“密輸”和牛の特徴「中国カット」とは 聞こえてくる農家の本音「これ以上摘発は…」[2023/07/21 18:00]

日本からの和牛の輸入が禁止されているはずの中国に、肉が流れている−−。
そんな情報をつかみ、取材を始めると、検疫が緩いカンボジア向けを装った不正輸出ルートの存在が確認された。“密輸”業者が取り扱うのは、ロースやヒレなど高級部位が多いという。
国外に流れた肉は、そもそもどこで保管され、誰が売りさばいたものなのか。複数の証言から見えてきたのは、“カンボジアルート”を必要悪として黙認してきた日本の畜産業界の闇だった。
(テレビ朝日社会部 松本健吾)

■「20トン用意してくれないか?」聞こえてくる片言の日本語

 日本から中国への牛肉の輸出は、2001年から牛海綿状脳症(BSE)の影響で停止されている。だが、同僚記者の取材で、中国国内で和牛を提供しているというレストランがあることが判明。店員は「密輸品」と認めた。そんな中、神奈川県警が和牛の“密輸”グループの摘発に着手した。カンボジアに輸出すると装い、実は香港に流していたという。

今年6月、東京で開かれた食肉の展示会を訪れた。和牛を取り扱うブースで、中国人とみられるバイヤーは周りにも聞こえる日本語で、「中国向けに20トン欲しい」と商談を持ち掛けていた。バイヤーがいなくなってから業者に話を聞くと、「ロースとヒレだけ欲しいと依頼を受けた」と教えてくれた。表向きには「日本からの輸出が再開したら」という話というが、中国側が和牛を欲している現場を垣間見た気がした。
次に当たったのは国内の畜産業者。
 「海外輸出は年々伸びている。海外バイヤーにはなかなか一頭買いはしてもらえない。売れるのは部位ごとで、ロースとかヒレの高級部位が多い」
 中国では特に「ロース」の人気が高く、日本の和牛卸相場で、「ロース」の値段が動いているときは、“中国向け”が出ている時だというのが業界の常識らしい。
 やはり、中国に肉が流れている。

■新型コロナ支援策で倉庫にだぶつく肉 一部は“ふるさと納税”にも

九州の畜産大手「ナンチク」の担当者が日本国内の和牛の取引状況について教えてくれた。
「日本国内で、和牛がだぶついている」
「特に、高級部位のロースやヒレは手が出づらいから、余ってしまう」
「余っているロースなどは“ふるさと納税”でさばくことも多い」

そして今になって、新型コロナを受けた農林水産省による和牛業者の支援策が業界に影を落としているという。
農水省は、国内での和牛の価格下落を抑えるため、2020年度から、食肉卸業者に、冷凍保管料を支援するなどの「緊急対策事業」を始めた。緊急事態宣言下では、外食が減るなど牛肉の消費量は大きく減った。通常であれば相場価格は下落するが、売れ残りかねない牛肉を買って冷凍保管する事業者に補助金を出すことで、相場を買い支えることができるという。しかしその結果、冷凍倉庫には抱えきれないほどの牛肉が残されることになった。
冷凍したとしても賞味期限は「2年」程度。売れない高級部位の買い手を、2年以内に見つけなくてはいけないのだ。

■「それはもう完全に“あっち用”、“中国カット”やん」

「だぶついた和牛をさばくための裏口が中国向けの『カンボジアルート』です」
複数の関係者が同じことを語った。業界の暗黙の了解だという。
禁止されていながらも、ロースなど高級部位の和牛が欲しい中国。売りさばけない日本国内の肉……。それが出荷先を偽った「不正輸出」につながるという。
カンボジアと日本の間には、特別な検疫の規定がないため、国内向けの肉であっても「カンボジア向け」として申告して輸出許可証をとれば、海外に持ち出すことが可能となる。

九州地方の畜産農家の男性が面白い話を教えてくれた。
「たまに知り合いから発注があるんよ。『バラバラでもいいからロースを数本用意してほしい』。どんなのがいいかと聞き返すと見せられる写真がもう完全に“中国カット”なんよ」
“中国カット”というのは初めて聞いた言葉だったが、関東地方の輸出関係者もこの言葉を知っていて、具体的なカット方法について教えてくれた。通常、欧米など海外輸出向けのリブロースやサーロインは、脂の厚みが薄いところでも10ミリ程度残された状態でカットされるという。余分な脂身が多ければ、それだけ捨てる部分が多くなり、“歩留まり”が悪い。
一方、“中国カット”は、脂の厚みが半分以下の5ミリほどだという。つまり“捨てるところ”が少ない。「キロいくら」で取引が行われる中で、歩留まりが良くなれば、その分「安く」肉を入手できたことになる。
 九州の畜産農家の男性は、最後にアドバイスをくれた。
「もし誰が中国に肉を卸しているかを知りたいんやったら、見ればわかるんよ。“中国カット”をしている業者が密輸しているのは間違いない。」

■「摘発がこれ以上広がらないで……」 聞こえてきた和牛農家の本音

「倉庫で余ってるロース系全部買うよ。(その代わり“中国カット”よろしく)」
不正輸出業者の買い付けの方法は強気だと、神奈川県警に逮捕された業者を知る人物が教えてくれた。買い付けも“現金払い”が多いという。
和牛農家が置かれている状況も厳しい。新型コロナによる国内市場の低迷に、ウクライナ侵攻による飼料価格の高騰などが加わって、3年かけて牛を育てても赤字で八方ふさがりだという。
日本の和牛が不正に中国に流れている……そんな事態に怒りすら覚えたが、取材を進めるうちに、実は根底には日本での「肉余り」の現実があることを知った。
取材で出会った関東地方のブランド牛の生産者の男性が語った言葉が今も耳に残る。
「ぶっちゃけ、この状況でカンボジアルートがなくなると経営は厳しい。悪いことはわかっている…けど、摘発がこれ以上広がらないでほしいのも本音だよね。」

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