クマによる人身被害が、日本各地で止まりません。長年、クマと共生してきた北海道の世界遺産・知床でも、危険な事例が増え、「緊急声明」が出される見通しです。“異常”ともいえる状況の裏に、何があるのでしょうか。打開への糸口を求め、現場を取材しました。(10月11日OA「サタデーステーション」)
■世界遺産・知床で「緊急声明」へ
サタデーステーションが向かったのは、世界自然遺産の知床半島。車で移動中に遭遇したのは、体長1.5メートルはあろうかというヒグマです。私達の車を認識した後も、すぐに逃げ出すようなそぶりもなく、ゆっくりと藪の中に消えていきました。世界屈指の高密度でヒグマが生息し、人とクマとの共生を掲げてきた知床。しかし、8月、羅臼岳を下山中の男性がクマに襲われ死亡。世界自然遺産に登録された2005年以降、クマによる死亡事故は初めてです。登山道はいまだに閉鎖されたまま。
■全国でクマによる死者“過去最悪”
全国でも死亡事故が相次ぎ、今年の死者数は過去最悪に。今週は、クマの習性が顕著に現れた被害も相次ぎました。7日に群馬県内のスーパーに侵入し、2人を負傷させたクマ。最初にあさっていたのは、店の外にあるゴミ箱だったといいます。ゴミに執着するクマは海外でも問題になっていて、中国のチベット自治区では、山奥に設けられたゴミ捨て場に連日、野生のクマが大量出没。クマを見るために多くの人が詰め掛ける事態まで起きていますが、クマ側は人間そっちのけでゴミをあさっていました。8日、秋田では、散歩中の女性にクマが飛びかかる瞬間が記録されていました。クマは顔をよく狙う、ということが改めて示された形です。
■知床で痩せたヒグマ温暖化が影響か
取材班が向かったのは知床半島の沖合。ヒグマ観光ツアーも行われる場所で見つけたのは親子とみられる2頭のヒグマ。仲良く海岸沿いを歩いている母グマはエサを探している様子がありました。よく見てみてると、通常のクマと比べても、首回りが細く、肩のあたりもくぼんで見えました。専門家によると、痩せた個体であることがわかりました。他にも痩せたクマの目撃が相次いでいて、2年前にはガリガリに痩せ細ったクマも目撃されるほどでした。山岳ガイドの資格を持ち、知床周辺の川の調査を行う東京農業大の笠井氏と知床の川を見に行くと…
東京農業大 笠井文考非常勤講師
「カラフトマスは全然いないですね」
本来ならば、カラフトマスの群れで、川があふれかえるはずの場所にカメラを投入してみる水中を見てみると、川底をただよう小魚の先に数匹のサケとみられる姿が見られる程度でした。知床のヒグマは夏から秋にかけての時期、エサのすくない山ではなく、遡上するサケやマスを捕らえて命を繋いでいるのですが、頼みの綱の魚がいなくなっていたのです。特にカラフトマスの減少が顕著で、ここ数年は過去最低レベルが続いている状態です。
東京農業大 笠井文考非常勤講師
「下手すれば100分の1くらいしかいない」
専門家も言葉を失うほどの激減。その理由は、地球温暖化による環境の変化だといいます。環境の変化で、貴重な食料がより少なくなっている状況が明らかになりました。
■秋以降も食料不足クマ出没懸念
知床にほど近い標津町で、クマの捕獲・調査を行う南知床・ヒグマ情報センターの藤本さんとヒグマの好む食べ物として見せてくれたのは、町内に自生するヤマブドウとコクワ。
南知床・ヒグマ情報センター 藤本靖 主任研究員
「結構成りが悪い。暑すぎて」
北海道は秋の木の実の調査結果を発表。ヤマブドウやコクワも例年並みか不作、ドングリにいたっては広範囲で凶作としています。今年は全国的に見てみても、木の実が不作で、生活圏へのクマ出没の要因になっています。同じ標津町内のトウモロコシ畑を見に行くと、畑には荒らされた跡が。
南知床・ヒグマ情報センター 藤本靖 主任研究員
「これはクマの跡。クマが食べて倒していった」
デントコーンという飼料用のトウモロコシ畑にクマが侵入。食い荒らされていたのです。一旦クマが覚えてしまうと、どんどん入り込んでいくといいます。人間が作る栄養価の高い農作物によってクマの数が増えていると指摘する声もあります。
■「爆竹を鳴らしても…」人を恐れないクマなぜ増加?
今月3日。宮城県栗原市でキノコ狩り中に女性が襲われ死亡した事故では。一緒にいた男性がこれまで通りにならないことを悔やんでいます。
一緒に入山していた男性
「爆竹を3発鳴らして入った。普段なら爆竹鳴らせばみんな逃げるはず」
8月に羅臼岳で起きた死亡事故の現場でも、男性を襲ったヒグマは人を恐れないことで知られたクマだったとみられています。
羅臼岳の山小屋の管理人
「ここで青年が亡くなったと思ったら、いる間くらいは花を飾りたい」
羅臼岳登山口にある山小屋の管理人は、閉鎖中の登山口に一人残り、花を手向け続けていました。長年羅臼岳を間近で見てきた管理人は、事故が起こる前から変化を感じていました。
羅臼岳の山小屋の管理人
「クマ自体は“人なれ”してきていると思っている」
近年、知床半島では人の側からクマに近づいていく行為が問題となったことから、クマのエサやりや、過度の接近は法律で禁止されることに。管理人はその理由をこう見ていました。
羅臼岳の山小屋の管理人
「クマを撮るカメラマンがいっぱいいてクマを取り囲んで写真を撮る。そのことでなんとなく距離が近づいてしまって、逃げなくてもいいと思うクマが増えてきたのかなと」
■「日本は全世界でも緊迫した状況」海外の対策は?
海外ではどんなクマ対策をしているのでしょうか?アメリカ北西部に位置し、3つの州にまたがる「イエローストーン国立公園」。世界自然遺産であり、人とクマとの共生を図っている点は、知床と同じです。50年続いている調査がありました。一部のクマを捕獲して、麻酔をした上で、GPS付きの首輪を装着。最大2年間、行動を追跡することで、生存率や繁殖状況だけではなく、人間との衝突が起きやすい場所や時期も把握できるといいます。さらに、ほとんどのキャンプ場に、「ベアボックス」と呼ばれる、食料をクマから守るための箱を設置。しかし、年間400万人以上の観光客が訪れるため、クマ被害を完全に防ぐことは難しいのが現状です。9月には、ハイキング中の男性がクマに襲われ重傷となり、4年ぶりの人身被害が出てしまいました。クマ対策をしたゴミ箱を何度も破壊するクマも現れ、5月に駆除されています。
こうした中、日本で現在進んでいるのが、AIを使ったクマ対策です。石川県小松市では、設置したカメラ映像からAIがクマの出没を察知する、「Bアラート」と呼ばれるシステムを導入。富山市でも15台のカメラ映像をAIで解析。クマが出没したと判断した場合は、防災無線などで周辺住民へ即座に注意喚起を行うシステムを、10月からスタートさせています。一方で…
日米のクマ対策に詳しい 野生動物保護管理事務所 大西勝博 主幹研究員
「(日本は)全世界でみても非常に緊迫した状況ではないかなと思います。高齢化が進んでいる国なので、山に追い返すマンパワーが足りていない地域が非常に多いのが特徴。この直近5年10年で出没件数が非常に多くなって、人身被害も増えているのが日本の特徴」
アメリカで野生動物管理学の博士号を取得し、日本では複数の自治体でクマ対策に携わっている、大西さん。日米のクマ対策には、決定的な違いがあると言います。
日米のクマ対策に詳しい 野生動物保護管理事務所 大西勝博 主幹研究員
「日本とアメリカで一番大きい違いは、野生動物管理専門員の配備が足りていない、ここは非常に大きくて、アメリカの場合だと、(クマの)出没対応ができるような人材を長期にわたって育成して、州の各地域に配備している」
■クマの“専門職員”人材不足が課題に
クマの生息、出没、被害状況などは地域によって異なるにもかかわらず、日本では長期間、同じ地域でクマ対策に携わる専門職員が少ないと指摘します。日本では、鳥獣行政に携わる職員が全国に3600人ほどいます。この職員たちは、9月から始まった、市町村の判断でクマに発砲できる制度、「緊急銃猟」にも携わるような人たちですが、公務員のため、数年で異動するケースが多いと言います。さらに、この中でも、クマの専門的な知識を持つ職員は、全国でわずか57人。クマの人身被害が出ている地域と照らし合わせてみると、クマ対策は必要なのに専門職員が1人もいない、という地域がいくつもあることがわかります。
日米のクマ対策に詳しい 野生動物保護管理事務所 大西勝博 主幹研究員
「人材は全然足りていない。ニューヨーク州だったりマサチューセッツ州は、クマの専門家だけで10人以上いる。ただ、(日本で)そういった方々が行政に配備となると、異動せずに長期で配備できるかというと、ハードルが高いのは事実なので、何か仕組みを作っていくしかないのではないか」
高島彩キャスター:
クマの対策に関しては、他にも課題がありそうですね。
桝田沙也香アナウンサー:
そうですね、兵庫県でクマの管理に携わる兵庫県立大学・横山真弓教授にお話をうかがいました。横山教授の現状認識としては、「特に北海道・東日本で激増している」ということで「山の中にクマがパンパンにいる状態で、ドングリなどのエサが凶作になって山からあふれ出ている状態」だといいます。また「東北地方では増加率20%、地域によってはもう少し高い場所もあるのではないか」ということで、「仮に増加率20%としても、今4000頭いる地域では1年でさらに800頭も増えてしまう」ということなんです。
高島彩キャスター:
クマの数はますます増えていく一方ということですよね。
桝田沙也香アナウンサー:
そうなるとまた対策が必要になってきますが、横山教授によりますと、「個体数が少ない時というのは、人里に出てくるような問題個体だけを駆除することだけで済んでいたが、今は増えすぎていているので、人里に近い場所に生息するクマを捕殺して、個体数管理をする必要がある」ということなんです。ただ、課題もあるということで、横山教授は「捕殺数を増やすにも人手が足りていない」と指摘されています。
高島彩キャスター:
個体数の管理に関しては、一部否定的な意見というのもあるわけですが、柳澤さんはどうご覧になってますか?
ジャーナリスト柳澤秀夫氏:
クマを取り巻く自然環境の変化というのは、気候変動はありますけれども、人間の側にも責任がある部分あると思うんですよね。ですから、クマの生態を専門家の力も借りて的確に把握したうえで、クマの生息域と人間の生活圏をどう折り合わせるか、地域全体の問題として、クマ対策ということを考えていく、そういう時期にきてると思うんですよ。
高島彩キャスター:
餌付けなど、人間が原因を作ったという面もありますから、“駆除か共存か”の二択だけではなくて、同じ土地を分け合って生きるための“地域ごとの知恵”というのが、いま求められているのかもしれません。
(C) CABLE NEWS NETWORK 2025
「日本は全世界でも緊迫した状況」クマ被害相次ぐ背景に“2つの不足”
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