川崎市で岡崎彩咲陽さん(当時20)が元交際相手からのストーカー被害を警察に相談していたにもかかわらず殺害された事件で、神奈川県警は4日、一連の対応が不適切だったとする検証結果を公表し、謝罪しました。
遺族が抱える“警察への怒り”
「よかった。認めてくれたことで少し先に進んだ」
ただ、警察が謝罪しても彩咲陽さんは戻ってきません。
「悔しいですよ。もうずっと」
遺体が見つかったのは元交際相手の自宅の床下でした。殺人・死体遺棄・ストーカー規制法違反、3つの罪で起訴された白井秀征被告(28)。取り調べには黙秘を続けています。遺族を苦しめてきたのは、事件そのものだけではありません。
「警察がもっとちゃんと対応してくれれば。死んでからじゃもう遅いじゃないですか」
何度も訴えてきたのに動かなかった川崎臨港署。その指揮監督にあたる神奈川県警本部の対応です。4日に検証結果が公表されました。報告書から浮かび上がったのは、守るべき命を守れず、捜査も後手に回ったという事実です。
9回通報も「危険性を過小評価」
事件直前、白井被告のストーカー行為はエスカレートしていました。彩咲陽さんが身の危険を訴えていた相手は家族や友人だけではありません。警察署にも9回にわたって通報し、「自宅付近をうろついていて怖い」などと訴えていました。しかし。
「警察官全員が危険性と切迫性を過小評価し、速報や記録化等の基本的な対処を欠いた結果、組織的な初動対応がなされなかった」
その後も不適切な対応は続きました。行方不明から2日後。身を寄せていた祖母の家で窓ガラスが割れているのが見つかりました。通報を受けて、署員4人が駆け付けたといいます。
「何にもしてくれない。『事件性がない』とか。『ガラス割られているのに』って言っても『これは中から。外からじゃない』とか言う」
報告書も祖母の証言を裏付けています。駆け付けた署員は鑑識活動に必要な道具すら持っていませんでした。
「初動捜査の基本が徹底されていなかったものと認められ、その後の捜査が遅滞する一因となった点を重く捉える必要がある」
“先入観”による不適切対応
警察の動きがにぶかった背景にあったのは先入観だったといいます。彩咲陽さんからの最初の通報は去年6月。警察が指導し、いったんトラブルは収まりましたが、9月には再び、暴行を受けたとして被害届を提出。しかし10月には取り下げています。破局と復縁を繰り返すたびに署員は事情を聴いてきました。
「署長以下、署内にトラブル事案はいったん収束・解決したという先入観が形成され、不適切な対応につながったと考えられる」
当時、家族が頼ったのは県警本部でした。
「臨港署が動いてくれない。殺されているのかもしれないので(臨港署に)早く動くよう伝えてほしい」
「臨港署の対応に不満。事件性がないと言って対応してくれない」
父親の訴えは、本来なら『苦情申出』として県警本部長に届くはずでした。しかし『要望・意見等』として扱われ、組織の上層部には伝わりませんでした。
「警察庁の解釈運用基準と比して、狭きに失した解釈を行う不適切な運用が行われていた」
神奈川県警「体制が形骸化」
一連の検証を進めてきた県警トップは4日、深々と頭を下げました。
「対処体制が形骸化し、本来発揮すべき機能が発揮できなかったといった組織的・構造的な問題点があったと考えられるところであり、県警察の最高責任者として責任を痛感しております」
再発防止のため、県警本部にストーカー事案の司令塔となる参事官級のポストを新設。部門間の連携を強化し、捜査員に基本を徹底させるとしています。しかし、遺族の受け止めは冷ややかです。
「警察全体の体制が変わっても、法律が変わっても(警察官の)人間性が変わらなかったら同じことが起きるので。何回も繰り返されると思う」
“マニュアル不在”相談共有されず
今回の警察の対応について、特に岡崎彩咲陽さんが行方不明になる、直前・直後をみていきます。
警察は、不十分な対応となった原因の一つに「夜間などの当直時間帯や担当署員以外の人が把握した情報を集約・共有するマニュアルが未整備だった」ことを挙げています。
例えば岡崎さんは去年12月9日から行方不明になる20日までの間、9回も警察に電話をかけていて、付きまとい行為を相談した1回目の電話は、ストーカー事案を担当する生活安全課の署員が対応しました。ところが、それ以降、電話をした際は別の課の署員、当直などの署員が対応し「緊急性はない事案」と判断。電話の記録も残さず、署長などに報告することもなかったとしています。
今回の検証で、神奈川県警は「担当以外の署員が対応した場合は、県の通達に基づき、署長などに速やかに報告すべきとしているが、どう共有するか、具体的な手続きを定めるマニュアルを作成していなかった」ことを問題点に挙げました。
また、不十分な対応になった他の原因として“緊張感の欠如”“相談への感度の低さ”などを挙げた。
岡崎さんが行方不明になった後、祖母の家の窓ガラスが割れていて、警察を呼びましたが、駆け付けた捜査員は鑑識用機材などを持参せず、写真撮影、指紋採取を行わず、家族には「自分でいなくなった可能性がある」などと説明しました。
また、岡崎さんの父親が翌日に「娘は殺されているかもしれない」と相談しても、警察は「事故に遭遇し行方不明になった」と判断し、ストーカー関連事案として捜査しませんでした。
警察庁は、ストーカーなどの事案について「他の都道府県警察においても他山の石として対処をより的確なものとするよう指導を徹底する」としています。