【北極ノート】『後編』幻のクジラ“イッカク”猟に密着!激闘120時間完結[2023/08/27 19:35]

「4日目」
午前10時、気絶するように落ちた眠りから目が覚めると、なんと半日が経過していました。
慌てて飛び起きて周りを確認するも、時が止まったかのように風景はきのうから全く変わらず…
何の進展もないまま、タイムリミットだけがどんどん迫ってきます。
きのう最後にイッカクを見つけた場所近くで昼過ぎまで待ちましたが、イッカクの姿を見ることはできませんでした。

午後1時、当初の期限である72時間が経過、持ってきた3日分の食料や、燃料も底を尽きました。
ボートの上で丸3日間過ごして体力的にも精神的にも疲労は蓄積していましたが、このまま諦めるわけにはいきません。
フランクさんも、まだ密着するつもりがあるなら、近くにあるケケッタという村で補給して狩りを続行するぞ!とやる気満々です。カヤックを10時間以上も漕いでいる分、我々よりも疲れているはずなのに、齢50を超えているとは思えない底なしのスタミナです。
延長の覚悟を決めて、いざ補給のためケケッタへと向かいます。

午後2時、30分ほど移動しケケッタに到着しました。ここは最北の集落シオラパルクよりも規模は小さく、数えられるほどの世帯しか暮らしていません。
イッカクが出産を行う場所の近くとして知られ、村からもよくイッカクを見ることができるそうです。

上陸してまず行うのは食料の確保です。燃料の補給も大事ですが、過酷なイッカク猟を乗り切るためには、何といっても食べ物が大切です。
村の奥まで歩いていくと、見覚えのあるマークを発見!
こぢんまりとしていますが、カナックにあるスーパーの出張所がありました。大喜びで食料を買いこもうとしましたが、ここで1つ問題が…
ケケッタには電波が通っておらず、もちろんクレジットカードなんか使えません。
現金を持っていない…ここまで来て食料が買えないのかと絶望していると、あまりに落胆する私の顔を見たフランクさんが、なんと余った手持ちのお金を貸してくれました。
救世主フランクさんのおかげで密着終了の危機を間一髪で回避です。
帰国のスケジュール的にデッドラインは2日後です。
残り48時間を乗り切るだけの食料を買い込んで、再びボートに乗り込みました。

午後4時、
ケケッタを後にして向かうのは、初日に猟をしたポイントです。初心に戻って最初の場所でイッカクを待つことに決めました。
ここまでの移動の最中もイッカクの姿は見えず…これまで運が良かっただけで、もしかしたらもう出会えないのかも、と不安に襲われながらもひたすら待つしかありません。
この時点ですでに丸1日以上、イッカクの姿を見ていませんでした。

そんな気持ちのまま初日のポイントに到着すると、1艘のボートがエンジンを切ってじっと佇んでいました。
近づくと、私たちも知り合いのカナックに住む猟師パニッパさんです。きょう1人でイッカク猟に出てきて、この場所で待機していたと言います。
まだイッカクが現れる兆候がないからとボート同士を横にくっつけ合流し、ベテラン猟師同士で情報交換をします。
イッカクの干し肉「ニック」や皮の部分「マッタ」を一緒に食べながら、イッカクが現れるのを待ちます。

そして、午後9時。
食事を終えて一息ついていると、フランクさんが突然「静かに!」とみんなの動きを制止します。
シーンとした空気の中、耳を澄ますと海氷が割れる音に交じって、微かに「ブシュー」という音が聞こえてきます。
待ったかいがあって、久々にイッカクとご対面です。久方ぶりの再開に、みんなのテンションも最高潮!
イッカクが回遊する方向を見極め、満を持していざ6回目のカヤックでの猟がスタートです。今回はフランクさんとパニッパさんの2人態勢でイッカクを狙います。猟師が2人いれば、獲れる可能性も2倍になります。
絶好の機会に期待に胸を膨らませながら見守り、1時間が経過したころ、双眼鏡でフランクさんの様子を見守っていたフリドリッキさんが、「フランクの近くにイッカクがいる!」と少し興奮した様子で教えてくれました。
これまでになく真剣に双眼鏡をのぞき込むフリドリッキさん。どんな状況が見えているのか質問しようとしたところ、突然、「フランクが捕まえたと思う!」と大きな声で叫びました。
すぐにフランクからも無線で「捕まえたぞ!!」と大声で連絡が入りました。
ついにこの時が来た!とあわただしくなる船内、ボートのエンジンをかけ、錨を引き上げ、さあ行くぞ!となったところで、フランクからもう一度無線で連絡が…
「捕まえ損ねた」。
先ほどの大声はどこへやら、失敗したとの報告…
投げた銛はイッカクに命中したものの、当たり所が悪かったため先端部分がうまく刺さらず、逃げられてしまったとのことでした。
密着開始から80時間近く経ったタイミングで訪れた千載一遇のチャンス、惜しくもものにすることはできませんでした。

「5日目」
午前2時、あともう少し!というところまで迫ったものの、その後チャンスはあまりなく、3時間以上もカヤックを漕ぎ続けた6回目の猟が終了しました。フランクさんも「惜しかった…」と悔しそうに戻ってきました。
しかし、またすぐにイッカクが現れる可能性があると、すぐに仮眠を取り始め、体力を少しでも回復させます。
すると、その予感が当たったのか、2時間後すぐにまたイッカクが顔を出しました。
午前4時半、7回目の猟がスタート、ここから怒涛のラッシュが始まりました。
7回目はイッカクを追いかけるも逃げられてしまい1時間ほどで終了、しかし戻って1時間も経たないうちに次のイッカクが現れます。
午前6時半、8回目の猟がスタート。
今回は何頭かイッカクが姿を現すも、フランクさんの周辺には顔を出さず、カヤックのうえでじっと3時間ほど待ち続けましたが、捕獲成功とはなりませんでした。
ボートに戻ってきて一息ついたところで、再びイッカクが海面に現れます。
午前10時半、筋肉の炎症を鎮める薬を塗りながらフランクさんが9回目の猟へと出発しましたが、2時間ほどカヤックを漕ぐも成果なく終了…
さすがに鉄人フランクさんもここで一旦力尽きました。ボートの舵をフリドリッキさんに任せてしばし仮眠を取ります。

午後1時、出発から96時間経過し、密着取材のタイムリミットが迫るなか、とうとうポリタンクいっぱいに持ってきていた飲み水が尽きました。
またケケッタに補給しに行くのかと思いきや、フリドリッキさんがおもむろに海氷を集め始めます。
ボートのうえで氷を溶かして飲み水を作るのです。
氷河末端から崩れ落ちた氷であれば、一体何年前のものなのか想像もつきません。古代のロマンに想いを馳せながら出来立ての水をいただきました。
多少不純物が混じってはいるものの、とても美味しかったです。

午後5時、密着取材開始から100時間が経過、場所を転々としながら捜索をするも、午前中のラッシュ以降、イッカクは姿を現しません。
もしかしたらあれが最後のチャンスだったのかもしれない、と嫌な考えが頭をよぎります。
「このあたりにはいないな」とフランクさんが見切りをつけ、もう1度最初に狩りをしたポイントまで戻り、最後のチャンスを待つことになりました。

午後11時。北極も白夜の終わりが近づき、この時間帯には太陽の位置がかなり低くなります。夕日のような太陽に照らされる海を見つめ、波の揺らぎや、かすかな音を逃さないよう神経を集中します。
フランクさんもフリドリッキさんも私たちもあすの昼で時間切れだとわかっているので、懸命に捜索を続けます。
すると…4人の想いが通じたのか、再びイッカクが姿を現しました。

「6日目」
午前1時半、ボートに残る3人の想いを背負いながらフランクさんがカヤックに乗るのもこれで10回目。
最後のチャンスかもしれないとこれまでで最長の3時間半もカヤックに乗ってイッカクを追い続けました。
しかし、今回も幸運の女神は微笑まず…
にもかかわらず、フランクさんは疲れている暇はないとすぐに次の獲物を探し始めます。

午前7時半、「ここら辺で深く潜っているはず、少ししたら顔を出す」というフランクさんの読みが的中しました。
エンジンを止めて少し待つとイッカクの音が聞こえてきて、11回目の猟に出発です。
しかし、カヤックが近づくとまたすぐに海中へと逃げられてしまいました。
もうこのあたりでは顔を出さないだろうということで早々に撤退し、次の場所へと移ります。

午前8時半、新しいポイントに移動している途中、急にイッカクの群れが現れました。
慌てて準備を開始して、12回目の猟のスタートです。
これが最後かもしれないと、ボートで見守る3人にも熱が入ります。声は出せないので必死に念を送って応援します。
すると想いが通じたのか、ボートの近くにたくさんのイッカクが姿を見せ始めました。
しかし、肝心のフランクの近くには出てきません…
2時間ほど粘りましたが、引き上げることとなりました。

これが本当のラストチャンスとなりました。
時間切れギリギリまで探し回りましたが、このあと再びイッカクと出会うことはできず…
午後3時、120時間を超えるイッカク猟の密着が終了を迎えました。
残念ながら、イッカクの狩猟が成功する瞬間に立ち会うことはできませんでした。
フランクさんもフリドリッキさんも全力を尽くしてくれましたが、こればかりは時の運、自分たちの運のなさを悔やみたいと思います。

今回の密着を通して、あらためてカヤックに身一つで乗って行う伝統的な猟の難しさ、そして何より体力的、精神的な過酷さを身をもって感じました。
猟は想像していた以上にハードで、日本では考えられないようなスタイルは、昼夜いつでも働き続けられる白夜だからこそ可能な猟法なのだと思います。
これを生活の一部として当たり前のように行う北極の猟師たちの無尽蔵のスタミナ、バイタリティーには脱帽です。

取材を終えての一番の感想は「悔しい」の一言になります。
またチャンスがあれば、今度こそさらにスケジュールに余裕をもって、狩りが成功するまで帰らず取材を続けたいと思います。

フランクさんもフリドリッキさん、今回は本当にありがとうございました。
また、いつか一緒に狩りに行きましょう!

テレビ朝日報道局 松本拓也 屋比久就平

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