“御年91歳”現役の介護職員 心に寄り添い75年…専門医も驚く 「認知症」の介護技術[2023/02/18 17:00]

現場に立ち続けて75年、なんと91歳の現役介護職員がいます。認知症の高齢者が、突然歩き回った時、声を荒らげた時、91歳の介護職員が取った行動とは?認知症の専門医も「感動的」と驚き、私たちもマネできると語る、その介護技術を追跡しました。

■モットーは「いつも幸せな気持ちに」

京都府木津川市にある「山城ぬくもりの里」。特別養護老人ホームやデイサービスなどの高齢者総合福祉施設です。

利用者およそ130人の平均年齢は86歳、認知症の人も少なくありません。

細井恵美子さん:「元気ですか?」
利用者:「私も元気ですけど、細井先生もお元気で。冷たい手してはるわ」
細井さん:「今、外に行っていたから」
利用者:「うれしいわぁ」

利用者たちに「先生」と慕われる介護職員・細井さん、なんと91歳。週に3日、一日6時間半、広い施設内を歩き回り、利用者の介護を行っています。そのモットーは?

細井さん:「その人の人生を尊重してあげないと、今まで頑張ってきて。(利用者が)いつも幸せな気持ちになれる。そういう状況が一番いいかなと思う」

■否定・禁止・命令は“原則NG”

この日、ちょっとしたトラブルがありました。

女性:「わざわざ言わすねん」
井上敬子さん(83):「聞こえているから分かってんねん」
女性:「その生地やで」

洗濯物を畳む手伝いをしていた認知症の2人が口論に。すると…。

細井さん:「ありがとう、ありがとう」
女性:「あんたおかしいわ」
細井さん:「ありがとう、ありがとう、大丈夫だ」
女性:「バカたれが」
細井さん:「大丈夫、大丈夫」

細井さんがそっと間に入り、声を掛けると、落ち着きを取り戻した2人。口論の理由を聞いたり、とがめたりすることはしません。

山城ぬくもりの里 統括施設長・森山憲克さん:「スッと、高齢者の懐に入っていく力。細井さんの経験が成す会話技術」

細井さんの介護術。40年にわたり、認知症の研究を行っている朝田隆ドクターに解説してもらいました。

朝田ドクター:「よく認知症のケアの世界では、原則として否定・禁止・命令これはNGだというふうに言われます。理屈で言うよりも、雰囲気、フィーリングで分かってもらうことのほうがピタッとくる。特に認知症だったら」

■“利用者に合わせた介護”を

朝田ドクターは、細井さんの介護術には、私たちもマネできるポイントが数多くあるといいます。

細井さん:「おはようございます。敬子さん」
敬子さん:「おはようございます」
細井さん:「どうですか?」

井上敬子さん。認知症のため、デイサービスを利用しています。

敬子さん:「さあ帰るか、そんなら」

昼食後、突然帰ると言い出した敬子さん。実は、頻繁に歩き回る傾向があるといいます。すると細井さんは、止めることも行き先を聞くこともなく、他愛もない話をしながらすぐ後ろを歩きます。

細井さん:「うさぎさん、きれいでしょ」
敬子さん:「ほんまやね、きれいやね」
細井さん:「今年の干支(えと)やからね」

およそ10分、敬子さんが自分から部屋に戻るまで、寄り添い続けました。

細井さん:「本人は、何か目的があってウロウロしていると理解してあげたら、別に怒る必要もない。ただ自分のペースに従ってもらうと思うと、しんどいと思うけど。その人(認知症利用者)に合わせれば平気やと思う」

介護する側の都合ではなく、認知症の利用者に合わせて介護することを細井さんは心掛けています。

朝田ドクター:「『仕事に行かなくちゃいけない』『買い物に行かなくちゃいけない』と、(歩き回る)本人は思っている。それに対して『なぜ行くの?』『ダメよ』なんて言われたら、自らを否定・禁止されているから面白くない。本人の思う方向でやらせてあげるほうがいい」

さらに、朝田ドクターが注目したのは、細井さんが自然に手を添えるだけでなく、優しくさすりながら会話をしていることです。

朝田ドクター:「なでられるのと、手を置かれるのでは、受ける身にしたら全然意味が違う。やっぱり、そういう受け入れられ感とか、大切にされているというメッセージは伝わると思います」

■“60代”で看護から介護の現場に

週3回、1時間かけて施設まで通勤している細井さん。

細井さん:「自炊ですよ、ほとんど。もしあれやったら、後でちょっと食べて下さい」

一人暮らしのため、料理も家事も自らこなします。

その仕事の原点は1948年、17歳で看護師となった細井さん。戦争で体だけでなく、心も傷付いた人たちを看護するなかで、相手に寄り添い思いやる気持ちが芽生えたといいます。

細井さん:「限度がありますよね、できることというのは。それを補うのは、やっぱり自分の愛情。その人に対する気持ちじゃないかなと思う。それしかないですね」

およそ30年前、60歳を過ぎて看護から介護の現場に軸足を移してからも、信念は変わっていません。まず、相手の人生を少しでも深く知ることを心掛けているといいます。

細井さん:「(夫は)気前が良かったんね。九州男児でしょ」「(Q.(亡くなった夫の)出身まで知ってるんですか?)九州やんね?」
敬子さん:「九州」

認知症の利用者は、幼少期や家族の話をすることが多いため、具体的な家族の名前をあげて思い出話を引き出しながら会話をしています。

朝田ドクター:「認知症になっても、かなり進んでも、自分にとって一番大事なモノは相当残る。(認知症の)本人にとって芯の言葉が聞こえてきたら、会話が弾むだろうな」

■施設利用者でなくても“訪問”

細井さんはこの日、ある女性の自宅を訪れました。

細井さん:「お邪魔します。突然ごめんね」

一人暮らしをしている、朝田はるみさん(84)。

朝田さん:「施設長(細井さん)みたいに元気になりたい。ここに、こんなんができてきたの。『これがん?』って聞いたら、がんだって」

およそ1年前に、卵巣がんが見つかり、末期の状態で手術もできない状況だったといいます。

2人の出会いは14年前。細井さんが携わった介護予防の教室に朝田さんが通い始めてからの付き合いです。

朝田さん:「(細井さんは)血圧一つ測るだけでも、全然違いました。手を握る、脈をとるにしても、優しさを感じました」
細井さん:「うまいこと言うて恥ずかしいわ」
朝田さん:「もう来て下さるかなと思って待っていた」

細井さんは、朝田さんのように施設を利用していない高齢者も気にかけ、定期的に訪問しているのです。

■専門医“社会問題への前向きな可能性”

常に相手を思いやる。細井さんの心構えは、後輩たちにも引き継がれています。

細井さん:「それ包んで持って帰るんやって」
介護福祉士・村井多賀子さん(63):「これでいいですか?もっと大きな紙がいい?」

施設の備品であるコップを持ち帰ると言い出した認知症の女性。

村井さん:「これはどう?」
利用者:「ありがとう」

職員は、ワケを聞くことも、止めることもしません。大事にコップを包む女性。しかし、帰る時には、コップのことは忘れていました。

村井さん:「(介護で)悩んだ時に、利用者さんにとって、どっちがいいだろうということで決めなさいと。(細井さんに)言われて、ずっとそれを守っています。悩んだ時は、そうするようにしています」

認知症の専門医は、細井さんの活躍を大きな社会問題への前向きな可能性と感じています。

朝田ドクター:「老々介護というと、普段はマイナスなイメージばかり。しかし年が近い、あるいは年上の人にお任せするのは、むしろ安心感・信頼感も生まれる。そんな見方を教えてもらった気がしました」

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