「資源は足元に!」 世界最先端の技術「浮体式洋上風力」 見えた日本の再エネ可能性[2023/05/13 11:00]

巨大な柱が、海面からすさまじい勢いで立ち上がる。
長崎県五島市沖の海に浮かぶ発電所、「浮体式洋上風力発電施設」の設置工事。
ハイライトとも言える支柱の立て起こしは、正に圧巻の迫力だ。
この支柱に羽根が取り付けられ、洋上に巨大風車が誕生する。
一連の光景は、「浮体式洋上風力発電」における日本の技術力と潜在能力の高さをまざまざと見せつけるものだった−−

エネルギー危機と気候危機という2つの危機が続く中、化石燃料に大きく依存する日本が、今後、どのようにエネルギーを賄い、どのような電力を中心に据えていくのかは正に喫緊の課題だ。
その際、先月のG7気候エネルギー環境相会合でも確認されたとおり、再生可能エネルギー(再エネ)の活用は重要なテーマとなるだろう。

私は長年、日本各地で再エネを活用する自治体や企業を取材してきたが、いずれもそれぞれの土地の特性・自然をうまく生かして、地域の活性化にまでつなげていた。
化石資源の乏しい日本だが、実は、再エネの“資源”は豊富にあり、特に大いなる可能性を秘めているのが「洋上風力」だ。
中でも、水深の深い海が多い日本の地形に最も適した、「浮体式洋上風力」の取材をもとに、日本における再生可能エネルギーの向かうべき姿を考えてみたい。
(テレビ朝日アナウンサー 山口豊)

■ 台風でも倒れない「浮体式」の安全性

五島市福江島沖にある日本初の浮体式洋上風車。
海面上の高さは96メートルという非常に大きな構造物で、漁船に乗り間近で取材すると、その迫力に圧倒される。

風車は海面上に浮かんでいるのだが、直立し安定してそびえ立っていて、全く揺れていないように見える。海中部分は、まるで釣りの浮きのように浮いていて、海底にはチェーンで係留されている。

この浮体式風車、2010年から始めた環境省による実証事業を経て、2016年に実用化され、現在も戸田建設が商用運転を続けている。
この1基で2000キロワットの出力があり、一般家庭にすると、大体1800世帯から2000世帯分くらいをまかなえる能力だ。
さらに今、8基を追加投入する工事が進められていて、来年1月には日本初の浮体式洋上ウィンドファームが完成する予定だ。
その暁には、9基の浮体式風車が五島の海で回り、五島市の全世帯分に相当する電力を生むことになる。

風車に近づくと、ブレードが風をきるシュワンシュワンという音がするが、それは思いのほか静かだ。この大きな構造物に対しては、非常に静かな音と言っていい。漁船の音でほぼ聞こえなくなる程度だった。

気になるのは、長崎と言えば台風の通り道であること。強力な台風が毎年のように来るのだが、その中でも一度も倒れることなく、ほぼ安定した発電を続けているという。
また、海の上に浮いているので、地震の揺れによる影響を受けないし、津波に関しても、沖合では波が沿岸部ほど高くないため、安全性は維持できるそうだ。
浮体式風車は3本のチェーンでゆとりをもって海底につながれていて、台風の大波や潮の満ち引きなど、波に合わせて常に上下しており、津波にも耐えられる設計になっているのだという。

■ 船を沈め柱を浮かせる…驚きの設置工事に密着

では、巨大な浮体式風車を海上にどのように設置しているのだろうか?
戸田建設では、半潜水台船と呼ばれる特殊な輸送船を持っている。この船には広大な甲板が広がり、長さが130メートル、重さ2600トンもある浮体式洋上風車の支柱部分を横にして載せることができる。
沖合に出ると船自体が沈み、甲板が海中15メートルほどの深さまで浸かることで、巨大な支柱を浮力により浮かせるというのだ。
私はその設置工事を密着取材した。

巨大な風車の支柱を載せた半潜水台船は、福江港から約3時間かけて、椛島という小さな島の目の前に移動した。この周辺の海は、穏やかで水深も深く、風車の組み立てに適した場所なのだ。

私は半潜水台船から、別の作業台船に乗り移り、作業の様子を見守った。
支柱を載せた半潜水台船は少しずつ船体が沈み始め、甲板が海水に浸かっていく。やがて甲板は完全に海中に沈み、巨大な支柱がゆっくりと浮かんでくる。
すると、近くに待機していたタグボートがロープで巨大な支柱を引っ張り始める。支柱は台船から引き出され、真横になった状態で海面に浮かんだ。

■ 息をのむ光景!巨大支柱の立て起こし

今度は、海面に横たわった巨大な支柱を垂直に立て起こす作業が始まる。
ポンプで支柱の底の部分に海水を注入し始めた。すると、重心が徐々に底側に移り、水平に浮いていた巨大な支柱が少しずつ傾き、頭をもたげ始める。
支柱の起き上がるスピードは途中までは非常にゆっくりだが、傾きが30度を超えると、一気に勢いを増した。まるで巨大な生き物のようにすさまじい速さで海面上にそそり立ち、垂直に立ち上がった。目の前にあっという間に巨大な柱がそびえたったのだ。その間わずか15秒ほど。
間近でみると、息をのむ迫力だった。

その後巨大な支柱は、タグボートに曳航されて場所を移動し、起重機船と呼ばれるクレーンのついた作業船で、風車の発電機やブレードが取り付けられた。

浮体式洋上風力発電の技術はすでに確立されている。課題は現在の売電価格が36円/キロワットアワーと高コストなこと。
戸田建設では今後、大型化と量産化により、1キロワットアワーあたり10円以下という発電コストを目指すという。そうなれば現在の火力発電に比べても十分に安い単価となる。

世界第6位の排他的経済水域と領海を持つ海洋国家、日本における洋上風力の潜在能力は、他の再エネと比べても圧倒的だ。環境省の試算によれば、浮体式洋上風力だけで全電力供給量のおよそ2倍のポテンシャルがあるとされる(コスト面や送電線など電力系統の空き容量などを考慮しない場合)。
世界の最先端を行く挑戦だけに、現場では様々な困難に直面しながらも、それらを一つずつ乗り越えて、作業が続けられている。

日本には海という莫大な再エネ資源と、それを実際に活用できる世界最高水準の再エネ技術力があり、すでに地域と共生する形で利用が始まっているのだ。

■ 深刻な温暖化が“洋上風力”誘致を決意させた

それにしても、なぜ五島が日本初の浮体式洋上風力発電を誘致したのだろうか?
五島ふくえ漁業協同組合の組合長だった熊川長吉さん(69)は、自宅そばの海岸に立ち、その理由を語ってくれた。

「この海岸は、温暖化によって磯焼けがひどくなり、海藻がゼロに近いんです」
海藻が枯れ、消失する「磯焼け」と呼ばれる現象。
温暖化の影響でウニや巻貝、魚などが1年を通して海藻を食べ過ぎ、芽生えが消えることが原因とされる。

「一番心配なのは、海藻がなくなったせいで、魚の卵を産み付けるところがない。そして、どこかに産み付けて卵がかえったとしても、隠れるところがないんですね、卵も小さい魚も。ということは、育たないんですよね。近い将来、ものすごく資源が減ってくることが一番怖いですね。」

何もしなければこの島は右肩下がりになるだけだ。
その危機感が最大の動機だった。
「私はビッグチャンスだと思ったんですね。日本で初めての浮体式洋上風力発電を、五島の海でやりたいと。その代わり、条件がありました。漁業との共存共栄を実現すると」

人口が減り漁獲高も減少する厳しい状況の中で、多くの漁業者が、洋上風力に島の未来と漁業の未来を託したのだ。
熊川さんは浮体式洋上風力発電と漁業との共存についてこんな夢を語った。

「僕の夢なんだけど、あそこに海洋牧場を作り上げる。あの風車には魚が寄ってくるんですよね。浮いている風力発電ですので、あれは最高の浮き漁礁だと私は思うんですよ。あそこに集まった魚で海洋牧場にして、利用者の方々があそこに行けば魚が釣れる、そして儲かる、そういう形を作り上げたいと思います」

■ 浮体式風車 海中は巨大な漁礁だった!

私たちは遠隔で撮影できる水中ドローンを利用して、実際に浮体式風車の海中部分を調べてみた。

水中ドローンが潜り始めてすぐ、風車の海面近くの部分に貝が付いているのが見えた。柱部分には海藻などが付いても問題ない塗装を施しているという。
さらにドローンを沈め海中を観察すると、魚群が見えた。柱の周辺に魚が群れで集まっていたのだ。縞模様の大きな魚はイシダイだった。

浮体式洋上風車の海中部分には、実に多くの魚が集まっていた。海中にある浮体の柱に海藻が付く。その海藻を餌にしている小さい魚が来て、その小さい魚を食べに大きな魚が来る。
洋上風車が海の生物多様性に貢献していたのだ。

地元漁協の組合長だった熊川さんは語る。
「若い人たちが1人でも2人でも、将来、俺も漁師をすると思える、そういう形を作り上げられれば最高かなと思っています。日本のトップランナーとして、これで共存共栄を実現しましたよというモデルを作って、日本中に広めていく、ここをそういう一助にしたいんです」

■ “油屋”だからわかる、再エネ時代への転換点

五島市では地元の福江商工会議所が中心となって、五島市民電力を立ち上げ、浮体式洋上風力などの島の再エネ電気を住民に販売している。
さらに、事業に必要な電力をすべて地元五島産の再エネでまかなう「五島版RE100(再エネ100%)」という枠組みも作った。

旗振り役の商工会議所会頭、清瀧誠司さん(82歳)は、五島のガソリンスタンドで50年以上働き、経営してきた。
自身のことを「油屋」だという。

「油屋だから、一番炭素を出して商いをやっているわけですね。そうしたら逆に、それを出さないためには何をしたらいいのかというのが明らかにわかってきますので、他の皆さんよりも、脱炭素化については詳しくなっていったんじゃないかと思います」

清瀧さんは、長く生きてきたからこそ、時代の変化を敏感に感じているのだという。
「私はこの歳になるので、石炭から油に変わる時代を見てきているんですよ。それで今度は、油から再生可能エネルギーへの転換を見ることになりました。五島はその点は、ものすごく恵まれているとは思いますね。再生可能エネルギーの大もとがこの島にあるわけですから。本当に幸せな島だと思っていますよ」

■ カギ握る国産メーカーの復活・復権

これまで日本の再エネは太陽光に偏ってきた。2021年度の発電電力量に占める太陽光発電が8.3%に対して、風力発電は0.9%に過ぎない。
最近では、都会の企業が地域住民の頭越しに野山を切り開き、メガソーラーを建設し、各地で問題を引き起こしている。これは、あってはならないことだ。
大事なのは、地域と共生し、自然と調和した再生可能エネルギーの導入を図ることだ。

国の本気度も問われている。
例えば、洋上風力の長期的な利用に道を開く、再エネ海域利用法が施行されたのは2019年。それまでは洋上で風車を長期間使い続ける法的な根拠が整備されてこなかった。
日本では洋上風力の導入が遅れたことなどで、国産メーカーの撤退が相次ぎ、純国産の大型風力発電機メーカーはほぼ存在しなくなってしまった。

今後、あらたに風力発電を拡大しようとすれば、米国製か欧州製、中国製の発電機を採用せざるを得ない状況も生まれてくる。新しい成長産業に国を挙げて挑戦してこなかったつけが、今になって顕わになっているのだ。
一日も早い、大手国産風力発電機メーカーの復活、復権に期待したい。

■ 恵まれた日本 「資源は足元にあるんです」

五島市の福江商工会議所会頭・清瀧さんは、福江港のターミナルに立ち、沖に見える浮体式洋上風車を眺めながら思いを語った。
「あの浮体式風車が、五島の再生可能エネルギーのシンボルなんですよ。私ども五島の島民にとって、あれが経済活性化の元になるっちゅうことは間違いないと思います。それがまた地球温暖化防止のためということで、五島にとっては本当にいい施設ができたと思っています。あれは本当に……愛しいですね。あれができて、こんなによかったって思ったことないですね」

日本は資源がない国だとずっといわれてきた。
その点を聞くとこんな答えが返って来た。

「それは違いますよ。日本は海に囲まれておりますので、ヨーロッパよりも私は逆に恵まれていると思いますよ。もう足元にあるんですよ、資源は。どんなに山奥の村でも、海辺の街でも、資源というのは活かそうと思えば、決して不可能じゃないと思いますね。皆さんが力を合わせれば、再生可能エネルギーとしての新しい産業も生まれてきます。情熱と行動ですよ。情熱を持って行動すれば、日本全国で同じことができると思います」

もちろん、すぐには再エネだけで全てのエネルギーを賄うことはできない。しかし、自然資源と優秀な人材が豊かな日本には、再エネポテンシャルも、それを活かす技術力もあり、地域を再生する熱い志を持ったリーダーもいる。
気候危機とエネルギー危機にある今だからこそ、地域と共生する形で、国産エネルギーである再エネを拡大することが求められているのではないだろうか。

再エネで日本は自立する。
その挑戦は、今、地方から始まっている。

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