「偏差値70以下は人間じゃない」“東大理3”に少年が囚われるまで 東大前3人刺傷事件

[2023/11/16 18:00]

4

被告の少年の顔は青白く、メガネをかけていて、まさに受験勉強中の高校生を彷彿させる。
2人の刑務官に挟まれ、手錠をされている以外は。

事件当時17歳で高校2年生だった少年(19)は去年1月、東京大学前の路上で、大学入試共通テストの受験生ら3人を刺した殺人未遂の罪などに問われている。
被害者のうち1人は、事件との因果関係は定かではないが、その後亡くなっている。

先月からこの少年の裁判員裁判が始まった。
裁判では、少年が国内最難関医学部の「東京大学理科三類(略称・理3)」に固執し、孤立を深めていった経緯が明らかになった。

(テレビ朝日社会部 吉田遥)

■県外の進学校に落ち…「“背水の陣”で理3目指す」

少年は、4人兄妹の長男。証人として出廷した両親によると「物静かな子」だったという。
両親は障がいを持つ妹と不登校の弟の面倒を見ることで精いっぱいで、少年に目を向けることができなかった、と涙ながらに証言した。いわゆる教育パパやママではなかったが、良い成績をとれば少年を褒め、進路についても本人の意思を尊重した。
次第に、少年にとって「良い成績をとること」が家庭での存在感、ひいては自己肯定感を高める手段になっていった。

少年は中学2年の時に海外で活躍する医師の姿をテレビで見て、医学部を目指すようになったという。中学では常に学年上位の成績。高校受験では複数の有名校を受験した。
しかし、親しかった友人らが受かった県外の進学校には、落ちた。

この時の心情を少年は「県外の私立に落ちたのは自分だけ。その醜態、自分が許せず、汚名返上、帳消し、挽回してやるという気持ちだった」と法廷で語った。

東大の象徴ともされる「赤門」(写真:2013年撮影)
東大の象徴ともされる「赤門」(写真:2013年撮影)

また、同じ頃、好意を持っていた成績1位の女性に告白し、フラれたことも追い打ちをかけた。
「女性はサッカーがうまいとか顔がいいとかそんな奴がいいんだという妬みから、自分は勉強以外何もないので、勉強で挽回する。一人の女に好かれるよりも、肩書きで上にいって全員認めさせればいいという驕った考えに至り、理3を目指すようになった」という。

高校入学時の自己紹介では、「背水の陣。自分で自分を脅して心を鬼にして勉強し、理3という目標から逃げられないようにするため」東大理3を目指すことを宣言した。

高校受験の失敗と失恋という挫折が重なり、勉強にのめりこんでいった少年は、周囲にも「学歴」へのこだわりを伺わせる発言を繰り返すようになる。

■成績低迷、再びの失恋…「東大周辺で人を刺そうと」

事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)

高校に入学した直後、別の女性から好意を伝えられた少年は、「馬鹿と付き合う気はない」と告白を断った。両親には「偏差値70以下は人間じゃない」などと発言し、「人間は偏差値ではない」と叱責されている。他人を成績が良いか悪いかでしか判断できなかった、と振り返った。

しかし、学年上位を維持していた少年の成績も、高校2年の秋ごろになると振るわなくなる。学年での順位は約400人中100位前後まで落ち込み少年は「一言でいうと愕然とした」。


担任との面談で他大の医学部や文系転向を勧められたものの、「政治家や官僚以外は文系を蔑む風潮があった。普通の地方の国公立の医学部でも下に見られる。旧帝大でも、例えば名古屋大の医学部だとしても、それが普通のレベル」だったため、理3という目標を捨てきれなかった。
髭を剃らず、カフェイン飲料を大量に摂取し、睡眠時間を削った。

少年が割腹自殺を計画した安田講堂(写真:2013年撮影)
少年が割腹自殺を計画した安田講堂(写真:2013年撮影)

しかし、つらい思いを吐露したくなることもあった。

同級生の女性を呼び出し、悩みを打ち明けたが、「志望校のレベルを下げればいいんじゃない。」と一蹴された。
その際、女性への好意を伝えたが、テスト勉強をした方がいいと断られ、その場で1時間近く泣いた。

「勉強や自分が周りに言ったこと、傲慢さ、プライドも投げ打ち、逃げたい」
自らを追い詰めていった少年は、志望校だった東京大学のキャンパス付近で無差別に人を刺し、シンボルである赤門に放火して安田講堂前で割腹自殺しようと考えるようになった。

そして、共通テストの初日だった2022年1月15日、事件を起こした。

■裁判長からの言葉に「堪忍袋の緒が切れそうに」

少年の裁判員裁判(写真:先月12日)
少年の裁判員裁判(写真:先月12日)

「社会に必要とされない悪人になり、罪悪感があれば、自責の念にとらわれて死にきれるのではと思って事件を起こした」
紺のスーツに身を包み法廷に立つ少年は、言葉を慎重に選び、淡々と証言していた。
被害者に対しては謝罪の言葉を口にしたものの、防衛線を張っているような印象も受けた。

検察官「被害者に落ち度はあったんですか」

被告人の少年「落ち度といいますと」

検察官「被害者に悪いところがあったのか」

被告人の少年「そのようなことは第三者でございますので知りようがないので、ないと答えさせていただきます」

事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)

当時受験生だった被害者2人は、その年の共通テストを受験できず浪人を余儀なくされた。また、被害者の1人は、直接の因果関係があったかは定かではないが、事件後に亡くなっている。

裁判を傍聴していた被害者の遺族は、法廷での少年の様子について、「被害者に本当に申し訳ないという思いは感じませんでした。自己中心的で相手の痛みを感じる心が欠けていると思います」と非難した。

少年の裁判員裁判(写真:先月12日)
少年の裁判員裁判(写真:先月12日)

別の場面では、少年のプライドの高さも垣間見えた。
中尾佳久裁判長が、こう諭した時のことだ。

裁判長「勉強以外秀でているものがないというが本当にないのか?」

被告の少年「秀でているという表現は…そうじゃないんじゃないでしょうか」

裁判長「今後社会で生きていくうえで秀でたものが必要?」

被告の少年「…」

裁判長「両親に聞くと『やさしい』と聞く。友達関係も受験という意味では蹴落とすこともあるかもしれないけど、対人関係で恐ろしいということはないはず。1つのプラスになるもの。沢山人がいる中で、勝ることを探すことは難しい。物差しを変えてみる価値観はいろいろだよ、考えてみてください」

被告の少年「…精進します」

裁判長からの言葉は、被告人の更生を願ったエールだったようにも思う。
ただ、当の本人の受け取り方は違ったようだ。

判決前最後の法廷で、このやりとりの際の気持ちを明かした。
「裁判長に自分に秀でているものが本当にないと思っているのかという質問で、今までの考え方から堪忍袋の緒が切れそうになることもありました。大変不躾な感情を持ったことを報告します」

■感極まる場面も…幼さゆえの“視野の狭さ”

事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)

裁判では、量刑が争点になった。検察側は懲役7年以上12年以下の不定期刑を求刑する一方、弁護側は少年院での更生がふさわしいとして、保護処分を求めている。

精神鑑定を行った弁護側の鑑定人は、「少年が勉強を一生懸命頑張ったのは否定されることではない。1つ頑張った取り組みは持っている。世の中には多様な価値観があり、勉強という物差し以外で他人も自分も評価できると学ぶことが、彼の今後の成長に大事」と証言した。
これを聞いていた少年は、シクシクと泣き出し、ポケットから取り出したティッシュで鼻水をかんだ。

肩を震わせる少年を見つめながら、自分も受験期のことを思い出していた。
当時流行っていたテレビドラマでは、「馬鹿とブスこそ東大に行け」という決め台詞が何度も流されていた。
事件は、少年が学歴や偏差値に強く執着し、自暴自棄になった故に起きたものだが、根底には自己肯定感が乏しく、成績でしか承認欲求を満たせなかったという、幼さゆえの視野の狭さがあったと思う。
とはいえ、こだわりや過去の栄光を手放すことは、大人である私たちにとっても難しい。社会全体が、学歴や肩書き、お金や地位に捉われ、本質的なものを見失っていないだろうか。

少年の裁判員裁判(写真:先月12日)
少年の裁判員裁判(写真:先月12日)

少年は裁判の最後、再び号泣しながらこう述べた。
「目立つ人や能力ある人への嫉妬、虚栄心や功利、頑固さであったり、人としてダメなクズという性格も変えていかなければならないと思っています。私がこれから生きる上で持つべきものは、動機となった勉強への考え方を変え、一生反省し、二度としないように努めること。学歴や勉強というもので、自分を押し殺したり自分の価値を定めたりせず素直に生きることだと思っています。」

判決は17日に言い渡される。

  • 少年が割腹自殺を計画した安田講堂(写真:2021年撮影)
  • 東大の象徴ともされる「赤門」(写真:2013年撮影)
  • 事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
  • 少年が割腹自殺を計画した安田講堂(写真:2013年撮影)
  • 少年の裁判員裁判(写真:先月12日)
  • 事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
  • 少年の裁判員裁判(写真:先月12日)
  • 事件当日の東大前(写真:2022年1月15日)
  • 少年の裁判員裁判(写真:先月12日)

こちらも読まれています