警視庁は13日、会社の株券を偽造して裁判所に提出した疑いで、男女3人を逮捕しました。警視庁は、3人がこの会社の乗っ取りを図ったとみて調べています。なかでも松澤泰生容疑者は、巨額のカネが政界に流れ込んだとされる30年以上前の東京佐川急便事件でも暗躍し“稀代の詐欺師”などと呼ばれる人物でした。
“稀代の詐欺師”逮捕 会社乗っ取りか
逮捕されたのは、証券業界で“稀代の詐欺師”とも呼ばれる松澤泰生容疑者(74)。そして、澤田洋一容疑者(76)。齋藤ゆかり容疑者(60)。全員、職業不詳です。警視庁は、3人が会社の乗っ取りを図った疑いがあるとみて調べています。
事件の舞台となったのは1978年に設立された『ハナマサ』。肉のハナマサは別会社に譲渡されていて、今は不動産管理事業が中心です。かつてハナマサの社長を務めていた男性が取材に応じました。
「本当に私が知らないうちに会社の登記が勝手に変えられて。知らない人物が社長になって。そのうえに当社の有数な資産である土地を勝手に売られて。しかもその売られたお金に関しても外部に勝手に流出してしまった」
2009年に、次の社長に経営を任せますが3年前に亡くなります。その後、別の人物が経営を担うようになってすぐ松澤容疑者がハナマサに出入りするように。その4カ月後、一気に動きます。2022年12月27日、年の暮れのたった1日で。
まず松澤容疑者は、ハナマサが埼玉県に所有していた10億円を超える土地を勝手に売却。自身の会社の口座に8億円ほどを送金しました。土地を売ると今度は法務局に出向いて、自らをハナマサの代表取締役として登記。実際には行われていない臨時株主総会の議事録を証明として提出しました。
「衝撃っていうよりも、何が起こったのかよく分からなかったのが正直なところ。松澤という人物はプロなんだなと感じている。きちんと会社の内部について管理監督を怠らないようにしていれば、やはりこれは防げるものだったと反省している」
そこから松澤容疑者は、かつてのハナマサの代表と株主権をめぐり民事裁判で争うことに。この裁判での出来事が今回の逮捕容疑です。松澤容疑者は裁判所に嘘の書類を提出した疑いが持たれています。1つは全株式を譲り受けたとする株式譲渡契約書。もう1つは市場には出回っていないハナマサの株券です。これらの書類は、裁判を有利に進めようと澤田容疑者や斎藤容疑者と共謀して偽造したとみられています。容疑者らによって偽造されたとみられる株券には、しっかりエンボス加工まで施されています。
ハナマサは2010年以降、株を売却していないのに裏面には令和の日付で松澤容疑者の名前がありました。ただ、この事件だけで“稀代の詐欺師”と呼ばれているわけではありません。
政界揺るがす事件で かつて暗躍
東京佐川急便事件。平成の初め、日本中を憤らせた政治とカネ事件です。選挙の資金として東京佐川急便の社長から5億円が提供されたことが明らかになりながら、自民党の大物政治家・金丸信氏は罰金20万円の略式命令にとどまりました。
「非常にご迷惑をかけたことを心からおわびを致します」
(Q.今後の進退については)
「…」
庶民の生活とかけ離れた多額の金の流れ。政治不信が強まり、金丸氏は議員辞職しました。自民党の最大派閥だった竹下派は会長の失脚で分裂。一部が離党し、翌年、自民党が初めて下野するきっかけとなりました。
この事件に関わっていたのが松澤容疑者です。当時、宝石ブローカーなどをしていた松澤容疑者は、東京佐川急便の社長に接近します。政治家との付き合いのため、表に出せない金を必要としていた社長から株取引などを請け負い、その利益を戻す“裏金づくり”の役割を担いました。
松澤容疑者が東京佐川急便から得たのは総額245億円。バブルの末期、金の一部は、アメリカ・サンフランシスコのリゾート不動産投資にもつぎ込まれましたが、うまくはいかず、ほとんどを失ってしまいます。
松澤容疑者はどんな人物なのでしょうか。
「人をたらすのはうまいと思う。『今度飲みに行こう』と言われて、この人はそうやって飲みながら親しくなっていく人なんだなと。すごみはない。何をするか分からないかもしれないのはある」
社長の懐に入り込み、政界工作の裏金となる億単位の金を動かした末に待っていたのは、1992年2月、特別背任容疑での逮捕。懲役5年の実刑判決を受け、一時、刑務所で過ごしました。
財界関係者がささやく、もう一つの異名は“資本のハイエナ”。出所後も経営者らに近付き、金を手にする生き様は変わらなかったようです。
2000年には、中華料理店『東天紅』をめぐる事件も起こします。株価をつり上げ、売り抜けて利益を得るため「東天紅のTOBを発表する」と虚偽のファックスを記者クラブに送り付け、“風説の流布”容疑で逮捕されました。東京簡裁は罰金50万円の略式命令を出しています。
今回のハナマサが狙われた事件。松澤容疑者ら3人の関係性について、警視庁は、もともとの知り合いだったとみているということです。3人の認否は明らかにされていません。
業務上横領容疑も視野に捜査
取材にあたっている社会部・警視庁キャップの石出大地記者に聞きます。
(Q.数々の事件に関与していた松澤容疑者の逮捕。警視庁内でも悪名は高かったですか)
「取材をした捜査幹部の1人は『久しぶりに名前を聞いた。まだいたのか松澤は』と話していました。今回、名前を聞いた時、部内はざわついたということです。30年前は松澤という名前を知らない捜査員はいないほどの大物で『会社を食い物にしていて、ややこしい事件には松澤が大抵一枚かんでいる』と溜息交じりで話していました」
(Q.今後の捜査はどのように進んでいきそうですか)
「警視庁としてのゴールは、松澤容疑者をより罪の重い、業務上横領容疑で立件することです。今回は10億円を超える土地を売って、自分の口座に8億円ほどを送金したことが横領にあたるとみています。ただ、今回の事件は会社の金を使い込んだといった一般的な事件ではありません。偽造した株券や株式譲渡契約書を裁判所に提出したほか、登記の名義を変えたり、また複数の人物を介すなどした複雑で巧妙な手口で横領したとみています。だからこそ『松澤容疑者ならではの複雑に糸が絡み合った業務上横領事件だ』と話す捜査幹部もいました。その糸をほどくために最も表面化していたのが、今回の逮捕容疑である株券などの偽造でした。証拠が固い容疑で立件して、関係先への家宅捜索や携帯解析などで本来の目的である業務上横領容疑を固めていきたいとしています。ただ『過去の事件を見ていても、松澤容疑者が関連した事件に簡単に捜査できるようなものはなく、証拠を残しているとは考えにくい』と話す捜査幹部もいて、ハードルは低くはないようです」














