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沖縄をご訪問中の天皇皇后両陛下と長女・愛子さま。
5日は、疎開船『対馬丸』の慰霊碑を訪問し、花束を手向けられました。
1944年8月22日、アメリカ軍によって沈没させられた貨物船『対馬丸』。船に乗っていた多くは、「地上戦の足手まとい」という理由で、疎開地に向かわせられていた子どもたちでした。
1484人の犠牲者のうち、15歳以下が1040人。生存者は、わずかでした。
生存者 平良啓子さん(2014年6月 当時79)
「子どもたちは、あっぷあっぷして、『お母さん助けて』『兵隊さん助けて』『先生助けて』って。1枚のいかだに、何十人という人が奪い合っている場面でした。そこで取りすがれるものは生きる。はい上がれない者は、流されて死ぬという恐ろしい場面でしたね」
「子どもたちは、あっぷあっぷして、『お母さん助けて』『兵隊さん助けて』『先生助けて』って。1枚のいかだに、何十人という人が奪い合っている場面でした。そこで取りすがれるものは生きる。はい上がれない者は、流されて死ぬという恐ろしい場面でしたね」
対馬丸は、同じ年ぐらいの犠牲者が多かったことから、上皇さまが、強い思いを寄せてきた出来事です。
今回、天皇ご一家が訪れたことで、3代にわたる慰霊と伝承が実現したことになります。
対馬丸の記念館では、生存者とも面会されました。
当時4歳で、記憶がほとんどなかった高良政勝さん(85)。
対馬丸については、憲兵などによって、かん口令が敷かれていたため、高良さん本人が助かった経緯など、詳しい状況を知ったのは、戦後、数十年が経ってからでした。
天皇陛下
「お兄さまが書かれた手紙で、お知りになった」
「お兄さまが書かれた手紙で、お知りになった」
高良政勝さん
「(兄は)当時19歳で」
「(兄は)当時19歳で」
皇后さま
「一番上のお兄さん」
「一番上のお兄さん」
高良政勝さん
「そうです」
「そうです」
愛子さま
「厳しい統制がなされて、お手紙も…」
「厳しい統制がなされて、お手紙も…」
高良政勝さん
「この小さい記念館に、よく2代、おいでくださったなと。そして、3代目もご一緒され、非常に光栄に思いました。(対馬丸記念館を)しっかり維持していかないとと、しみじみ感じました」
「この小さい記念館に、よく2代、おいでくださったなと。そして、3代目もご一緒され、非常に光栄に思いました。(対馬丸記念館を)しっかり維持していかないとと、しみじみ感じました」
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