「娘の死を無駄にしたくない」原発から3km 娘の遺骨を捜して…震災から12年[2023/03/10 23:30]

東日本大震災から11日で12年。

福島県大熊町。入ることが制限されるこの区域で、娘の遺骨を探し続ける男性がいます。

木村紀夫さん(57)。あの日、原発から3キロにある自宅は流され、父と妻、そして次女の汐凪ちゃんの行方がわからなくなりました。原発事故により避難を余儀なくされ、捜索することもままなりませんでした。その後、妻と父の遺体は発見されましたが、汐凪ちゃんは、骨の一部が見つかったのみ。以来、12年間、探し続けています。

木村紀夫さん:「ここは、のどかな町ですよ。田んぼの周りに、ちょっとずつ家が点在しているような場所で、本当にのどかな田舎の風景ですね。国策によって翻弄されてきた地域といえる。だけど、それで潤っていたのも、もちろん事実なので」

木村さんが遺骨を探すとき、必ず、汐凪ちゃんが通っていた小学校を訪れます。教室の中は、あの日のまま、時が止まっていました。
木村紀夫さん:「楽しんでましたね。小学校に入学する前から楽しみで。学校はすごい好きでした。(生きていたら)20歳、来年、成人式です。想像できない、1年生のままなので。私のわがままかもしれないけど、他のみんなの物も、ここに残してほしい。汐凪の物だけここにあっても寂しくて。これは俺のわがままかもしれないけど」

中間貯蔵施設の建設地となり、除染による廃棄物が積み上がったままの町。12年経った今も、人が住めない場所が、多く残されています。そこに、かつての面影を探すことはできません。それでも、この場所で娘の骨を探し続ける木村さん。その傍ら、自分の経験を、未来の防災につなげたいと語り部活動を始めました。
木村紀夫さん:「津波で流されたこともそうだけれど、原発事故により捜索がちゃんとできなかった。それは大きな教訓だと思う。原発事故とは、そういうものだと知ってほしい。ちょっとでも来た人の心に残ってくれたら。それが防災につながってくれればいいなと。それが“慰霊”になるということ。やっぱり汐凪の存在が大きい。無駄にしたくない。無駄にすることは、汐凪の命を無駄にしていることと一緒」

木村さんが自宅の裏山に立てた小さな慰霊碑。汐凪ちゃんが大好きだった潮風を浴びながら、ひっそりと佇んでいます。

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