「2度目のミライ」万博でつながった“奇跡のドラマ”をABEMA的ニュースショーが取材した。
「ボタンひとつで奥様楽々」1956年に東芝が、日本初となるドラム式全自動洗濯機を発売した。洗濯物を入れてポンとボタンを押すだけで終了。時代は「白黒テレビ」「冷蔵庫」そして「洗濯機」が「三種の神器」と言われた戦後復興期から空前の高度成長期へ。戦後最長といわれた「いざなぎ景気」に「家事の自動化」は未来の幕開けだった。
1970年「進歩と調和」をテーマに掲げた大阪万博には、未来の生活が詰まっていた。当時、白物家電が主流だったサンヨー館は、ボタン操作ひとつで調理から食事までできる「未来の台所」やスイッチひとつで疲れをほぐせる「リクライニングベッド」などを展示した。
その未来の中に一風変わったマシンが話題をさらった。「ウルトラソニックバス」通称「人間洗濯機」は、未来のお風呂と呼ぶにふさわしいその形に誰もが度肝を抜かれた。
設計したのは元三洋電機の当時30歳だったエンジニアの山谷英二氏。三洋電機の創業者・井植歳男氏から「人間を洗う洗濯機を作れ」と開発を命じられ、手探りで作り上げた。
現在85歳の山谷氏は「人間を洗うなんて失礼な」と言われたとして、人間洗濯機に入るモデルに「ごめんな、こんなところに押し込んで」と頭を下げたと回顧。「開発はその後も続けていたんですけど、世に出なかった」と明かした。
当時の万博のテーマは「自動」へのアプローチだった。携帯電話の原型となるワイヤレステレホン、テレビ電話や歩く歩道、モノレール、電動自動車、自動シャンプー機など、夢の未来には確かなニーズがあった。
では「人間洗濯機」はどうだったのか。あれから55年、今こそ必要になったのかと聞かれると素直に「ハイ」と答える人はどれだけいるのだろうか。しかし、ここで放たれた未来は終わっていなかった。
ある少年がいた。10歳だった少年は親に頼み込み何度も万博に足を運び「ミライのお風呂」に「人間は体洗わなくてもよくなるんや…」と釘付けになった。少年は55年後、人間洗濯機の未来を引き継ぐことになる。
設計者の山谷氏はあきらめていなかった。展示した「ミライのお風呂」は、間に合わせるだけで精一杯で満足するものではなかったからだ。改良を重ね実現化を模索したが、当時の技術では、人間の毛穴に入り込むほどの“小さな泡”を作ることができなかった。打開策として浴槽のなかに凸凹の「マッサージボール」を入れ、物理的に汚れを落とすアイデアを取り入れたが、望んでいた自動ではなかった。気付けば70代の半ば、夢は図面のなかで終わりかけていた。
しかし2025年の大阪・関西万博に最先端テクノロジーが並ぶ中、あの人間洗濯機があった。55年ぶり2度目の登場で、形も中身も進化を遂げており、名前は「ミライ人間洗濯機」。入浴体験は大人気で予約が殺到し、1日5人だった枠を途中から8人にまで増やして対応した。
サイエンスの青山恭明会長は「体をこする時代は終わる。一人でも多くの方に入っていただいたら、一生涯の思い出を作ってもらえる」と語る。同氏は55年前、何度も万博に通った、あの少年だった。
時計の針は7年前に戻る。人間洗濯機の実用化に向け、研究開発を模索していた山谷氏はあるCMを目にした。それはシャワーヘッドミラブルで、ウルトラファインバブルと呼ばれる0.001ミリ未満の超微細な泡が体の汚れを洗い流していた。
山谷氏は即座に受話器を取り「一緒にやらせてもらえませんか?」と交渉。CMを流していたのが、2007年に創業した株式会社サイエンスだった。創業者は55年前、人間洗濯機に釘付けになったあの少年、青山氏。青山氏はアトピー性皮膚炎の娘のために、浄水装置を開発。水道水を洗浄して使えば、症状をおさえることができた。あとは「皮膚に触れることなく優しく体を洗ってあげたい」そんな父親の思いがミラブルの開発に繋がったという。
ヒントは半導体で、半導体を洗浄するウルトラファインバブル技術に着目。「これを人間に応用できないか」と試してみると、想像以上に汚れが落ちた。
こうして2008年に誕生したのが、湯船に浸かるだけで汚れが落ちるお風呂「ミラバス」。これを応用し、2018年に開発したシャワーヘッド「ミラブル」はシリーズ累計販売数が170万本以上の大ヒット商品になった。次はこれをどう膨らませていくか。
そんなとき、受話器から聞こえた声に青山氏はハッとした。青山氏は「『実は私、人間洗濯機をつくった人間なんです』って、ビックリして」と振り返り、「一緒に本当のお役に立てる人間洗濯機をつくって、万博行きましょう」と語ったと明かす。山谷氏も「それはもう絶対手伝わなあかんと思いました」と振り返った。過去とミライが繋がった瞬間だった。
山谷氏は息子や孫のような技術者とともに、これまでの知見を伝えた。「ミライ人間洗濯機」は文字通りボタン一つで15分間で自動で全身を洗い、乾燥まで実現。それだけではなく、心も洗うという新機能もプラスした。お湯が胸元までたまると自動でセンサーで心拍数を計測し、AIが自律神経の状態(ストレス度)を分析。心の状態に合わせた音楽や映像が流れるという仕組みだ。
万博では“目玉”となり、述べ1200人以上が人間洗濯機の体験者数となった。これにホテルや旅館が反応し、全旅連女性経営者の会の女将さんたちも視察に訪れ「気持ちよかったです。今日は服を着ていたので、出ているところしか分からなかったが、全身入るとどんな感じなのかな?というのは個人的には気になりました」と語った。
万博期間中にはホテルやレジャー施設など7台の契約が決まったそうで、介護の現場での導入も目指すという。
「2度目のチャレンジ」に慶應義塾大学理工学部の寺坂宏一教授は「前の万博の時に実現した技術の中で、一番最後発になったかもしれないが、家庭の中であるいは宿泊施設とかで使える技術にまで発展したというのはとても嬉しい。小さな泡を作るのは口で言うほど実は簡単ではなくて、そもそもウルトラファインバブルは目に見えないぐらい小さい。消費者の方に目に見えないものを信じろというのはかなりハードルが高い話。本当に大成功だったのではないか」と称賛。
30歳だった技術者がもがき苦しみ作ってみせた未来。その未来に心躍らせた10歳の少年。あれから55年。2度目の挑戦の成果はどうだったのか。
そう問われた青山氏は迷わず答えた。「観客でいた奥様が『会長すみません、うちの息子の将来のために記念写真撮ってくれませんか』と言って『喜んで』と言ったら、そのお母さんいわく、その子どもさんはずっと今まで『大人になったらYouTuberになる』と言い続けてきたらしいんですけど、人間洗濯機(のデモ)が完全に終わった瞬間に5年生の男の子がめちゃくちゃ感動して、感激して『大きくなったら人間洗濯機の会社に入って、僕ももっとすごいものを作る!それを夢にする!』と言ったらしいんですね」とエピソードを披露。
「あの瞬間に僕は自分とダブって、小学校4年生の時の俺じゃないかと。喜んで写真撮って、半分抱きつくくらいの感じで」と振り返ると「絶対将来、おっちゃんの会社来てや!ミライ ミライ ミライ人間洗濯機くらい作ってやと言ったら『絶対作る!』と言ってくれて。泣きそうになって、すぐ泣くから俺」と語った。
ボタン一つで未来をつくる人へのタスキ。万博が成功したというなら、このタスキの継承こそ称えられるべきだろう。少年が作る未来のボタンは何を実現してくれるのだろうか──。
(『ABEMA的ニュースショー』より)