今年のノーベル生理学・医学賞に大阪大学免疫学フロンティア研究センターの特任教授・坂口志文さん(74)ら3人が選ばれました。日本人がノーベル生理学医学賞を受賞するのは、2018年の本庶佑さん以来、7年ぶり、6人目となります。
坂口さんが評価されたのは“免疫バランスの成り立ち”について、新しい発見をしたことです。関節リウマチや1型糖尿病など、自己免疫疾患の治療や、がん免疫療法の考え方を一変させる発見となりました。
発表を受けて、会見を行いました。
「あまり人気のあるアイデアではありませんでしたので、研究費を稼ぐとかそういう所で少しは苦労したかもしれませんが、決して私ひとりではなく、同じような考えを持っている人が世界中にいましたので、その人たちと一緒にやりながら、だんだんその分野が大きくなってきたと。ある意味、その人たちを代表して、今回、受賞になったと思います」
坂口さんは、滋賀県長浜市出身で、子どものころは、哲学に興味を持ち、さまざまな本を読んでいたといいます。その後、精神科医を目指し、京都大学医学部に入学しますが、当時の精神科は大学紛争の中心でした。そこで、免疫学と出会います。
坂口さんの名を世に知らしめたのは、関節リウマチなどの“自己免疫疾患”の治療のカギとなる『制御性T細胞』の発見です。
体内にウイルスや細菌が侵入すると、『T細胞』という免疫細胞が、ウイルスに浸食した細胞を攻撃します。
その際、正常な細胞まで攻撃しないよう免疫を調整。制御する役割を持つのが『制御性T細胞』です。
それまで、体を守るために“攻撃”するものと考えられてきた免疫細胞。
坂口さんは、『制御性T細胞』という新たな“ブレーキ役”の存在を発見し、免疫反応の調節機能を解明しました。
「(Q.座右の銘・信念は)四字熟語のような信念はなくて、自分に言い聞かせるとすれば『一つ一つ』ということ。研究の実験も論文も『一つ一つ』仕上げてという意味で」
愛知県がんセンター。坂口さんの研究はここから始まりました。
「無給の研究生で、2年半来られて、大学に戻って行かれたと。自分が研究したい所に飛び込む気持ちが強い方だったんだろうと。坂口先生も48年前に若いときに行った研究が、いま花開いた。(現役生も)現在、自分がやっている仕事に誇りを持って、続けて良いと頑張ってくれる」
坂口さんが目指すのは、リウマチ・糖尿病・がんなどの治療をより安全で確実なものにすることです。
「がんで亡くなる方の90%は転移で亡くなります。将来のがんの免疫は、発見時から、いかに免疫をあげて、転移を防げるか。そのようながん免疫療法をやりたい。世の中には興味をそそることが、たくさんあると思います、それは芸事、スポーツ、サイエンス。持続して興味を持ち続けて、いろんな試みをしておりますと、興味もまたより洗練されて強くなっていく。気が付いたら、非常に面白い境地に達しておると。サイエンスに限らず、どんな分野でも面白いと思います。(Q.家に帰ったら何をしたい)ゆっくりお風呂に入って寝ます」
◆坂口志文さんに中継でお話を聞きます。
(Q.受賞決定、おめでとうございます。ノーベル賞、世界最高の栄誉の賞の受賞が決まったことに、どのようなお気持ちを抱かれていますか)
「本当に名誉なことだと思っております。我々がやってきました研究が、これからの治療・予防にどれだけつなげていくことができるか、そういうことを期待しての受賞であると思っています」
(Q.妻の教子さんも研究者だと聞いています。受賞が決定したことについて、どんな話をしましたか)
「ノーベル賞委員会から電話をいただいたときに部屋におりましたので、電話のやり取りから受賞ということがわかったようで、喜んでくれました」
(Q.ブレーキをかける制御性T細胞があると信じ続けて研究できたのは、どういう思いからだったのでしょうか)
「私はそもそも一番、最初に興味を持ちましたのは、免疫というのは、私たちの体を守るだけでなく、ときに自分を攻撃する。そうすると、関節リウマチや1型糖尿病、いわゆる自己免疫病になるんです。両面性というのに興味を持ちまして、研究を始めました。それが免疫反応を抑えるリンパ球であれ、別の考え方であれ、それは研究する価値があると思って研究してきたわけであります。たまたま、そういう抑えるリンパ球があるんだということを見つけまして、それが、どこまで、この疾患のメカニズム、いろんなことを説明できるかということをずっと研究してきまして、細胞レベル、あるいは遺伝子レベル、分子レベルで、いろんなことがわかってきて、今回の2人の共同研究者、共同受賞者もそうですけれども、そういういろんなものがつながって、いまの理解につながって、今回の評価になったと思っております」
(Q.自己免疫疾患、そうしたものを抑える細胞として発見され、それが今度は、外からの攻撃、例えば、アレルギーやアトピー、花粉症などの治療に直接つながっていくと聞きましたが、かなり現実的な治療の方法として成り立ちつつあるのでしょうか)
「例えば、アレルギーですが、皆さん、ご存じかわかりませんけれども、脱感作療法と言いまして、少しずつ抗原を接種しますと、アレルギーが治っていくというようなことがあります。そのときのメカニズムというのは、制御性T細胞というのがうまく増えてくると、アレルギーを抑えるということが、だんだんわかってまいりました。これからは、例えば、制御性T細胞をもう少し強くする薬ができれば、アレルギーの治療につながりますし、例えば、臓器移植の後に臓器の拒絶が起きないように免疫反応を抑えるとか。そのようなことを、制御性T細胞が実際やっているのですが、それをより強くするような薬とか、制御性T細胞を増やす薬とか、そういう新しい医療につながっていくんだと思います」
(Q.がん治療についても期待されていると聞いていますが、現在地といいますか、これから目指すところも含めて、聞かせてください)
「ご存じのように、本庶佑先生は、いわゆる“免疫チェックポイント”といいまして、進行がんに対して、免疫反応を上げることによって、ある程度、効果があるということを見つけられたわけであります。私たちが見つけておりますことも、例えば、がん組織の中ではですね、免疫反応を上げようと思ったら、それを抑えている制御性T細胞、がん組織でたくさん入ってきているんですけど、そういうものを減らしてやりますと、がんの治療につながると。新しい免疫療法が、がんの免疫療法ができるんだということが、だんだんわかりつつあります。将来は、がんを殺すリンパ球を強くする。しかし、それを抑えているリンパ球は弱くする。そういう、いろいろなことのコンビネーションで、現在よりもがんの免疫療法は、もっと効果的なものになるんだと、そのように思っております」
(Q.最後に、こうした基礎研究に対して偉大な賞が与えられるというのは非常に喜ばしいことだと思います。ただ、残念ながら、日本の基礎研究にかける費用というものは必ずしも十分ではないとも言われています。国、あるいはそれを支援するさまざまな機関に対して、伝えたいことはありますか)
「おっしゃるように、研究というのはお金というか、財政的支援だけではないんですけれども、やはり財政的支援がなければ、あまり進まないというのも事実であります。その意味で、日本が科学立国としてやっていくためには、やはりもっと基礎的な科学に対する支援は重要かと思います。いま、それが何に役立つかわからなくても、私たちの場合には、医学でありますけれども、研究が進んでくれば、思わぬ形で医療にもつながっていくということが、私たちの例でも、見せるというか、できたと思います。その意味で、基礎研究に対する支援は、これからもよろしくお願いしたいと思います」