東日本大震災から今月11日で15年です。ふるさとをどう残すのか、被災地の今と葛藤を取材しました。
■東日本大震災から15年
15回目の3.11です。
鈴木廣さん(76)
「もうあっという間に来ちゃった感じで、本当に大変なことだった。まだ、たまに夜、眠れない時ある」
鈴木道子さん(75)
「何をやってきたんだろう、この15年間。悲しいというよりも、なんて言うんだろう、自分の人生の一部をもぎ取られたような感じ」
志賀智さん(80)
「なんて言っていいか分からない。結構、亡くなっちゃったから」
志賀サト子さん(79)
「あの時お父さん(夫)は仕事、私は8カ月の孫の子守をしていた。その孫が今年は受験だった、高校受験。孫はこれだけ大きくなりましたって、ばあちゃん(曾祖母)に教えてあげたい」
70代の人
「毎朝(来ている)震災で妻と娘を亡くしてしまったので。ここから500メートルくらい行った内陸部に家があった、7丁目7番7号ってところで、そこが流されてしまった。自分が市役所に勤めていて、災害関係の部署にいて自分の家族を守れなかった。『なんで助けられなかったんだ』という思いがあって。ここに来て2人(の名前)を手でなぞって、本当に助けられずごめんなと。皆さんが勝手に節目と言うけども私にとっては、ただ15年の“通過地点の日”」
■鎮魂の祈り 被災地の今
11日は“祈りの日”であると同時に、次に来るかもしれない災害に備える日でもありました。
岩手県宮古市の訓練には震災当時、まだ幼かった高校生らも参加していました。
地元の高校生
「震災が起きた時は2歳で、あまり記憶がなくて。先輩から聞いた話で、こんなことがあったのだと理解している」
備品の点検なども行われましたが、参加者からはこんな声も…。
訓練の参加者
「(Q.参加者数は?)少ないね。朝飯の準備をしているのも差し引いても本当はもうちょっといた方がいいな」
東日本大震災から15年 「今でも自問自答」被災地の思い
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