「夫の殺害依頼はしていません」妻の言葉に「復讐代行屋」は法廷で語り始めた[2022/12/24 11:00]

去年8月、東京・足立区に住む男性が寝込みを刃物で襲われた。男性は抵抗し、命を落とさずに済んだ。3カ月後、この男性の妻が、「SNSを通じて雇った男らに夫を殺させようとした」として逮捕、起訴された。裁判で妻は「夫の殺害を依頼したことはない」と否認した。

誰かに頼んで夫を殺させようとするなどという、映画のような話が本当にあるのか。裁判担当の私は、法廷に足を運び、それを確かめようとした。
公判で注目されたのは、「復讐代行屋」という言葉。そんな世界が本当にあるのか。裁判の行方を追った。
(テレビ朝日社会部司法担当・島田直樹)

■SNSをきっかけにした事件

 瀧田深雪被告(45)は去年8月、SNSで依頼した実行役2人と共謀し、東京・足立区の自宅で寝ていた夫(45)の左胸をサバイバルナイフで突き刺し殺害しようとした罪で起訴された。

事件から1年以上たった今年10月、裁判員裁判が東京地裁で開かれた。裁判が始まる直前、傍聴席はほとんど埋まっていた。しばらくすると瀧田被告が法廷に入ってきた。肩幅が余った大きな白いワイシャツを着て、やや背を丸めて歩き、傍聴席から見て右手にある弁護士の隣の椅子にゆっくりと座った。

「起立してください」
予定時間になり、裁判官3人と裁判員8人が入廷する。瀧田被告もゆっくりと立ち、頭を下げた。
女性検察官が起訴状に書いた内容を読み上げる。3人の裁判官の真ん中に座る裁判長が証言台の瀧田被告に「今読み上げた内容について事実と違うところはありますか」と尋ねると、瀧田被告は小さな声で「私は主人の殺人依頼などしていません」と話した。

検察の主張はこうだ。
去年2月、内緒にしていた1000万円以上の借金を夫に知られてしまった瀧田被告は、夫から厳しく金銭を管理された。夫の厳しい態度を逆恨みした瀧田被告はネットで「復讐代行屋」などと検索し、50万円で夫の殺害を依頼した。依頼を受けた20代の男2人のうち1人がサバイバルナイフで夫の左胸などを刺したが、夫の抵抗を受けて殺害は失敗した。

傍聴してメモを取りながら、「復讐代行屋」という言葉が私の心に刻まれた。

弁護側も、瀧田被告が借金をしたことは認める。だが、その後の主張は大きく違う。
借金が夫に知られた後、瀧田被告のもとに、大量の出前が届いた。闇金からの嫌がらせだったという。瀧田被告は自殺を考え、「検出されない毒」などと検索したが、自殺は諦めた。

ある日、瀧田被告は「なんでも屋」という存在を知り、ツイッター上で「復讐代行」というアカウントにダイレクトメッセージを送った。
相手は、一定期間が過ぎるとメッセージが自動的に消去されるアプリ「テレグラム」でやりとりするよう指示。
瀧田被告は相手に夫の不満などを漏らした。
2週間ほど後、突然男2人が夫を襲った。

弁護側は、「『復讐代行屋』とやり取りはしたが、復讐目的ではなかった。連絡相手が誤解して殺人計画を立てたかもしれない」と反論した。

■実行役の証言は信用できるのか。

裁判2日目、丸刈りで小柄な男性が証人として出廷した。小西昴太受刑者(23)だ。小西受刑者は瀧田被告の夫を殺害しようとした実行役として起訴され、今年7月、懲役8年の実刑判決が確定していた。

スカウトの仕事をしていた小西受刑者はコロナ禍で金に困り、ツイッターで「#お金に困っています」と投稿すると、あるアカウントから「恨み晴らし代行」の仕事を紹介された。身元不明のそのアカウントが仲介して、去年7月中旬ごろに連絡を取り始めたのが、瀧田被告だったと小西受刑者は証言した。

検察側「初めての連絡はどちらからしましたか」
小西受刑者「奥さん(瀧田被告)から連絡が来ました」
検察側「どんな依頼がありましたか」
小西受刑者「『自分の旦那を殺してほしい』という内容です。」
小西受刑者は質問から間を置かずにすらすらと答える。

検察側「連絡を始めてどのくらいで『自分の旦那を殺して』と言われましたか?」
小西受刑者「連絡が来て2、3日くらいです」
検察側「なぜ殺してほしいと言っていましたか?」
小西受刑者「『自分の娘に対する言葉の暴力がひどい、見ていられないから』と言われた」
検察側「それを聞いてどう思いましたか?」
小西受刑者「自分も父親から暴力を振るわれたので同情の気持ちがありました」
検察側「同情したということだけど、報酬がなかったら依頼を受けましたか?」
小西受刑者「それはないです。」
小西受刑者は、50万円の報酬を提示されたと主張した。

2人は「テレグラム」で殺害計画のやりとりをしたと検察側は指摘する。
このアプリは刑事裁判でよく出てくる。一定期間でメッセージが消えるため、捜査が難しいともいわれるアプリだ。

検察側「瀧田被告とのやり取りの頻度は?」
小西受刑者「ほぼ毎日ぐらいです」
検察側「あらかじめ家の状況は聞きましたか?」
小西受刑者「ベランダ側に面して寝室があると言われました」

やりとりの2週間後、「殺人計画」が実行に移されたが、瀧田被告の夫は九死に一生を得た。

■「自分を消してくれないかと思いました」

裁判3日目、検察側が証拠として瀧田被告の携帯電話の履歴を提出した。去年2月から「検出されない毒」「死ぬカビ」「殺人依頼 下請け」「殺し屋 探し方」「復讐代行屋」「抹殺」「裏稼業」「殺し屋」という言葉が並んでいた

なぜこのような言葉を検索したのか。瀧田被告は、「保険金を家族に残すために自分を殺してもらいたかった」と主張した。

瀧田被告「自分を消してくれないかと思いました」
弁護側「消すは殺すという意味?」
瀧田被告「はい。もう逃げてしまいたい、死んでしまいたいと思いました」
弁護側「『殺人依頼 下請け』を検索しています。なぜですか?」
瀧田被告「やはり死にたいと思いました。」

去年7月中旬、瀧田被告のアカウントは「復讐屋」という言葉を含むいくつかのアカウントにダイレクトメッセージを送った。
「始めまして お話を伺うことは可能でしょうか。」(原文ママ)

弁護側「何のために送った?」
瀧田被告「プロフィールに『詐欺被害解決します』と書いていたので」
弁護側「詐欺被害を受けていたんですか?」
瀧田被告「闇金(業者)の嫌がらせをどうにかしたかったです」
弁護側「相手にどんな話をしましたか?」
瀧田被告「闇金(業者)に嫌がらせを受けている。家庭の事情や愚痴を話しました。」
弁護側「夫を傷つけてほしいと頼みましたか?」
瀧田被告「いえ、話していません」

瀧田被告は、一貫して「復讐代行屋」に殺人依頼はしていないと主張し続けた。

■「主人を巻き込んでたくさんごめんねと伝えたい」

判決前の最後の論告で検察側は「小西受刑者は刑が確定して服役中で、瀧田被告に責任を押し付けるメリットがありません。自分に不利なことも素直に話して有罪判決を受けています。小西受刑者の証言は十分に信用できます」と主張した。
そのうえで「計画的な犯行の主犯的立場」だとして瀧田被告に懲役11年を求刑した。

一方、弁護側は「(瀧田)深雪さんは殺人依頼をしたことはありません。小西受刑者が誤解して犯行したとみられます。検察が証拠とする小西受刑者の供述は信用できません」と反論した。

瀧田被告は「私は」と言葉を発した数秒後、これまで言葉少なに話していたのとは違い、自分の思いを涙声でまくし立てた。

「私は……殺人依頼などしていません。お金を渡したり受け取ったりしていません。あちこちに個人情報を流したことを後悔しています。反省しています。いろんなことに主人を巻き込んでたくさんごめんねと伝えたいです」
「早く娘のところに行きたいです。パパとママで迎えに行ってあげたいです。殺人依頼をしていないので無罪です。長くしゃべってすみません。ありがとうございました」

早口で発せられる言葉をすべて書き起こすためにはページをめくる時間もなく、私は傍聴ノートの上下の余白に必死に書きなぐった。
裁判の争点は小西受刑者の証言だ。これを裁判官が「信用」するかどうかで、判決は大きく変わるはずだ、と私は確信していた。

■「復讐代行屋」に対して殺人依頼はあったのか

1週間後、判決の日だ。
裁判が始まる3分前に入廷した瀧田被告は椅子に座るとすぐに膝の上で左手を右手で握った。そして、2分前になると目をつむったり、開けたりと繰り返し、気持ちを落ち着かせようとしているように見えた。
裁判官が入ってきた。どんな判決か。私も身を固くした。
瀧田被告が証言台に立つと、裁判長は判決を言い渡した。
「主文、被告人を懲役10年に処する」

判決で裁判長は、「判決が確定しているというのであるから、小西受刑者が瀧田被告の事件への関与についてあえて虚偽の供述をする動機や利益はない」「小西受刑者の供述は十分に信用できる」と述べた。
検察側の主張が事実関係としておおむね認められた形だ。

瀧田被告は表情を変えることなく判決を聞き、言い渡しが終わるとゆっくりと立ち上がって裁判長に一礼した。瀧田被告側はこの判決を不服として1週間後に控訴した。

 東京地裁での裁判が終わっても私の中には疑問がまだ残っていた。瀧田被告からのメッセージを小西受刑者に紹介したとされる「復讐代行屋」の存在だ。
 そんな仕事が本当にあるのか。できるなら話を聴いてみたい。雲をつかむような話だったが、取材を始めた。ツイッターで探し回り、「復讐代行屋」を名乗る人物に接触することに成功した。そこには予想を上回る「現実」があった。

後編
<たどりついた「復習代行屋」が打ち明けた闇「殺人依頼もありますよ」>
に続く

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