社会

ABEMA NEWS

2025年10月11日 11:16

母親たちが悩む「母乳信仰」の重圧 ネットで飛び交う“こうあるべき論”ではなく本当に必要なことを専門医が解説「もっと自由でいい。母乳でなくても愛すれば育つ」粉ミルクも進化

母親たちが悩む「母乳信仰」の重圧 ネットで飛び交う“こうあるべき論”ではなく本当に必要なことを専門医が解説「もっと自由でいい。母乳でなくても愛すれば育つ」粉ミルクも進化
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 とある牛乳パックに書かれた「赤ちゃんにはなるべくあなたの母乳を」というメッセージに対して、賛否両論が出ている。そんななか、粉ミルクを避け、母乳育児に過度にこだわる「母乳信仰」が話題だ。

【映像】こんなに進んだ!最新の粉ミルク

 3歳と4カ月の息子を育てるリリーさんも、長男の出産後に母乳育児がうまく行かず、つらい時期を過ごしたという。世界的に見ても母乳信仰は根強い。『ABEMA Prime』では、母と専門医が母乳について議論し、正しい知識と、誤った「べき論」への向き合い方を考えた。

■母乳信仰に悩んだ母たち

母乳信仰とは

 リリーさんは長男出産後、母乳がほとんど出ず、ショックと焦りを覚えた。それでも母乳育児にこだわり、ミルク(完ミ)に移行できなかった。なぜ母乳にこだわったのか。理由は「免疫がつく」「母乳が一番」等のネット情報に加え、母親・祖母から「母乳出てる?」と聞かれても「ほぼミルク」と言えないことがプレッシャーになったためだ。そして、息子に申し訳ないと自分を責め、不眠も重なり「死にたい」と考えるようになった。

 自身の経験を「出産前から母乳メインで育てたいと思っていたが、出産後にあまり母乳が出なかった。『栄養は母乳の方がいい』との考えに引っ張られて、予定していた育児ができないというショックや焦りがあり、完全にミルクに移行できなかった」と振り返る。

 母乳にこだわった最大の理由は“免疫”だった。「初乳は栄養があると言われるが、その後も数カ月は母親の抗体がつくという。そのためにがんばった。私の母乳のせいで、体が弱くなる可能性があれば、申し訳ない気持ちがある」。

 タレントでソフトウエアエンジニアの池澤あやかは、「私も1歳4カ月の娘を産んで、母乳信仰は根深いと感じた。エビデンスがあるため『母乳で育てないと、子どもがかわいそう』となる。『私のせいでこの子はスタートダッシュできない』とも考えてしまう。第2子、第3子になれば雑になるとは思うが、初めての子どもには『ちゃんとスタートしないと』と感じる」と話す。「母乳育児に触れてわかったが、産んでから『母乳にしようか、ミルクにしようか』と迷うのではなく、産む前に知識があった方が良かった」

 元経産官僚で慶大SFC研究所上席所員の門ひろこ氏は、「うちには9歳と6歳がいるが、上の子のときは最初に出ず、マッサージで出るようになった。2人目になると雑になり、赤ちゃんの個性も理解できた。ネットで『母乳じゃないとダメ』とあおる投稿があり、産後のホルモンバランスがくずれているときに目に入る。人より神経は太い方だが、『母乳が出ないと母親失格だ』と思ってしまった」と述べる。

 生成AI系会社員のハヤカワ五味氏は、「私に子どもはいないが、フェムテック領域で起業してきた中で痛感したのが、親のメンタルやコンディションの影響だ。自分は“毒親”育ちだが、母乳でも母乳でなくても、親が健全でいてくれた方が良かった。こうした論争でメンタルが崩れるのであれば、SNSをやめた方がいい」と考えている。

■専門医がアドバイス 母乳よりも「抱きしめれば育つ」

母乳育児の厳しい現実

 日本母乳哺育学会理事長で昭和医科大学教授の水野克己氏は、「母乳にメリットはあるが“母乳信仰”は問題だ」と考えている。「最初はあまり母乳がでず、赤ちゃんの胃袋も小さい。初乳の量は、最初の24時間で10〜20cc程度だ。リリーさんはがんばって母乳をあげたと、自信を持っていい。『妊娠中に母乳をあげたいと思っていても、うまくできない社会やシステムに問題がある』と、学会としても提言しないといけない」。

 一方の粉ミルクも、進化が進んでいるようだ。「乳業会社は母乳を目標に、そこに近づけようと、研究を重ねている。母乳をあげられるように、私たち医療者は支援していかなければいけないが、一番の問題は『妊娠中に十分な知識を伝えられなかった』ことだ。出産直後の約3日間が、乳児にとって大切な時期だが、その間にどう医療者が関わるか。母親が責められる問題ではない」と語る。

 とはいえ、母乳育児にメリットがあるのも事実だ。「飲み始めと飲み終わり、男の子と女の子でも成分は変わる。家族の誰かが風邪をひいても、そのウイルスが母親の体に入り、母乳を通して子どもに抗体を与えられる。粉ミルクの成分は常に一緒だが、母乳はその時々の子どもに必要なものが出てくる」。

 また、「おっぱいを吸う」行為については、「素肌の胸に抱っこしていれば、3カ月くらいまでの赤ちゃんは、必ず自分で吸いに来る。吸わせようとすると、押しつけられた赤ちゃんは嫌がる。しかし、普通に抱っこしていれば、自分で吸い付いて、痛くなく深く吸ってくれる」と解説する。

 粉ミルクは、昔は牛乳(全脂粉乳)をベースに砂糖を加えたものが主流で、母乳に含まれる免疫成分も含まれなかった。しかし今は、牛乳由来のたんぱく質・脂質(DHAなど)、炭水化物(ラクトフェリン、オリゴ糖など)、ビタミン、ミネラル等、母乳に近い栄養バランスの成分を配合している。また、粉末状だけでなく液体ミルクなど利便性も向上した。

 母乳のみならず、子育てをめぐる“こうあるべき”論は、母親を苦しめている。「無痛分娩でなく自然分娩で痛みを経験すべき」「子どもが3歳になるまでは家にいるべき」「市販より手作りの温かい食事を与えるべき」「小さい子どもを連れて居酒屋に行くべきじゃない」「電車内ではベビーカーではなく抱っこすべき」といったものだ。

 なぜ、ここまで母乳信仰が強まったのか。水野氏は「日本人は妊娠中に『母乳で育てたい』と思う人が多い。しかし、だんだん追い詰められていく。母乳を推奨する人には派閥や、それぞれのしきたりがあり、『チョコレートや肉を食べてはいけない』などと言われ、どんどんつらくなる」と、そのプロセスをなぞる。

 そして、「もっと自由でいい。健康的なものであれば、何を食べてもいい」と呼びかける。「子どもを抱きしめるところから、育児全体を始めてほしい。母乳をあげられない人がいても、我が子を抱きしめることはできる。いっぱい抱きしめて、声をかけてあげる。それが赤ちゃんの脳を育てる。『母乳で育てると頭が良くなる』とも言われるが、いっぱい愛してあげれば、頭は育つ」。 (『ABEMA Prime』より)

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