再起をかける全壊の酒蔵 生き残った酒を販売【能登半島地震から2か月】[2024/03/01 20:54]

櫻田酒造・櫻田博克さん
「あ〜、ひどい具合になりましたけどね。まあ、でも数年後にはここに新しい蔵が立ちますからね」
「2カ月近く経ちましたんで、吹っ切れたといいますか、もう再建しかないですから」

櫻田博克さんは珠洲市で110年続く櫻田酒蔵の4代目です。地震で酒蔵は全壊し、2カ月前は廃業の言葉も頭をよぎりました。1月1日の能登半島地震で震度6強の揺れに襲われた珠洲市。私たちは震災の直後、全壊した酒蔵で途方に暮れる櫻田さんを取材していました。

櫻田さん
「今年仕込む予定だった酒米が7トンほど下にあるんです。おそらくこの雨が染みて、使用することができないだろうな、廃棄なんだろうと思っています…」

日本酒の原料となる酒米が建物の下に。酒蔵にとって何よりも大切な材料です。酒造りへの希望が途絶えたかと思われました。

櫻田さん
「よいしょ、よい!」「これいいやつ」「これ無農薬米のいいやつなんで」

能登瓦に守られていた酒米は135俵。一升瓶でおよそ3000本以上を作ることができます。

櫻田さん
「本当にビックリするくらいきれいに残っていて、助かりました。これなら使えると思います」
「もう、うれしかったですね。暗いことばっかりだったんですけど、明るいことというか地震のことなんか忘れて、ただ単にありがとうっていうそんな感じで幸福な気分になりましたね、一瞬」

材料は揃ったものの設備が激しい揺れに襲われ、珠洲市での酒造りはできません。櫻田さんは被害が少なかった石川県南部に向かいました。

櫻田さん
「あ、社長、すみません。お世話になります。すみません。よろしくお願いします」

車多酒造・車多一成さん
「やせた?」

櫻田さん
「ちょっと痩せましたよ。シュッとしましたよ」

手を差し伸べたのは白山市にある車多酒造です。

車多さん
「おじいさん、父、私、息子と4代、5代にわたって付き合っているので、困ったときはお互い様ということで、助けさせていただければと思っています」

櫻田さんはここで新たな酒造りを始めます。

櫻田さん
「なんかもう、こう、なんともいえないですよね。この…やっぱりいいですよね。このもろみの感覚といいますか、もう二度とできないと思ってたんですけど。この感覚やっぱりいいですよね。ありがとうございます。また、ここでお酒が作れると思ったらうれしくて…」

能登半島地震からおよそ2カ月。櫻田さんの姿は金沢市の酒店にありました。

酒前線きたなか・北中郁乃さん
「みんな売って、買って、応援したい気持ちはみんなあるんだけど、なんせ売るものが…」

酒米のほかにも、もうひとつ、希望の礎となるものが櫻田さんに残されていました。地震の前に丹精込めて作った日本酒のうち、1000本が割れずに残っていたのです。櫻田さん自身で珠洲市から酒店に持ち込みました。

お客さん
「すごい透き通った瓶で、ラベルもきれいで、美味しそうなお酒で、帰ってゆっくり飲ませていただければと思います」

櫻田さん
「こういうことがあるからやっぱり酒屋はやめられませんね。泣きそうになりますね。ありがとうございます。」

2月28日、桜田さんは金沢市と白山市に拠点を移すため、珠洲市を後にしました。

櫻田さん
「水と電気があれば、なんとか瓶を洗ったりできますし。酒の詰め替えもできるし、何とかなるんですけど、厳しいですよね。厳しいですね」
「珠洲を離れるということは、ほんとうに寂しいことでもあります。やっぱり頑張ってね、前を向いていかなきゃダメなんで。拠点は金沢に移しますけど、必ず珠洲に戻って酒蔵を再建する気持ちですんで、今は珠洲を離れて金沢の方に向かいます」

珠洲での酒蔵再建に向け、3月11日から櫻田さんの新たな酒造りが始まります。

こちらも読まれています