千葉・市川市のある判断が物議を醸している。市役所に展示されていたプロカメラマンの写真が、1件のクレームによって撤去されたからだ。問題となったのは8月の花火大会で披露され、ギネス認定された花火の写真で、カメラマンから無償提供されたもの。これを展示した翌日、「プロ写真家の作品を名前入りで掲示するのは宣伝につながりかねない」とクレームが入り、市は「不快と感じた人がいた以上、写真は差し替えるべきだと判断」と説明した。ただし、この対応についてはネットを中心に、やり過ぎだという声が見られている。
過去にも警察や自治体が、女性VTuberやキャラクターとタイアップした際に「性的すぎる」などの抗議を受け削除、もしくは公認撤回という事態に発展したことがある。ただし“キャンセル”された側にも言い分はある。「ABEMA Prime」では、実際にキャンセルされた当事者などに話を聞いた。
■1件のクレームで作品撤去はやりすぎ?

市川市が1件のクレームにより、展示物を撤去するという対応は、周囲からどう見えたのか。キャンセルカルチャーに関するシンポジウムを企画したエンターテインメント表現の自由の会・坂井崇俊氏は「ほとんどの人から”やりすぎだ”と思われると思う」とし、「行政に頑張ってほしかった。特に、人の不快はやっぱり主観。役所として全ての人の不快に応えることはできない。ならば、どこかで主体的な判断が求められたのではないか」と述べる。
過去、キャンセル事案についての記事を執筆した経験があるコラムニスト・河崎環氏は、クレームに対応しすぎてきたこともあるのではと疑問を投げかけた。「キャンセルカルチャーを仕掛けた側の動きをまとめて記事にすることが多かったが、その時に私は『なぜ取り下げるのか』と思った。私たちがこの表現を選んだのには理由があると言って、認めるものがあれば修正版を出せばいいのに、取り下げてしまうことに呆気なさも感じた」と述べる。
さらに「消費者目線で、匿名であっても意見が出て、それが可視化されることはいいと思う。ただ、本当にキャンセルされて視界から消えた時、火をつけた人は満足しているのか。『あ、消えたわ』くらいにしか思っていないのでは。消えたら消えたで、また次に何か気に入らないものを同じように叩く人に対して、そんなに真摯に対応すべきなのか」とも述べた。
これに坂井氏は「見ていると『キャンセルさせてやったぜ』というのはあるようだ。自己実現というか、自分にとっての理想の社会、理想の世界像に一歩近づけてうれしいのだと思う」と、キャンセルさせる側の心理を想像する。ただし、改めて市川市の対応については「即キャンセルは、どう考えてもやりすぎ。SNS時代なので、すぐに判断をしなければいけないというのもあるが、今議論になっているのは表現の自由、ジェンダー、公共性の3つ。このバランスをうまく取りつつ、表現が萎縮してしまうようなことは避けたいし、一方的なキャンセルから守っていきたい」と語った。
■炎上に巻き込まれた当事者の思い

海外のメディアからも取材が入るほど、このキャンセルカルチャーに巻き込まれた当事者がいる。三重・志摩市をPRするために作成された海女をモチーフとした萌え系の女性キャラクター「碧志摩メグ」を生み出した浜口喜博氏だ。碧志摩メグは2014年に誕生、志摩市の公認キャラクターとして発表された後「半年ぐらいは全く炎上していなかった」が、翌年に「未成年女性の性的なものを表現し、公共の場所で公開していることは疑問」といった署名が309筆集まった。これに市は「好意的な意見も多くデザインを変更したい」と対応したが、伊勢志摩サミットを翌年に控えていたこともあり、国内外のメディアで報道され、さらに炎上。最終的には、作成した浜口氏の意向もあり、市は公認を撤回した。
自ら市に公認撤回を申し出た浜口氏は「キャラクターは女性のファンも多かったし(モチーフにした)海女さんも受け入れる体制にはなっていた。ただ外部の人から、海女さんたちが非難を浴びることになった経緯もあり、これは本意ではないと私の方から公認撤回にした」と語る。炎上騒動を取り上げた国内外のメディアは、1カ月で100社を超えたという。
署名では「女性の性的なものを表現」としたが、浜口氏はあえてそこを狙っていたものではないと否定する。萌え系の女性キャラが若者に広く受け入れられていることを理由にあげた。「私はもともとバイクレーサー。鈴鹿8時間耐久レースというものがあるが、若い子たちが知らなくてものすごくショックだった。若い子のカルチャーを取り入れないと衰退すると思い考えたのが、アニメとのコラボ。『ばくおん!!』というアニメとのコラボで『痛バイク』を走らせたら、すごく効果があった」と経験を語る。
さらに碧志摩メグの作成にあたり、男性スタッフが女性を性的に描こうとしたという見られ方について「一緒にプロデュースしたスタッフには女性の方もたくさんいる」と説明。性的すぎるという指摘に、キャラクターのバストサイズを調整したり、スカート丈も長くしたりと対応はしたが結局、炎上は収まることがなかったと振り返った。
■キャンセルカルチャーを乗り越えることも

市の公認は撤回されたが、碧志摩メグは今も伊勢志摩市を盛り上げる非公認キャラクターとして存在し、さらに人気を高めている。浜口氏も「キャンセルされたとは思っていない」と胸を張る。当時は行政もキャンセルカルチャーに敏感だったことに理解を示し「公認を撤回し、非公認として再び民間のキャラクターとして立ち上げた。2015年から始めて10周年になるが、今や三重県を代表するキャラクターに成長した」と、炎上を乗り越えた貴重な事例になっているという。
AICX協会代表理事の小澤健祐氏も「継続することによってキャンセルされそうになったけどキャンセルされなかった。『キャンセルされなかった界隈』だ。こういう事例がもっと広がっていくと、このキャンセルムーブに対抗するやる気や勇気が出る」と評価する。
また坂井氏は「キャンセルしろという声は届くが、キャンセルしたことに毅然と対応した自治体、企業に『おめでとう』『ありがとう』『よくやってくれた』というようなムーブメントは、まだまだ少ない。ネガティブな声だけではなく、応援してあげようという事例もある。そういう応援をもっとしなければいけないと思う」と添えた。 (『ABEMA Prime』より)
