石川県輪島市郊外の仮設住宅。水色のキッチンカーがとまり、男性が料理を販売している。人気商品は煮しめや昆布巻。1人がいくつか買う時もあるので、商品が売り切れていることもしばしばある。
商品がなくて残念そうな顔をするお客さんに「今度持ってくるね」と話し、「結構もってきたんだけどな」と予想を上回る需要に驚く姿もあった。
紙浩之さん、56歳。もともとは輪島市にある朝市エリアで食堂を営んでいたが、2024年元日に起きた地震とその後の火災により店を失った。1年余り経った今年3月、購入した中古のキッチンカーで仮設住宅を回り始める。
不自由な生活を続ける人たちに新鮮な魚や温かい食べ物を届けるためだ。
2025年8月。紙さんは重大な決断をした。2027年3月にも朝市エリアでのオープンを予定する「賃貸型商業施設」への出店に応募しないことを決めたのだ。
200以上の露店が立ち並び、年間数十万人が訪れる人気の場所だった輪島朝市。その再建の第一歩となる、商業施設への出店を断念したのである。
輪島を愛し、朝市を愛した食堂店主の苦渋の決断。
今もキッチンカーで仮設住宅を回り続けている紙さんが語った真意とは。
(テレビ朝日報道局・大場美優)
朝市は“誰もが気軽に働ける場所”
震災から2週間後、紙さんはSNSにそう投稿した。10日間ほど、何も考えられなかったという。
しかしさらに3週間後の2024年2月、輪島を取材していた記者に紙さんはある気持ちを語った。
紙浩之さんの店「朝市さかば」は朝市で買った食材を持ち込めば格安で調理することが話題になり、テレビにも紹介され、行列ができる人気店だった。
店にはアルバイトに来る高校生などがいて、子どものいない紙さんはわが子のように思っていた。
朝市は、誰もが気軽に働ける場所。そんな魅力を感じていた紙さんは、若者のチャンスの場として朝市を復活させて残してやりたいと思うようになった。
朝市が元気になるまで、キッチンカーからでも始められないか。紙さんは焼け跡がまだ残る輪島朝市エリアで、そう語っていた。
2025年3月、紙さんはキッチンカーを走らせ、輪島市の中心地から40分ほどの輪島市町野町にある仮設住宅でその場で捌く刺身や煮物、焼き魚など仮設住宅では作るのが大変な料理を販売している。
キッチンカーで魚をさばき、見に来たお客さんたちに魚を説明する姿もあった。初日にも関わらず煮しめが売り切れ、まだ寒い3月の輪島では温かい豚汁が人気だった。
キッチンカーでできることから始めている紙さん。キッチンカーをやりながら朝市の再建計画に関心を寄せ続けていた。
朝市エリア 復活の協議は
その輪島朝市エリアに関しては、露店を管理する朝市組合や商店街を管理する本町商店街などによる話し合いが続いていた。どんなものをどこに作るか。
露店を出していた朝市組合は、現在ショッピングセンターの中で露店を開いている。
震災直後について、朝市組合の冨水長毅組合長はこう振り返る。
その後、現在のショッピングセンターでの出店が決まったという。今まで続いていた対面での販売が再開され、また地域の人々の交流の場になった。
しかし、朝市エリアを復活させる案では、本町商店街については輪島市が元の場所に建物を建てることが決まっていたが、朝市組合の露店については場所が定まっていなかった。
本町商店街を管理する商店街連合会の高森健一会長は悩んだ表情を見せた。
朝市組合の露店は、元の朝市通りではなく、離れたところに常設される案も出ていた。
本町商店街と朝市組合がどう協力していくか。朝市エリアを復活させ、盛り上げたい気持ちは同じだったが、どのエリアでどうやるかなどの細かいことの話はなかなか進まなかった。
こうした中で、本町商店街は店舗の出店希望を募った。期限は2025年8月20日。
紙さんは、出店希望を出すかどうか悩んだ。
紙さんは“市民の台所”と呼ばれる輪島朝市の魅力を語った。
朝市の復活を望んでいる紙さんだったが、最終的に出店希望を出さなかった。
今回の募集の段階では、紙さんの理想である「誰もが気軽に商売できる朝市」になるのかは見いだせなかった。
それでも元の輪島朝市の復活の希望は捨てておらず、キッチンカーを続けながら、これから朝市がどうなっていくか見ていくと話してくれた。
「あっという間の…」
町野町は病院も遠く、車を走らせなければ行けない距離にある。輪島市ではいまだ7972人が仮設住宅で生活している(10月8日時点。みなし仮設住宅含む)。
2025年10月。この日も紙さんは、輪島市町野町の仮設住宅にキッチンカーを停め、料理を販売している。
キッチンカーの到着後にすぐ買いに来る、すっかり常連になった高齢女性は紙さんに話した。
キッチンカーが来ることで、仮設住宅の地域の交流のきっかけにもなっているようだ。
紙さんは仮設住宅をキッチンカーで回る意義についてこう話す。
スーパーなどが遠くて不便な思いをしている人に、紙さんは食事を届けたいという思いのもと、紙さんは町野町の仮設住宅でキッチンカーを続けている。
朝市が開かれていた場所を訪れた紙さん。周囲を見渡しながら話す。
朝市エリアでは現在も復興へ向けた話し合いが行われている。
本町商店街は2027年の春に再オープンの予定だ。露店をしていた朝市組合の人たちは今後、大屋根の下に販売スペースを作る予定だという。
朝市組合の冨水長毅組合長はそう語った。
紙さんが思い描く輪島朝市の姿になっていくだろうか。











