8カ月前に語った「藤井聡太竜王とのタイトル戦」 “同学年”伊藤匠七段が挑戦権獲得[2023/08/15 05:40]

「自分もいずれ藤井さんとタイトル戦を戦ってみたいというのは思いますね」
去年12月に行われたインタビューで、そう語っていた伊藤匠七段(20歳)。
その“夢”は8カ月後に現実のものとなった。

将棋の竜王戦挑戦者決定三番勝負で、伊藤七段が永瀬拓矢王座(30歳)を破り、藤井聡太竜王(名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖合わせて七冠、21歳)への挑戦権を獲得したのである。

伊藤七段は藤井竜王よりも誕生日が約3カ月遅いだけの「同学年」だ。
デビュー以来の華々しい活躍で将棋ブームを巻き起こし、タイトルを次々獲得して「夢の八冠」にあと一歩と迫っている藤井竜王。
一方、4年遅れでプロ棋士になった伊藤七段も順調に勝利を積み重ね、タイトル戦への初挑戦を勝ち取った。

インタビューでは「まだまだ(藤井さんとの)実力差を感じている」とも話していた伊藤七段。
「同学年の天才」の背中を追い続けてきた棋士人生、そしてついに実現した“頂上決戦”に抱く思いとは。

■ 破竹の12連勝で「竜王戦ドリーム」実現

「きょうの将棋が際どい将棋だったので(タイトル挑戦は)あまり実感がわかないのが正直なところです」

永瀬拓矢王座を破ってタイトル挑戦を決めた直後のインタビュー。伊藤七段は激戦の余韻を引きずったままの表情でこう話した。

藤井竜王への挑戦権を獲得するまでの道のりは、正に快進撃と呼べるものだった。
竜王戦は棋士を1組から6組までのグループに分けてトーナメントを行い、さらにそれぞれの組の上位11人(1組は優勝者〜5位、2組は優勝者・2位、3組〜6組は優勝者のみ)で決勝トーナメントを戦う。

伊藤七段は5組のトーナメントで5連勝して優勝。続く決勝トーナメントでも1組から出場の3人を破るなど5連勝して、永瀬王座(1組3位)との挑戦者決定三番勝負にたどり着いた。

現時点で藤井竜王以外の唯一のタイトル保持者である永瀬王座をも2連勝で撃破し、破竹の12連勝で挑戦権を獲得したのである。

下位グループの棋士が決勝トーナメントを勝ち抜いていく様は「竜王戦ドリーム」とも呼ばれるが、伊藤七段は、見事にそれを体現した。
5組の優勝者が竜王に挑戦するのは史上初めての快挙だ。

去年12月のインタビューでは、タイトル挑戦についてこう語っていた伊藤七段。
「今のところ勝ち上がっている棋戦が全然ないので、あんまり具体的な話ではないんですけど、一つ一つ勝っていって、タイトル戦を目指せる位置まで行ければいいなと思います」

インタビューから12日後。
伊藤七段は竜王戦5組ランキング戦で瀬川晶司六段を破った。
ここから「竜王戦ドリーム」は始まったのである。

■ 「藤井聡太を泣かせた男」と呼ばれて…

「まだまだとてもライバルとは言えない気がするので、自分は常に藤井さんを目標にやっていくことになると思います」

「同学年」の藤井竜王をライバルと見ているのか。そう尋ねたときの伊藤七段の答えだ。
当時、既に五冠を保持していた藤井竜王。その後、棋王・名人とタイトルを奪取して「七冠」となるわけだが、伊藤七段としては、藤井竜王がタイトル独占へと突き進んでいくことに複雑な思いも見せていた。

「あんまり七冠八冠まで取ってほしいとは思わないですけど、それにふさわしい実力を持っている方だと言わざるを得ないとは思います」

どんどん高みへと昇っていく「同学年の天才」。
では「(藤井竜王が)八冠を取るなら取って、そこで自分が挑戦するというのは思い描かないか?」と水を向けると、こう答えたのである。
「やっぱり自分もいずれタイトル戦に出たいという思いはあって、藤井さんとタイトル戦を戦ってみたいというのは思いますね」

2012年。
当時小学三年生だった藤井竜王と伊藤七段が、ある将棋大会で対戦した。
結果は伊藤七段の勝利。負けた藤井竜王は号泣したという。

「藤井聡太を泣かせた男」。
そう呼ばれることもある伊藤七段だが、本人の反応はそっけない。
「あまり昔のことなんで、特に何とも…というところですかね」

むしろプロ棋士として大きく開いた立場の違いを、何とか埋めようともがいてきた。
「同世代といっても、藤井さんは将棋界でも本当にずば抜けた実力を持っているという認識なので…今後も藤井さんにできるだけ近づくためにやっていかなければと思います」

■ 対局して感じた藤井竜王の“凄み”

棋士になって2年目、2021年度の伊藤七段は目覚ましい成績を上げた。
勝率.818は藤井竜王を上回り、全棋士のトップ。
翌2022年度も勝率.725で全棋士中6位(1位は藤井竜王)と健闘した。

この年、伊藤七段は2度、藤井竜王と公式戦で対局している。
初対局となったNHK杯で敗れ、2度目の対戦は、去年11月の「棋王戦」挑戦者決定トーナメント敗者復活戦。
互いの事前研究の深さがぶつかり合う激戦となったが、伊藤六段はそこで藤井竜王の凄みを体感したという。

「自分も結構準備して臨んでいたんですけど、改めて藤井さんの研究の深さを対局中にも感じさせられました。完全に上回られたと感じていました」

今やあらゆる棋士がAIを活用して、最新の戦い方を徹底研究する時代。
伊藤七段も自身の研究量に自信を持っていたが、藤井竜王の研究の「深さ」はそれを上回っていた。

「ただ将棋ソフト(AI)が示す手をたどっていくだけでなく、それぞれの局面でしっかり考えて最善手を探すということを、藤井さんは研究段階でやっているのだなと感じました」

2度の対戦を通じて、藤井竜王の強さを体感した伊藤七段。
ではどうすれば勝てるのか。

「いやあ、なかなかそれは…ほかの人でも難しいところだと思うんですけど…なるべく直感的にいい手が見えるようになるとか、そういうのが大事だとは思っていますけれど、どうしたらそうなるのかというのはなかなか難しい気がします」

藤井竜王は、8月末から王座戦五番勝負で永瀬王座に挑戦することが決まっている。現在進行中の王位戦でタイトルを防衛すると、この王座戦は「夢の八冠独占」をかけた戦いになる。
「八冠」達成となれば列島中が大騒ぎとなるのは確実で、10月に始まる伊藤七段との竜王戦七番勝負は、そうした喧騒の中で進んでいく可能性がある。

「八冠を獲った藤井さんとタイトル戦で戦ってみたい」… 
8カ月前には正に“夢”に過ぎなかったことが一気に現実となりつつある。

「(藤井竜王は)大変強い方なので、何とか勝負を盛り上げられるようがんばりたいと思います」
タイトル戦への意気込みを聞かれ、物静かな20歳の青年はひとこと、そう答えた。

テレビ朝日報道局 佐々木毅

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