8月6日、平和記念式典で、広島県の湯崎英彦知事が発したメッセージに反響が広がっています。
原爆投下から80年となる節目の年に、湯崎知事が疑問を投げかけた、核兵器を持つことによる抑止について考えます。
■広島県知事に聞く「核抑止はフィクション」の真意
「国際秩序は様変わりし、むき出しの暴力が支配する世界へと変わりつつある。このような世の中だからこそ、核抑止がますます重要だと声高に叫ぶ人たちがいる」
「力の均衡による抑止は、繰り返し破られてきた。なぜなら、抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念または心理、つまりフィクションであり、万有引力の法則のような普遍の物理的真理ではないからだ」
『潜在的な敵国に対し、その国からの攻撃があった場合には、核兵器による耐えがたい反撃を行う意図と能力があることをあらかじめ示すことにより、相手国からの攻撃を思いとどまらせようとする考え』です。
湯崎知事が、核抑止への批判を『平和記念式典』のメッセージに盛り込んだ理由です。
「核抑止という考え方は、ある種トラップにはまっているようなものだと思うんですね。『力対力、(相手が)核兵器を持っているから、我々も持たなくてはいけない』という考えは、『国際法や条約は最後は信じられない』ということで成り立っているが、なぜ信じられていないかというと、『国際法や条約、政策は頭の中にしかないもの、つまりフィクションであるからだ』と。しかし、核抑止自体も(核を)使わないだろうということも、頭の中にしかないことで、まさにフィクションです。『信じられないから核を持たないといけない』と言いつつ、自分たちが信じられないと言っている相手の考えに依拠しているという大きな矛盾です。これは、非常に危険なもので、それが破綻した場合は、地球全体が破綻してしまうことになりかねないので、それに対する警鐘ということです」
式典に参列したアメリカの反応です。
「平和と希望のメッセージに敬意を表する。80年にわたり、広島の人々は、その不屈の精神で世界中に大きな影響を与えてきた」としています。
『アメリカの“核の傘”は必要か』という、2025年4月に行われた朝日新聞の世論調査では、
「必要」と答えた人は、38%、
「不要」と答えた人は、55%でした。
平和記念式典での湯崎知事の発言に対して賛否の声です。
「理想を持ち続けることが大切。改めて『核のない未来』を諦めずに考えたい」
「核廃絶こそフィクション。日本は、中国・ロシア・北朝鮮という核保有国に囲まれているのに、核の傘から出るなんであり得ない」
「東アジアで、もし核抑止が破られたら、つまり核兵器が使われる事態が起きた時に、最も被害を被る可能性が高いのは日本です。アメリカでもなんでもない日本です。そう考えると、『核兵器に守られて安心』と言っているような場合ではなく、核抑止に代わる新しい安全保障政策を作ることが日本にとって最も喫緊の課題だと思います。さらに、核抑止の信頼を高めるためには、実際に使うということを相手に思わせることが必須なんです。実際に使うつもりにならなきゃいけないということで、特に核兵器の場合、そのような瀬戸際対応というのは人類全体の存続にかかわるような大きなリスクがあるわけで、かつ被爆国の日本政府がそれを使うぞといえるのかと。もし、言えないのであれば、抑止そのものが成立していないです。日本政府が本当に使うと思われていなければ、抑止自体が成立しないんですね」
■「核武装は安上がり」実際は?核保有国 年間14兆円超も
「核武装が最も安上がりであり、最も安全を強化する策の1つ」だと発言しました。
「核抑止の維持に、年間14兆円超が投入されている」と話しました。
核兵器を保有する国の核に関連する年間支出は、9カ国で合わせて約14兆7000億円です。
1番多いアメリカは、約8. 3兆円、
中国は、約1. 8兆円、
イギリスは、約1. 5兆円、
ロシアは、約1. 2兆円、
フランスは、約1兆円、です。
「核兵器は使われないものなんですよね。そのために毎年10兆円、14兆円とか、今後増えていくんでしょうが、そういうお金が投入されていることは、本当に無駄だと思います。核軍縮、核兵器廃絶は無理じゃないかという人がいるが、核兵器のない新しい安全保障のあり方を考えるために、もっと、1兆円でもつぎこめば、何百人、千人単位の研究者が研究できるわけで、それによって生まれてくるものがたくさんあり得るんですよね。そういうふうに資源の使い方をシフトする必要があるんじゃないかということを訴えたかったというところです」
支出額トップのアメリカです。
核を運搬するシステムや兵器が、約7.6兆円
●弾道ミサイル潜水艦 2. 5兆円
●大陸間弾道ミサイル 1. 3兆円
●爆撃機 0. 8兆円など。
敵の核攻撃を感知するための早期警戒システムなどで、約2兆円です。
2026年度の国防費全体は、約148兆円です。
核武装は安上がりなのでしょうか。
「核を保有していても、力の均衡を保つためには、核以外の兵器でも力の均衡が必要となる。結果的に防衛費が膨らんでしまう」と話しています。
「核保有すれば、国際社会から経済制裁を受けて、貿易立国・日本には大きな痛手となる。日本の安全や私たちの暮らし、国際秩序に与える打撃を直視すべき」だとしています。
■核抑止論に警鐘 破綻寸前の事例 核使用の壁 米露で低下も
『核抑止論』についてです。
「核抑止も、80年間無事に守られたわけではなく、破綻寸前だった事例も歴史に記録されている」としています。
『冷戦期に、アメリカで少なくとも3回、ソ連で2回、核の誤警報があった』と、指摘しています。
1983年の冷戦期、ソ連の早期警戒衛星が、アメリカから5発の核ミサイルが発射されたと発信しました。
「(アメリカが)たった5発で戦争を始めるはずがない」として、誤った警報だと判断しました。
実際は、雲の先端で反射した日光を、衛星が誤って認識したということで、アメリカからのミサイル発射はありませんでした。
結果、アメリカとソ連の核戦争は、回避されました。
さらに、この20年ほど前、1962年にも核戦争の危機がありました。
1962年10月に起きた『キューバ危機』です。
1962年10月27日、アメリカはソ連の潜水艦に対し、『警告』のための爆雷を投下。
ソ連の潜水艦の艦長は、アメリカから『攻撃』を受けたと判断し、核魚雷の発射を提案しました。
しかし、同乗していたアルヒーポフ副艦長は、
『ここで核攻撃をすると、即座に世界で核戦争が起こる』と思い、同意せず、核魚雷の発射は阻止されました。
「自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力。人間は必ずしも抑止論、特に核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らない」
「『核』に対して、我々は備えなければならない」として、『使える核』の開発を進めています。
アメリカがすぐに発射可能な状態にある配備核弾頭は、1770発あると言われています。
「我々を核兵器で脅迫しようとする人々は、自分たちが同じ目に遭う可能性があると知るべきだ」として、ウクライナ侵攻以降、核で『恫喝』を繰り返しています。
2024年11月には、核兵器の使用条件を大幅に引き下げました。
ロシアがすぐに発射可能な状態にある配備核弾頭は、1718発と言われています。
「使える核ということも言われてますけれども、戦術核もそうですけども、核抑止をますます弱めているものなんですね。どんどん核抑止が弱まってくると、今度は『押してみようかな』という指導者が出てくる可能性も高まってくるということで、我々、『指導者は優れていて、そんな変なことは判断しない』と思っているかもしれませんけれども、歴史で見るとそんなことは全然なくて、おかしな指導者というのはいくらでも歴史上出てきているわけですね。それを考えると、押さないだろうということに依拠するのが、いかに危険なことかわかるだろうと思います」
■広島県知事 提唱 核抑止ではない平和への方法
広島県の湯崎知事が提唱する、『核抑止以外の手段』です。
「核による抑止が、歴史が証明するように、いつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に見舞われる」
「抑止力とは、武力の均衡のみを指すものではなく、ソフトパワーや外交を含む広い概念であるはず。そして、仮に破れても、人類が存続可能になるよう、抑止力から核という要素を取り除かなければならない」と話しました。
この『ソフトパワー』とは、
『自国の価値観や文化によって、相手を魅了・敬服させ、味方につけること』です。
「安全保障というのを考えるときに、軍事力だとか武力、これは物理的な強制力ですよね、こういうものはもちろん要素としてあるんですけども、それだけでなく、例えば、バチカン(市国)を破壊しにいく国はあまり想定できないですよね。特殊と言われるかもしれないが、これは1つの事例で、様々な形で相手に攻撃をさせないようにするということは、方策はたくさんあるんですね。日本も、アメリカから日本が攻められるとは、誰も思ってないですよね。いかにそういう世界を構築していくか。それから、それは色んな国があるから無理だという話もあると思うんですが、例えば、核の問題にしても、旧ソ連とアメリカは敵対していたが、核兵器の管理ということに関してはお互いをすごく信頼していた。お互い専門家同士が対話もあって、信頼をしていた。だからあの状態が保たれていた面もある。つまり、いろんな形で戦争を防止するということはあり得るわけで、それをどこまで追求するか、あるいは、今の武力自体についても、核兵器ではなくて通常兵器で抑止をするということも考える。今、AIとかドローンだとか色んな新しい技術が出てきて様変わりしてますから、そういうことを総合的に考えて、核兵器を除いた安全保障のあり方ということを、今考える必要があると思います」
(「羽鳥慎一モーニングショー」2025年8月15日放送分より)












