逃走事件から5年…“塀のない刑務所”密着 自治会組織を完全廃止 大きく変貌した今[2023/04/23 17:00]

愛媛県今治市にある大井造船作業場、いわゆる「塀のない刑務所」です。

ここに来られるのは、逃走の可能性が低い、全国から選び抜かれた模範的な受刑者だけ。しかし5年前、3週間にもわたり、受刑者が逃走する事件が発生しました。

その事件を境に“塀のない刑務所”は、一体どう変わったのでしょうか?大きく変貌した“塀のない刑務所”の今をみつめました。

■最悪の事態…3週間に及んだ逃走劇

愛媛県今治市にある“塀のない刑務所”は、住宅街に隣接した造船所の一角にあります。

テレビ朝日報道局 清田浩司記者:「こちらで船を造っています。この造船作業場の隣の白い建物が、受刑者たちが生活している寮です」

受刑者が生活する寮と一般道の間には細い川と、高さ1.5メートルほどの金網でできたフェンスしかありません。

清田記者:「こちらが、受刑者たちが生活している部屋です。このように、部屋に鍵がかかりません」

受刑者のよりスムーズな社会復帰のために62年前、一般の労働者と同じように働ける施設として、日本で初めて誕生しました。

ここに来られるのは逃走の可能性が低い、全国から選び抜かれた模範的な受刑者だけです。逃走事件の前、そんな彼らの姿を取材していました。

受刑者たちの朝の出勤時間。移動はすべて全力疾走。総勢31人が、50メートルほど走って整列します。

ここでの最大の特徴。それは、先輩受刑者が新人受刑者に生活の規律を教えることでした。

先輩受刑者:「音を立てないように。俺がはしを置いたら、お前もはしを置いて食うのをやめる」

受刑者:「はい。分かりました」

先輩には、必ず従うのが塀のない刑務所でのルール。寮での生活は、社会に出てからの人間関係を学ぶという理念から、受刑者による自治会組織で運営。先輩からの指導がいわば“塀の代わり”“刑務官の代わり”となっていました。

他の刑務所では、刑務官が行う点呼でも…。

受刑者:「点検1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12」「要員を報告します。総員13名異常ありません」

点呼をとるのも、報告を受けるのも受刑者。受刑者の“自治会長”が、刑務官に報告していました。

この日、新人受刑者は就寝時間の夜10時半まで“全受刑者の上下関係”についての指導を受けていました。

先輩受刑者:「序列はきょう中に覚えてもらうから。受刑者の名前と整理番号をできるだけ今から暗記して」

受刑者:「はい。分かりました」

先輩受刑者:「後でテストするから」

受刑者:「はい」

厳しい上下関係があり、自分と同じ受刑者から指導を受けることに耐えられないという声も…。

20代 受刑者:「受刑者同士で言われるのが、どうしても納得いかなかった。これなら(以前の)松山刑務所に戻って、自分で勉強したほうが、まだマシ」

そして、2018年4月。最悪の事態が起きてしまいました。

警備が手薄だった土曜日の夜。「受刑者間の人間関係に疲れた」という20代の受刑者が、寮の窓から逃走したのです。

広島県尾道市の空き家に潜伏。その後、海を泳いで広島市内のネットカフェで過ごしたという受刑者。3週間あまりにも及んだ逃走劇は、地域住民を不安に陥れました。

■自治会組織を完全に廃止

あれから5年。塀のない刑務所では、逃走対策が至るところに施されていました。

松山刑務所 大井造船作業場 蓮池茂夫場長:「ストッパーが付いて、ここまでしか開かない」「(Q.これ以上開かないのですか?)開きません」

逃走前に取材した時の映像です。当時は全開になった窓に、新たにストッパーが付きました。

出入り自由だった寮の玄関も、電子錠が付きました。

ここは、住宅地に密接する場所。逃走するリスクを少しでも下げるために、作業時間以外は、寮の外に出られなくなっていました。そして、一番大きく変わったのが…。

蓮池茂夫場長:「(Q.現時点で自治会組織というのは?)なくなりました。全くありません。指導やアドバイスについては、我々がやる。前のように自治会長、ヒエラルキー、そういったものは全部廃止しています」

受刑者の上下関係が逃走事件の原因となったことから、自治会組織自体を完全に廃止。受刑者を指導・監督する刑務官の人数も13人から20人に増員し、作業中の見回りも増やしました。さらに、週末の夕方には…。

蓮池場長:「土日はやはり職員自体も手薄になってきますので、塀のある松山刑務所のほうに帰るということになった」

■逃走事件後…“初密着”

今年2月に行われた塀のない刑務所に行く受刑者を選抜する審査会。事件後、どんな基準で選ばれるのか、我々のカメラが入ることが許されました。

幹部職員:「なぜ、大井造船作業場に行きたいか、理由を教えてくれ」

30代受刑者:「社会の仕事に近い作業をすることによって、社会復帰が円滑にできるのではないかという期待があるので」

30代のA受刑者は、ギャンブルの金欲しさに窃盗を繰り返した元公務員。2度の逮捕で、初めての服役です。

30代受刑者:「ギャンブルを通して、自分の性格が歪んでしまったのが一番の後悔です。大井造船作業所に行けるのは、やっぱり限られた人間だと思いますし、出所後に生かせるように頑張りたい」

塀のない刑務所の受刑者に選ばれるためにこの1カ月間、特別な訓練を受け、真面目に励んできたと言います。

そんなA受刑者に、松山刑務所の高野洋一所長が指摘したのは…。

高野所長:「(逮捕前)仕事をやっていて、そこでペナルティーを科されそうだったから逃げ出したとかね。大井造船作業場に出る人にとっては、逃げ出したというのが続いているのが、ちょっと気にかかるんです」

“物事からすぐに逃げ出してしまう”という指摘に…。

30代受刑者:「大井造船作業場に行って、逃げ出さないというところを見せていきたい」

これに対し所長は…。

高野所長:「(“塀のない刑務所”に)出た結果、ちょっと続けられないなと思ったら、速やかに職員に申し出て下さい。それで本所(松山刑務所)に戻ってくることになっても、懲罰にするとか、そういうことはしませんから」

審査は行動心理学の専門家も交え、逃走のリスクと更生の可能性を判断して行われます。なぜ、そこまでして塀のない刑務所を継続するのでしょうか?

高野所長:「選んでくれたということで、すごくそれが自信につながるんですね。その自信が芽生えることによって、自分が立ち直ろうという意欲にもつながっていくんじゃないか」

■以前のような“上下関係”なし

5日後、A受刑者は審査会を無事パスしていました。

収容されて以来、5カ月ぶりに塀の外へ。その表情は、緊張で少し強張っていました。

30代受刑者:「熱意が伝わって、結果につながって良かったと思います。これからの生活に不安を感じる面もあって、うれしさ半分、不安半分という感じ」

到着した日の自由時間。先輩受刑者が、新人の2人に声を掛けました。

先輩受刑者:「きょう(刑務官に)何か言われました?1日やってみて」

新人受刑者:「こっちに来てからというよりは、(刑務所を)出る時にトイレをガタンと閉めて、(刑務官から)『おい、静かに閉めろよ』って」

やりとりは、まるで“会社の先輩と後輩”。受刑者に、以前のような上下関係はありません。

“塀のない刑務所”に新たに入所 A受刑者(30代):「松山刑務所の本所とは、全然勝手が違うなと思いました」「(Q.何が一番違いましたか?)やっぱり(受刑者の)作業員の意識の高さというか、こういうところに気をつけたほうが良いと、ポイントを教えて下さるので、非常にありがたい」

塀のない刑務所で過ごし1カ月。30代のA受刑者は、どうしているのでしょうか?再び訪ねると、緊張も解けたのか、明るい表情で新人が行う作業現場の清掃を行っていました。

A受刑者:「ここでの生活は、色々自分で考えることが非常に多くて。自分を成長させる意味では、すごく良い環境だと思うので、出所までここで頑張っていきたいと思います」

あの逃走事件から5年。再犯率が高く推移するなかでも、ここから出所した受刑者は、1人も再び刑務所に戻ってきていないと言います。

こちらも読まれています