社会

2025年9月15日 16:00

時速125キロ逆走は“過失”か 飲酒死亡事故で中国籍の男「事故起こさないと思っていた」

時速125キロ逆走は“過失”か 飲酒死亡事故で中国籍の男「事故起こさないと思っていた」
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2024年9月、埼玉県川口市で起きた乗用車同士の衝突死亡事故。中国籍で当時18歳だった無職の男は飲酒した状態で事故を起こしたとして逮捕・起訴された。

1年後に始まった裁判の争点は、男が時速125キロで一方通行の道路を逆送したことが危険運転にあたるかどうかで、検察側と弁護側で主張が真っ向から対立している。

事故発生から裁判までの経緯を記者が解説する。

(テレビ朝日社会部・埼玉県警担当 阿部佳南)

レンタカーを運転していたのは18歳の男

奥から進入した車は時速120キロ超だった(防犯カメラの映像、手前は死亡男性の車)
奥から進入した車は時速120キロ超だった(防犯カメラの映像、手前は死亡男性の車)

2024年9月29日、まだ薄暗い午前5時40分ごろ、51歳の男性はゴルフ場に向かうために優先道路を北に向かって運転していた。

すると、小さな交差点に差し掛かったところで、左側から時速120キロを超える猛スピードで、白いレンタカーが突っ込んできた。男性の車が押し出される形で一回転したことが、事故の衝撃を物語っている。男性はその後、死亡が確認された。

当時18歳の男はカラオケ店で焼酎ロックを3杯飲んだ後にレンタカーを運転して、事故を起こした。

男の車には同乗者2人がいたが、いずれも事故後、徒歩で現場を立ち去った。捜査関係者によると、のちに当時16歳だった中国籍の少年が、家族に付き添われ出頭。男の飲酒を知りながら、車に乗せるよう依頼したことが酒気帯び運転の同乗罪にあたるとして書類送検された。

一方、運転していた男は現場で逮捕された後、家庭裁判所からの逆送致を経て、2024年11月に過失運転致死の罪などで起訴された。2025年3月には危険運転致死の罪などに起訴内容が変更された。

「飲酒運転」と「時速125キロでの逆走」は争わず

逮捕された男が運転していたレンタカーは、前方が大破
男が運転していたレンタカーは、前方が大破していた

事故から約1年後の2025年9月2日に行われた初公判。法廷に現れた男は、白いワイシャツにスラックス姿で、街中にいる10代の若者と何ら変わらない姿だった。

証言台に立った男は、裁判長の問いに日本語で答え始めた。

日本人と同じように読み書きができるのだという。

もともと両親と離れて中国に祖母と住んでいたという男。

8歳で来日したときに初めて母親に会ったことで、一緒に住みたいと思い日本に移り住んでいた。

裁判長から飲酒運転したことについて問われた男は、滑らかな日本語でこう答えた。

「飲酒して運転したことに間違いない」

しかしその後、こう続けた。

「いつもの状態で真っすぐ運転していた」

裁判長に「過失によって事故が起きたということか?」と問われると「間違いない」と答えた。

この瞬間、「危険運転致死罪」の成立を主張する検察側と、事故は“ミスだった”として「過失運転致死罪」で裁かれるべきとする弁護側の構図が明らかになった。

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アクセルを約90%踏み込み急加速した理由は

さいたま地裁で男は「運転がうまいので事故は起こさないだろうと」と発言
さいたま地裁で男は「運転がうまいので事故は起こさないだろうと」と発言

裁判で、検察側は男が一方通行の道路でアクセルペダルを約90%まで踏み込み、白いレンタカーは事故直前には時速125キロに達していたと指摘した。

道幅の狭い一方通行で、なぜアクセルをそこまで踏み込む必要があったのか?

弁護側が被告人質問で「どうして速度を上げて運転したのか」と質問すると、男は事故前の状況を淡々と話した。

「早く一方通行を抜けようとした」
「悩み事があり、スピードを出せば運転に集中出来ると思った」
「運転がうまいので事故は起こさないだろうと」

ただ、加速してから事故を起こすまで、男はその先に交差点があることに、一切気づいていなかったという。

“危険”か“過失”か 争点は「制御可能であったか」

事故の衝撃で、現場では街灯が根元からなぎ倒されていた(視聴者提供)
事故の衝撃で、現場では街灯が根元からなぎ倒されていた(視聴者提供)

事故から約3週間後の2024年10月、男は「過失運転致死罪」などで家庭裁判所に送致された。しかし、さいたま地検が捜査を続け、2025年3月に、より刑の重い「危険運転致死罪」に訴因変更された。

今回の裁判で検察側は「危険運転致死罪」、弁護側は「過失運転致死罪」が適用されると主張しているが、同じ“運転によって人を死亡させた”という罪でも量刑が大きく異なる。

「過失運転致死罪」の法定刑で7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金。執行猶予付きの判決が出ることも珍しくはない。一方、「危険運転致死罪」は1年以上の有期懲役。過去には懲役8年の判決が言い渡された裁判もあった。

どちらの罪が成立するのか。ポイントの1つが「制御可能な運転」であったかどうかだ。

現場の法定速度は時速30キロ。しかし、車はその4倍にもなる時速125キロに達していた。

これは、1秒間で約30メートルも進む計算になる。

検察側はこう主張した。

「当然そのような高速度で走行すれば動体視力は極端に低下し、事故を避けられない」
「体内にアルコールが残っていればなおのことである」
「狭い一方通行の道路を逆走するという行為は事故のリスクを高めるものである」

これに対し、弁護側は男の“未熟さ”が原因と終始した。

「車の運転をほめられ自信があった」
「運転免許を取ってからわずか3か月であったのに、過去に一度、高速度からきれいに停車する運転を友人にもてはやされたことで、運転技術にプライドを持っていた」
「せっかく運転がうまいと言われているのに一方通行をバックして戻れば同乗者に笑われると思い、いち早く抜け出そうとアクセルを踏んだ」

こういった判断の未熟さは根本から直させるべきとして、少年院での更生機会を求めた。

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亡くなった男性の妻が男に送ったコメントは

亡くなった男性の車は、左側が大破していた
亡くなった男性の車は、左側が大破していた

裁判では、亡くなった男性の妻からのコメントが読み上げられた。

「夫は慎重に運転する人だった」
「夫には非はなく、一方的な運転で亡くなってしまった」

「相手とは関わりあいたくない」という要望もあり、あえてコメントという形がとられた。

「処罰を受けてほしい」

コメントでは強い感情もあらわにした。

生前、二人で世界一周旅行に行く計画を立てていたという。

突然最愛の夫を亡くした妻は、「夫は前向きな人だったので、同じように生きていきたい」と綴った。

終始下を向いたまま聞き続けた男は、後悔を口にした。

「幸せな家族を壊してしまった」
「後先のことを考えていればこんなことにはならなかった」

さらに、勾留中に自問自答していたと明らかにした。

「なぜ死んだのが自分ではなかったのか」

最後に、裁判長から意見を求められると、反省を述べた。

「非常識なことにより事故を起こしてしまった。いつか社会復帰したら必ず遺族の気持ちを尊重したうえで謝罪する。今後の人生で事故と命を奪った罪を忘れない」

3日間の裁判を終え、検察側が求刑したのは「懲役9年」。

一方、弁護側はあくまで危険運転致死罪は成立しないと主張。

家庭裁判所で裁判をやり直したうえで、少年院で更生させる必要性を訴えた。

さいたま地裁は双方の主張をどう判断するのか?

判決はまもなく、9月19日に言い渡される。

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