時速160キロ死亡で「過失」 宇都宮でも「危険運転」起訴の壁 遺族が署名提出へ[2023/06/25 11:00]

「時速160キロも出して、制御できていないから事故が起きたのだと私は思うのに、検事さんは『衝突するまでは真っすぐ走れていて、制御できている』と。もう私の理解を超えているんです…」

困惑と静かな怒りを交えてそう語るのは、栃木・宇都宮市の佐々木多恵子さん(58)。
彼女の夫は一般道でバイクの運転中、時速160キロ以上で走ってきた乗用車に追突され死亡した。法定速度を100キロ以上も上回る異常なスピードだ。

だが、宇都宮地検が適用した罪名は「過失運転致死」。なぜ、最高刑がはるかに重い「危険運転致死罪」(最高で懲役20年)ではないのか、多恵子さんが検事に問いただしたときのやりとりが冒頭の言葉である。

「どんなスピードであっても、真っすぐ走れていれば『進行を制御することが困難な高速度』には当たらない…」
このような理屈で検察が、危険運転致死罪の適用を見送った事案は、去年も起きていた。

大分市内の一般道で、時速194キロの猛スピードで交差点に突っ込んだ乗用車が、右折していた車に激突、運転手を死亡させた事故である。
当初は同様に過失運転致死罪で起訴されたこの事案は、遺族による署名活動などを受けて検察が方針を転換し、危険運転致死罪へと訴因変更したのだった。

それから半年が経った、明日6月26日。
宇都宮の遺族が危険運転致死罪の適用などを求める署名を地検に提出する。
遺族の前に立ちはだかる「司法の壁」。
なぜ同じことが繰り返されてしまうのか。

■ この交通量で時速160キロを出したのか

事故が起きたのは今年2月14日。バレンタインデーの夜だった。
2人での夕食を約束していたのに、夫・一匡(かずただ)さん(63)の帰りがあまりに遅い。
連絡も取れず、心配して探しに行こうとした多恵子さんが玄関を開けると、そこに警察官が立っていた。

「(一匡さんの)免許証を見て訪ねてきましたと。近くで事故にあって病院に運ばれたので、とりあえず向かってくださいと言われました」

だが多恵子さんが病院に到着した時点で、一匡さんはすでに息を引き取っていた。
死因は多発外傷と胸部大動脈損傷。
後に多恵子さんが撮影した写真では、一匡さんのバイクがぐしゃぐしゃの無残な姿になっていて、受けた衝撃の大きさを物語っている。

「ちゃんと法定速度を守っていた人に後ろから追突してきて…ものすごく無念だったんじゃないかと思うんですね、主人は。自宅から3分くらいの近くで事故にあって。そういう主人の思いを考えると、とても私は許せなくて」

宇都宮市内を南北に走る新4号国道。
発生時とほぼ同じ、平日夜9時半ごろの事故現場は驚くほどの交通量だ。
2車線の道路を途切れることなく次々に車がやってくる。
一匡さんのバイクに追突した車は、この道路でこの時間帯、160キロ以上のスピードを出していたというのだ。
明らかに“危険な運転”と言うしかない。

だが事故から3週間後、宇都宮地検は石田颯汰被告(20)を過失運転致死罪で起訴した。
「なぜ過失なんですか?」と尋ねた多恵子さんに、担当の検事が答える。
「真っすぐな直線道路であって見通しも良い。そこで時速160キロで真っすぐ走れている、イコール“運転を制御できている”ので過失になりました」

危険運転致死傷罪は、「構成要件(犯罪行為の類型)」のひとつに「進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」を定めている。
この「制御困難な高速度」のハードルが非常に高い。
これまでの判例では、カーブでハンドル操作を誤っての事故などでなければ「制御困難」とは認められてこなかった。

「要するに過去の判例によって振り分けたということですよね。制御の意味が、法律と私の一般的な感覚にすごくずれがあって、私の言っていることがおかしいの?とわからなくなってきたんですね。それでパニックになっちゃって…」(多恵子さん)

■ 友人2人と時速100キロ走行の末に…

第1回公判の期日はあっという間にやってきた。
4月24日。多恵子さんは被害者参加制度を利用し、検察官席の隣に座って石田被告を見つめていた。
「とても時速160キロも出して走るような人には思えない、幼く見えてすごく違和感がありました」

だがその後、事故に至るまでの詳細を知った多恵子さんは愕然とする。
「被告の車と一緒に走っていたバイクが2台ありまして、その証言によると、当日は『3台が前になったり後ろになったりしながら100キロ以上、120キロ出ていた』とか言ってるんですよね」

石田被告はひとりではなかった。友人が乗ったバイク2台とともに一般道を時速100キロ超で走行し、前を走る車に追いついては追い越すという行為を繰り返していた。
そして最後は、先を行く友人のバイクを追い越そうと加速し、160キロものスピードを出して佐々木さんのバイクに追突したのだった。

「供述では『(被害者のバイクは)全く見えてなかった』と。気がついた時にはもう直前で、ノーブレーキで追突しているんですね。もっと遠くを見ていたと。もっと先の車のライトを見ていたと」

事故の状況を詳しく知るに至って、多恵子さんは改めて思った。
これが「危険運転」でなくて何なのか。

■ 署名次々…「これは過失ではないですよ」

6月18日。
宇都宮市内のバンバ市民広場で、危険運転致死罪の適用などを訴える署名活動が行われた。
30℃を超える暑さの中、一匡さんの元同僚ら約20人が集まり、事故を説明するパネルを掲げて、通行する人たちに署名を呼び掛ける。

運転してきたバイクを止めて署名する男性の姿もあった。「明日は我が身」だと話す。
「バイクは安全な乗り物だと思っているのですが… これは過失ではないですよね。こんな事故は二度と起きないようにしてほしいと思います」

この時点で既に、オンラインでの署名には4万人分以上が集まっていた。
今回、道行く人と直接言葉を交わす署名活動を行ったことで、多恵子さんの思いはさらに強まったという。

「ちゃんと説明すると皆さんわかっていただいて、ご意見をお聞きしてもその通りだな、私の感覚と同じだなと思いました。これだけ賛同を得られているのですから、検察は是非前向きに検討していただきたいと思います」

■ 大分の遺族「弟の命に代わるものを…」

「遺族がこのような署名活動をしなければならない状況は、私たちで最後にしたいという思いを以前、お伝えしたことがありますが、また同じことが繰り返されていますよね」

改めて話を聞いた大分の事故の遺族は、無念の思いを吐露する。
時速194キロで走行してきた元少年(事故当時19歳)の車に激突され、死亡した小柳憲さん(当時50歳)の姉。
大分地検が過失運転致死罪で起訴したことに納得できず、危険運転致死罪の適用を求めて記者会見を開き、署名活動を行った。
福岡高検や最高検に上申書を提出するなど、あらゆる手段に訴え、ついには大分地検が「訴因変更」へと踏み切るに至ったのだ。

「結局、過去が前例となってみんなが苦しんでるんですよ。だから、今後も同じ思いをする人がないようにと今、行動を起こして変えていけたらと思うんですね。今闘っていることで、もう遺族が闘わなくてもいいような世の中になればいいんですけどね。弟は帰ってこないけれど、弟の命に代わるものをこの世に残してあげられたら、と思ってやっています」

小柳さんの事故で大分地検は、元少年が「右折する小柳さんの車を妨害する目的で、交差点に危険な速度で車を進入し衝突させた」として、「妨害運転」の類型を適用した。
小柳さんの姉は宇都宮の佐々木多恵子さんと連絡を取り、危険運転致死罪に訴因変更するまでの経緯などについて伝えているという。

■ 「直前までカーチェースをやっていた」

多恵子さんの代理人である高橋正人弁護士は、事故直前の石田被告の走行が、道路交通法で禁止されている「共同危険行為」(最高で懲役2年)に当たるのではないかと考えている。

「簡単に言うとカーチェースをやっていた。それを『共同危険行為』として追起訴せず、単なる前方不注意なんて言うのは被害の実態を全然とらえてないですよ」

今後、危険運転致死罪への訴因変更とともに、「共同危険行為」についても罪状に加えるよう宇都宮地検に求めていくつもりだ。

「言ってみれば、事故は共同危険行為の延長なんです。たまたまその最後、前にいた佐々木さんを見落としていてぶつかったわけじゃないですか。共同危険行為の結果として生じたものですよ」(高橋弁護士)

ならば大分の事故と同様に、「妨害運転」を構成要件として危険運転致死傷罪が適用できないものなのか。
だが高橋弁護士は悔しげに言う。

「被害者(一匡さん)に対して幅寄せ、接近をしてないといけないが、今回そういう事実がない。被害者にぶつけた行為と、その前のカーチェースは切り離されないといけない。“社会的な事実”としては共同危険行為の結果として起きた、ただそれら全体で危険運転致死罪を構成する要件とはならないんです」

ここで私は、大分の事故を取材中に聞いた、ある言葉を思い出してしまう。
24年前、東名高速道路上で、飲酒運転のトラックに追突され娘2人を失った、井上郁美さんの言葉だ。(この事故をきっかけに危険運転致死傷罪は作られた)
「どうして“司法のものさし”と“一般市民のものさし”がこれほどまでに違うのか、という問題提起をして、危険運転致死傷罪を作ってもらったのに、“司法のものさし”との差が埋まらないようです」

悪質な運転に厳罰を科すために作られた危険運転致死傷罪だが、一般市民にとっては明らかな危険運転と思える飲酒運転や高速度での運転に、適用されないケースが繰り返されてきた。
「司法のものさし」が壁となって、多くの遺族が苦しんできたのだ。

■ 「検察は常識的な解釈をしてくれ」

だが、多恵子さんたちの訴えは一般市民からは多くの賛同を得ている。
24日夜の時点でオンライン署名は5万7千人を超えた。街頭署名の約600人分を合わせてあす26日、宇都宮地検に提出する。
同時に提出する要望書では、事故はあくまで「進行を制御するのが困難な高速度」によって起きたと主張するつもりだ。

高橋弁護士は言う。
「直線道路でも、あれだけスピードを出していたら制御できなくなる。目の前に車がパッと現れて、そこでハンドルを切ったら自分がひっくり返っちゃうし、160キロで思いきりブレーキをかけたらヤバいですよ、実際は。だからそれは『制御できていない』でしょ、と言っているわけです。普通のスピードで走っていたら、急ブレーキをかければちゃんと止まれたんじゃないですか、避けられたんじゃないですか? そういう常識的な解釈をしてくれと言っているだけなんです」

一般市民の常識を阻んできた「司法の壁」。
多恵子さんは、夫・一匡さんの無念の思いを抱えながら、そこに挑もうとしている。
「遺族が声を上げなければ取り上げてもくれない、やっと声を上げても法と常識は違うのだという壁に当たります。せっかく市民の声を受けて作られた危険運転致死傷罪が適正に生かされていないのは、とても悲しいことです。どこかで判例を作らない限り、永遠に繰り返される理不尽な判決…それはもう終わりにしたいんです」

テレビ朝日報道局 佐々木毅

※写真は無残な姿になった佐々木一匡さんのバイク(遺族提供)

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