とある休日、子どもたちと遊ぶ母親のSHIBUKIさん(26)。彼女が12年向き合い続けている病気がある。それは、「顔面神経麻痺」。
【映像】“顔面神経麻痺”SHIBUKIさんの食事風景・夫との育児・リハビリの様子
日常生活で特に苦労するのが食事で、顔の筋肉を動かす神経が麻痺しているため、思うように口を動かすことができない。他にも、飲み物はゆっくり口に入れないとこぼれ、左目はまばたきができないためラップを付けて乾燥を防いでいる。顔面の感覚はあるそうで、目のラップは「眼球にひっついて痛いと感じるときもある」という。
症状が悪化しないよう自宅でリハビリをしているが、口の中に器具を入れるだけでも一苦労。「めちゃくちゃ痛くて、(左あごが)開かない」。
人生が一変したのは12年前。14歳のときに脳出血で倒れ、その後遺症で左顔面に加え、右半身にも麻痺が残った。後遺症がわかったときの心境について、「これからどうやって生きていけばいいんだろうって、何も考えられなくなった」と振り返る。「ファッションに興味があって、洋服を好きなように組み合わせたり、外見にこだわるタイプだった。こういう外見になってしまい、『人からこう見られているだろうな』『友達や恋愛にどう向き合っていけばいいのかな』と」。
どうしても気になるのが、周囲からの視線。夫のひとしさんと付き合い始めた当初も、悲観的な気持ちは消えなかった。「夫が友達に『彼女だよ』と紹介してくれたことに一番驚いた。『私を彼女として紹介して恥ずかしくないの?』と思った」。一方のひとしさんは、「彼女を自慢したいところもあった。こっちが元気づける側だけど、元気づけられていることが多くて。そういうところに惹かれ、好きになった」と語る。
■左耳の痛みに襲われ…「原因がわからない」
数日前まで顔面神経麻痺で入院していた佐藤さん(仮名、42)は、まだ完治していないという。「こんな感じに(左側が)あまり動いていない。口角が動かなかったり、右側はすぼめられるが、左側は変わっていなかったりする」と、表情とともに症状を説明する。

最初は左耳の痛みから、耳鼻科へ向かった。「ウイルスかストレスか、原因が何なのかもわからないまま病院へ行った。診断を受けているうちに、どんどん左顔面が動かなくなり、そのまま入院。原因はよくわかっていない」。
9月2日に耳鼻咽喉科を受診し、左顔面の動きづらさを訴えるも様子見の診断。9月6日に症状が悪化し、大学病院へ入院する。左顔面麻痺や味覚障害があったため、しびれ緩和などの薬の処方と点滴治療を行うも改善せず。9月12日、血液検査でも原因がわからないまま退院となった。
左顔面の表情が作れず、退院後はマスクを着けて勤務している。「接客業の仕事もしているので、お客様に不快な思いをさせてはいけないなと」。
■顔面神経麻痺の原因・治療法は 「早期治療が重要」
実は、顔面神経麻痺は誰もがなり得る病。年間5万人ほどが発症すると言われ、そのうち2割は後遺症が残るという。

武田耳鼻咽喉科の武田桃子院長によると、顔面神経麻痺の原因は、ウイルス感染や免疫低下による顔面神経の腫れからくる「ベル麻痺」が68%、水痘帯状疱疹ウイルスによる神経麻痺からくる「ハント症候群」が12%、他にも「脳出血」や「脳梗塞」「脳腫瘍」などがある。ただ、要因となるウイルスの特定が難しく、ストレスも関係するため原因不明の場合もある。
さらに武田氏は、「SHIBUKIさんのような脳からのタイプと、脳以外のタイプの2つに大きく分かれる」と話す。「耳鼻科医が診るのは脳以外の“末梢性顔面神経麻痺”で、これが全体の約9割と言われる。そのうち、“ベル麻痺”は単純ヘルペスウイルスが原因とされ、以前に感染したものがストレスや疲労の蓄積で再活性化してしまう。ほとんど症状がなく、片側だけ目をつぶれない、口から水がこぼれるなどの症状が突然起こり得る。高齢だからなりやすいわけでもなく、20代と30代、50代に好発すると言われている。もう1つが“ハント症候群”で、耳の痛みや難聴、聴覚過敏、めまいが出る場合がある」。
主な治療法としては、ステロイド薬、抗ウイルス薬の使用が中心で、重症の場合入院による治療や手術が必要になることもあるという。麻痺が起きてからすぐの治療が必要になるため、「なるべく早い受診を」と促す。
「ベル麻痺は治癒率が高く、適切な治療をすれば9割程度は治る。一方のハント症候群は、適切な治療をしないと3〜4割しか治らないと言われる。抗ウイルス剤は発症から3日以内の投与が推奨されているので、スピードが大事だ。顔面麻痺が出たとき、脳梗塞や脳出血を心配して救急外来に行ってから、CTやMRIで『問題ない』と言われて耳鼻科に来る人が多い。しかし、そこで安心して様子を見ていると、手遅れになってしまう。発症後1週間以内をめどにしっかり治療しないといけない」
初期対応としてやるべきことは、「すぐに耳鼻科に行く」「耳鼻科医の指示のもとに行う適切なマッサージ」がある。反対にやってはいけないのが、「顔を大きく動かす」ことだそうだ。「麻痺しているからと動かしてしまうと、炎症で断絶している神経同士が混線してくっつく場合がある。口を開けると目が閉じてしまうなど、“病的共同運動”と呼ばれる症状だ。急性期は動かさず、マッサージ程度にとどめたほうがいい」。
■「あまり構えず、普段どおり話してほしい」
SHIBUKIさんは現在、「ありのままの自分を見てほしい」と、メイク方法などの情報をYouTubeでも積極的に発信している。顔面神経麻痺を受け入れるまでには、自分の考え方を「自分と人とを比べない」「なくした物を数えるのではなく、今あるものに感謝する考えにシフト」してきたという。

その過程について、「健常なときの自分と障害を持った自分のギャップに戸惑って、受け入れられなかった。しかし、なくしたものを見るのではなく、今あるものに感謝するように考え、いろいろと挑戦しようと。高校も普通の所に行ったことで葛藤は生まれたが、落ち込みそうになっても、自分の中でその気持ちを繰り返すことで乗り越えられるようになった」と話す。
また、佐藤さんは「現状を受け入れて、それに沿って自分ができることを最大限にやっていれば、接客業でも何でもできるだろう。悲観的には考えていない」と語った。
SHIBUKIさんは、周囲の視線も「当然」と捉えている。「人と違うのだから気になるのは当然」「初めて会った人に驚かれても気にしない」といった考え方だ。「すれ違う人も『人と違う姿』だから見てしまうけど、『傷つけよう』という思いはないはず。だから、(当事者の方は)自分がしたいことをしてほしい。ただ、初対面の人と会うときに、相手の表情が硬いのがわかってこちらも気が引けてしまうことがある。麻痺に驚くのは仕方ないが、構えずに普段どおり接してほしい」と訴えた。(『ABEMA Prime』より)