者遺族を様々な形で支援してきた。
最近では大分で起きた、時速194キロで走行していた車による激突事故で、死亡した男性の遺族に協力し、ともに街頭での署名活動を行っている。

大切な人を突然なくした人たちを支え、“つながり”続けようとする井上さん夫妻が今、思うこととは。

■ 「新しく被害者になった人がこんなにいるなんて…」

「きょうは私たちが1年に1度、奏子と周子のことを思いっきりお話しさせていただく機会にお付き合いいただきまして、ありがとうございます」

井上保孝さんがあいさつでそう話した通り、「かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会」は大半が、娘2人の思い出話に費やされる。

保育園の運動会などで撮影された2人の写真を紹介するスライドショー、幼い子どもならではの思わぬ行動やほほえましいエピソードが問題として出されるクイズ…

1999年11月28日。
奏子ちゃん(3歳)と周子ちゃん(1歳)の命は突然、絶たれた。

家族4人で楽しんだ箱根旅行からの帰り道。
東名高速道路上で、井上さんたちの車は後ろから来たトラックに追突された。
激しく炎上する後部座席から、奏子ちゃんが「あちゅい」という声が聞こえてきた。

トラックの運転手は泥酔状態。
事故の前、サービスエリアで缶入り焼酎飲料やウイスキーを飲んでいた。

業務上過失致死傷などの罪に問われた運転手に、下された判決は懲役4年。
あまりの軽さに衝撃を受けた井上さん夫妻は、「飲酒・悪質運転の厳罰化」を求めて署名活動を行い、37万人分の署名を集める。
これが、事故から2年後の「危険運転致死傷罪」創設につながった。

夫妻は事故の翌年から、「かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会」を開いている。
参加者は当初、2人のことをよく知る人が大半だったが、23年が経ち、今では生きていた頃の2人に会ったことがない人たちが半数以上を占めている。

その中に、井上さんと同じような悪質事故の被害者遺族、そして様々な犯罪の被害者遺族がいる。

「新しく被害者になってしまった人が参加したりして、全国各地で被害に遭ってる人たちがこんなにいるんだということを知る、そういう場にもなっているので、私たちとしては(「しのぶ会」を)絶やすまいと思っています」(井上郁美さん)

■ 奏子ちゃん周子ちゃんからの「お給料」 使い道は

命日の前日、11月27日に開かれた今年の「しのぶ会」。
コロナ禍によるオンライン開催を経て、3年ぶりに参加者が直接、顔を合わせることができた。

会の半ばには、これも恒例となっている、「かなこちゃんちかこちゃんからのプレゼント」というコーナーがある。
生きていれば、それぞれ26歳、24歳だったはずの奏子ちゃんと周子ちゃんから、「しのぶ会」に参加している8つの団体に「お給料」が寄付されるのだ。

事故から4年後に下された民事訴訟の判決で、東京地裁は運転手などに計約2億5千万円の支払いを命じた。
そして夫妻が求めていた、賠償金の一部を命日に分割して支払わせるという「定期金賠償」も認められたのである。

分割払いは2人が18歳になるはずの年(奏子ちゃんは2015年、周子ちゃんは2017年)から始まった。
その賠償金が2人からの「お給料」として、交通事故の被害者遺族を支援する団体などに寄付されている。

「しのぶ会」では、それらの団体の代表者に目録が渡され、代表者は前年分の2人の「お給料」をどのように活用したのか報告する。
例えば関東交通犯罪遺族の会(通称:あいの会)は、交通事故被害者遺族の手記をまとめた小冊子を作成した。

郁美さんは言う。
「奏子周子のお給料の使い方が、私たちが考え付きもしないような分野まで広がっていて、保育園での事故防止だったり、裁判の応援だったり、グリーフケア(遺族など悲しみの中にある人のサポート)だったり、私たちだけではとても担えないようなところまで彼女たちの給料が生かされたものになっている。来年はどんな風な成果になって返ってくるのか、すごく毎年楽しみなんです」

■ 「時速194キロ」激突事故の遺族とつながって…

同じような悲劇を繰り返さない…
そんな思いが込められた、奏子ちゃん周子ちゃんからの“お給料”。
だが、悪質な交通事故はいまだ絶えることがない。

「しのぶ会」の最後のあいさつで、保孝さんは、ある事故について話し始めた。
「大分の194キロの暴走事件、私たちは危険運転致死傷罪が抑止力になってほしいと思ってきたにもかかわらず、適用されないというケースの一つになっている。私たちから見ればこんな危険な運転はないだろうと思っているので、微力ではありますが、危険運転致死傷罪がどしどし適用されるようにやっていきたいと思っています」

その事故が起きたのは去年2月。
大分市内の一般道で、時速194キロを出していた元少年(当時19歳)の車が、交差点を右折していた小柳憲さん(当時50歳)の車に激突、小柳さんは死亡した。

時速194キロという猛スピードで起こした事故であるにもかかわらず、地検が起訴した元少年の罪名は過失運転致死(最高刑は懲役7年)。
より量刑が重い危険運転致死罪(最高で懲役20年)を適用するには、元少年の走行が「進行を制御することが困難な高速度」だったと示さなければならない。
だが元少年は事故を起こすまで真っすぐな道路を真っすぐに走れていた、つまり「制御困難」ではなかった…というのが、危険運転致死罪での起訴を見送った大分地検の説明だった。

今年8月、講演のため大分を訪れた夫妻は、地元紙の記事で初めてこの事故のことを知る。
地元の被害者支援団体を通じ、小柳さんの遺族に連絡を取った。
そしてこんな話をしたという。

「もしご遺族に闘う意思があるのであれば、もし悔しい思いをされていて、ちゃんと危険運転致死傷罪を適用してほしいと思っていらっしゃるのであれば、闘う方法はいくつかあるよ、と助言させていただきました。ご遺族としては悔しくて悔しくて夜も眠れないとおっしゃっていたので、だったらやれるだけのことはやりましょう。私たちは喜んでお手伝いしますよ、と」(郁美さん)

行動しないことで、遺族がさらに苦しむかもしれない。
多くの被害者遺族と交流してきた井上さんだからこそ思ったことだった。

「一度決まってしまった起訴罪名が決して簡単にひっくり返るというわけではないけれど、でもここでやれるだけのことをやって、それでもダメだったというのと、やれることさえ知らずにいつの間にか裁判が終わってしまったというのでは、その後のご遺族の生き方が本当に変わってきてしまう、ほんとに何十年も苦しまれると思うんですね」

■ 「井上さんの存在は大きかった」

井上さんたちの支援を受けた小柳さんの遺族は、「危険運転致死罪」への訴因変更を求める上申書を福岡高検と最高検に提出。
さらには2万8000人を超える署名を集め、大分地検に提出した。
大分駅近くでの署名活動には井上さん夫妻も駆けつけ、道行く人に呼びかけた。

小柳さんの姉は、井上さん夫妻と“つながった”ことについてこう話す。

「井上さんの存在は大きいですよ。
今回もし井上さんにつながってなかったら、ただ私が(検察の対応を)不満に思っているだけで、署名活動なんて思いついてないですよね。
それが、井上さんたち署名活動の経験者やメディア対応に詳しい人に出会えたことで、短時間で会見して、署名活動をして、署名の提出もできて、月に1回のペースで大きなことを行うことができた」

■ 孤独な被害者遺族 過酷な日々乗り越えられたのは…

「かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会」から4日後の12月1日。朗報が届いた。
大分地検が、小柳さんの死亡事故について、過失運転致死罪から危険運転致死罪への訴因変更を大分地裁に請求すると明らかにしたのだ。

署名提出から数か月後に行われた異例の判断。
遺族、そしてそれを支えた井上さん夫妻ら支援者たちの思いがついに届いた。

訴因変更請求の一報を受けて小柳さんの姉は、井上郁美さんからこんな言葉をかけてもらったという。
「『私が近くにいたらハグしてあげたい気持ちよ』と言ってくださって… 
この4カ月、今まで生きてきた中でも、ものすごく過酷な日々でしたけど、でもそれを乗り越えてこられたのは井上さんたち、支援してくれた方たちのおかげですね」

小柳さんの姉は、「被害者遺族」同士がつながることの、精神面での重要さがよくわかったと話す。
「被害者遺族って、孤独なんですよ。普段の生活の中でこの気持ちを共有できる人はいないんです。やっぱり経験した者同士でないと語り合えないことがありますよね。
井上さんのような被害者遺族の方たちは、苦しみ抜いたその先を戦っているという経験があるだけに、苦しい人たちへの手の差し伸べ方とか心の寄せ方が本当にありがたいもので、だからどんなにきつくても、頑張っていこうという気持ちができましたね」

危険運転致死罪への訴因変更が地裁に認められれば、小柳さんの事故は裁判員裁判で扱われることになる。
期日が決まれば、井上さん夫妻は傍聴のため大分を訪れたいと考えている。

■ 家族をなくした人たち 風船に思いを結び付けて

3年ぶりにリアル開催された「かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会」。
会場近くの公園に移動して、一人ひとつずつの風船にメッセージを書いた短冊を結び付け、青い空へと飛ばす。

郁美さんの短冊には、こんな言葉が書かれていた。
「かなこちゃん、ちかこちゃん、久しぶりにあなたたちに風船を飛ばせます!うれしいよ!ママ」

たくさんの人との“つながり”を改めて確認することができた一日。
郁美さんはしみじみと言った。
「やっとリアルで開催できて、風船を雲ひとつない空に飛ばした… 必ずしも奏子周子に向けてではなくて、身近で家族をなくしてしまった人たちが、それぞれの思いを込めて空に風船をたくさん飛ばすことができた。気持ちよかったですね」

テレビ朝日報道局 佐々木毅

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