「真っ当な裁判を」 194キロ激突事故 「危険運転致死」に訴因変更で遺族の思いは[2022/12/10 10:40]

「ホッとしました…」
安堵の言葉を口にするのは、去年2月の自動車事故でなくなった小柳憲さん(当時50歳)の姉だ。

大分市内の一般道で、当時19歳の元少年が運転する車が、時速194キロで小柳さんの車に激突した事故。

大分地検は12月1日、当初、過失運転致死罪(最高刑は懲役7年)で起訴していた元少年について、より量刑の重い危険運転致死罪(最高刑は懲役20年)への訴因変更を大分地裁に請求した。

小柳さんの遺族が、危険運転致死罪の適用を求めて署名活動を行い、2万8000人超の署名を大分地検に提出していた。

「署名を無駄にしなくてよかった。やっとスタートラインに立てました」
そう話す小柳さんの姉。だが、裁判に向けては期待と不安が入り混じる。

「真っ当な裁判が行われてほしい。加害者にきちんと刑が下され、しっかり罪に向き合ってもらいたい。遺族を長く苦しめないでほしい」

時速194キロの猛スピードによる事故は、裁判の場で「危険運転」と認められるのか。
“戦い”を続ける小柳さんの姉に話を聞いた。

■ 「弟の無念を晴らせるのは遺族しかいない」

訴因変更請求の一報を聞いた時、少し意外に思ったという。
「率直な気持ちは、え、今ですか?今日ですか?という気持ち。もっと先だと思っていたんです」

11月16日の夜。
大分地検と大分県警は、事故現場一帯を通行止めにして当時の状況を再現するなど、補充捜査を行った。
それからわずか2週間での訴因変更請求。

「地検が覚悟を決めたというのがすごいなと思うんです。やっとやる気になってくれたか、とも思うんですが」

7月に地検が元少年を「過失運転致死罪」で起訴して以降、さまざまな動きを続けてきた。
8月に会見を開いて「危険運転致死罪」で起訴されないのはおかしいと訴え、9月には署名活動を開始。10月には集まった署名を地検に提出した。

「今まで生きてきた中で最も過酷な4カ月」。
小柳さんの姉はそう表現する。
精神的に追い詰められる中で、それでも「戦い」続けたのは、弟・小柳憲さんの無念を晴らしたいという思いからだった。

「事故の時、弟はきちんとシートベルトをしていたんですけれど、それがちぎれて、車体の天井部分もはがれて、そこから弟は車外に飛び出して、後続車の前に落ちてきたそうです」
「弟本人は痛いとか苦しいとか思ったかわからない。このまま自分の命がなくなるなんて思わなかったかもしれないですよね。その無念さを晴らしてやれるのは遺族しかいないと思うんです」

■ 遺族が“騒いだ”ことで検察の態度が変わった…

当初、地検が危険運転致死罪を適用できない理由として説明していたのが、元少年が「真っすぐの道路を真っすぐ走れていた」から、ということだった。

時速194キロという猛スピードでの運転。
それは危険運転致死傷罪の類型で言えば、自動車運転死傷行為処罰法第2条第2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に当てはまるように思える。

だがこれまでの裁判では、法定速度を遥かに超えるスピードだったとしても、真っすぐに走れていれば「制御困難ではない」とされ、危険運転致死罪が認められないのが通例となっている。
大分地検が過失運転致死罪で起訴したのも、それらを踏まえての判断だったと思われる。

「法律が全くわからない人でも194キロ、え?一般道で、となりますよね。
専門家とか、一般人よりはるかに優れた考えを持っているような人たちの意見が逆に、一般市民よりもおかしい判断だったように思うんですよ」

8月に開いた会見は、多くのメディアに取り上げられた。
「時速194キロで事故を起こして『危険運転』でないなんて信じられない」という声も数多く集まった。

当時、地元メディアからの質問を受けた大分地検の次席検事は、「捜査の結果、危険運転致死の立証には至らなかった」と話す一方で、遺族に対しては「誠意を持って説明していく」と語っている。

小柳さんの姉は、この頃から地検の態度が明らかに変わったと感じている。
「検察庁の前にメディアが待ち構える中で署名を届けた時は、特権階級のように対応してもらいました。これ以上騒がれたり非難を浴びたりしないようにと必死だったのかなと思います。
遺族が騒がなければ検察は動かない、というのは確かです。個人が、こんなことおかしいと思っているだけでは何も動いてくれません」

■ 危険運転致死罪認定のカギは「妨害運転」

小柳さんの姉は、担当検事に署名を手渡す際、こう伝えていた。
「もしも今の法の中で、解釈とか視点を変えて問える部分があれば、一緒に戦っていただきたい」

12月1日に大分地検が出した訴因変更請求では、まさにこの事故に関して新たな「視点」を加えている。
元少年が、小柳さんの車の通行を妨害する目的だった、という「妨害運転」の類型を適用したのだ。
自動車運転死傷行為処罰法では第2条第4号にあたる。

地検側の主張はこうだ。
「被告人は、交差点内において対向右折する自動車の通行を妨害する目的で、重大な交通の危険を生じさせる速度で進行して交差点に進入し、右折進行してきた普通乗用車に著しく接近させたことにより自車を衝突させた」

この論理構成であれば、最大の焦点は元少年が「右折する小柳さんの車の通行を妨害する目的」があったかどうかだ。
これを法廷でいかに立証していくのか。大分地検の力量が問われることになる。

それでも、地検がこの事故を「危険運転致死罪」として問う決断をしたことに、小柳さんの姉はとりあえず安堵している。

「やっと第一目標にたどりつけた。結果はどうであれ、土俵に上げてもらったので7割8割は目標達成ですから。支援していただいた方たちには感謝しかないです」

■ 「加害者は法の『抜け穴』に逃げ込まないで」

小柳さんの母(83歳)は、今も事故現場に週2回ほどバイクで通っている。
供えられた花に水をやったり取り替えたりするためだ。
現場を訪れる人のために枯らすわけにはいかないのだという。

「83歳がバイクで現場に行くんですよ。そこが弟に近い場所だと思っているんですよね」

事故から既に1年10カ月。
小柳さんの姉は、加害者である元少年が、死亡事故をどれだけ反省しているのか、遺族にどれだけ思いを寄せているのかが気になっている。

「本人は『毎日手を合わせています』と言っているらしいんですよ。ですけど、私はそういった言葉はやっぱり信用はできない。
例えば親が罪の償いを一緒にと思うならば、現場に花のひとつも持って行くだろうと私は思うけれども、(現場に通っている)母は一回も会ったことがないし来た形跡もないんですよ。
それでも『本人は反省しています』とか『毎日拝んでいます』というので、あ、反省しているんだな、ととらえられて、罪も軽くなってしまうんでしょうか」

裁判所が危険運転致死罪への訴因変更を認めれば、この事故は裁判員裁判で扱われることになる。結果が出るまでの道のりはまだまだ長い。

小柳さんの姉が懸念するのは、被告側が「危険運転致死罪か否か」について徹底的に争ってくることだ。

「私たちはスタートラインに立つためにこんなに苦労してきたのに、相手が罪を軽くしようという動きが出てくるのは、今後、懸念するところではありますよね。法律の解釈の『抜け穴』のほうに向かって戦おうとするのか。私たちはその『抜け穴』を何とか塗りつぶして危険運転致死罪に問わせたいと思うのに、相手はそこを開けて『抜け穴』に入ろうとするわけですよね、そういったことは起きてほしくないと願いますよ」

法廷で互いがしっかりと主張しあうことは必要だと思う。
だが裁判が長引けば、それだけ遺族の苦しみも続くことになる。

「遺族をどこまで長く苦しめるのかって思います。いやいやあなたは故意でここまでのスピードを出して弟を死なせたじゃないか、と。加害者が罪に問われる、そしてその罪に真摯に向き合って償ってもらうことしかないんですよね」

テレビ朝日報道局 佐々木毅

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