社会

ABEMA NEWS

2025年11月29日 11:00

優秀な日本人研究者が海外に“頭脳流出”する是非 トップクラス研究者「若いうちに海外に行くべき」「日本とアメリカの大学の違いは層の厚さ」帰国後に活躍できる環境整備の重要性

優秀な日本人研究者が海外に“頭脳流出”する是非 トップクラス研究者「若いうちに海外に行くべき」「日本とアメリカの大学の違いは層の厚さ」帰国後に活躍できる環境整備の重要性
広告
1

 2025年はノーベル生理学・医学賞を大阪大学・坂口志文特任教授、ノーベル化学賞を京都大学・北川進特別教授が受賞した。1949年に湯川秀樹さんが物理学賞を受賞して以来、日本は自然科学分野では受賞者数が世界5位に入る、ノーベル賞大国になっている。ただ、受賞者たちは日本における基礎研究や若手研究者への支援が足りないという懸念を持っている。日本の大学の研究開発費はアメリカ、中国に大きく差を広げられ、質が落ちているという指摘もある。

【映像】その差歴然!大学の研究開発費(世界比較)

 「ABEMA Prime」では、海外に活躍の場を求めた研究者たちから、世界の中での日本の立ち位置や、海外に出ていくことへの意味合いを聞いた。そこでは日本の大学が抱える課題なども語られた。

■日本とアメリカ、大学の違いは「層の厚さ」

野村泰紀氏

 バークレー・ラインウェバー理論物理学研究所所長・野村泰紀氏は素粒子・宇宙論が専門。著書に「95%の宇宙解明されていない“謎”を読み解く宇宙入門」などがある。東京大学理学部物理学科を卒業した後、2000年に大学院に進み博士課程を修了すると、2003年にカリフォルニア大学バークレー校教授に。その後、現職に至る。アメリカを拠点にしてから、もう25年以上にもなる。

 日米の大学による研究レベルの差はどれほどのものか。「トップの大学は日本もアメリカも同じ。ただ人口比以上に、層の厚さが違う。私は夏場の2カ月は毎年、理化学研究所にいて、そこには日本の優秀な科学者がたくさんいる。だから、日本では研究ができないということもない」。

 それでもやはりトップレベルの科学者が集う海外に渡る経験は必要だと勧める。「若いうちに行った方がいい。すごく業績がある人は別だが、若くないと『ちょっと行きたい』では行けない。若いうちに行って、世界がどう動いているか、どんな人間がいるのかを見てから、日本に戻ることは絶対に意味がある」。

 野村氏が感じるのは、トップグループではない大学のレベルの差だ。「トップクラスであれば、研究費もそんなに違いはない。ただしアメリカはトップ6大学のようなところが常に競っていて層が厚いのに、日本はそこから急速に(レベルが)落ちてしまう。またアメリカでは、トップの研究者がいろいろな大学にいるが、日本はトップクラスではない大学が(優秀な)研究者を採用しない」。アメリカでは多く大学で優れた研究者が育つ環境がある一方、日本ではごく限られた大学になることを指摘した。

 近畿大学情報学研究所所長・夏野剛氏は、アメリカでは大学だけではなく研究者同士の競争も激しいと述べる。「日本だと助手、助教授、そして教授になってずっと同じ大学にいるようなことがある。ただアメリカでは常に競争だ。その分、(大学内で)負けた人でも違うところで拾われ、敗者復活がいくらでもある。日本の大学は教員もずっといる人を切れないので、逆に新しい人のチャンスもない。流動性が低くて競争が起きないために、論文もあまり出さない」と、日本の大学の停滞感について言及した。

■海外の研究者で繰り広げられる激しい競争

島袋隼士氏

 中国の雲南大学西南天文研究所准教授の島袋隼士氏は、宇宙の進化を理論的に調べる研究をしている。東北大学理学部を卒業した後、名古屋大学大学院を修了。その後はフランス・パリ天文台、中国・精華大学でポスドク(ポストドクター/任期付き研究員)として過ごした後、2019年から現在の雲南大学で准教授のポストについた。

 雲南大学に勤めるまでの経緯について、島袋氏は「ポスドクは期間があるので、やはり安定したポジションが欲しいと思った。そんな時に応募した雲南大学で、任期なしのポジションを提示されたので中国に移った」と語る。給与としては、十分暮らしていける程度ではあるが、突出して高待遇というわけでもない。むしろここでも競争の激しさが見て取れる。

 また「中国で研究費の申請書を書いたが、競争がものすごく激しくて、今回の研究費の採択率は10%を切るというレベルの戦いだった。今は安定したポジションでもあり中国の研究環境はいいが(ともに研究する)学生に対しての給料を払わないといけないし、そのためにも研究費を取らないといけない。だからこそ研究費獲得のプレッシャーはすごい」と、安定したポストについたからといって、常に競争にさらされる状況は変わらないとも述べた。

■日本の研究者、どこで活躍すべき?

世界論文ランキング

 今後、日本の大学や研究者たちは、どのように活躍していくべきなのか。野村氏は、改めて若いうちに海外で挑戦し、その上でそのまま滞在するもよし、帰国するもよしという選択肢を持つことを推奨する。「若いうちに世界を見ることは、絶対にした方がいい。それで残れる人、残りたい人は残ればいいし、日本に帰ってきて貢献したい人はそうすればいい」。また、その動きを日本から見て“頭脳流出”と考えすぎる必要もないと語る。「海外に行った後、全員が帰ってきてしまったら(現地と)直接のパイプがなくなる。例えばアメリカがこの先、ずっとトップにいるかわからないが、もしそうだとしてその場に日本人がいることのメリットはすごく大きい」とした。

 一昔前とは異なり、ネットが普及した今では発表された論文は、その日のうちに全世界の研究者が目にすることができる。それは日本でも変わらない。ただし論文を書いている現場では、今どの研究者がどんな論文を書いているかがリアルタイムで把握することができ、既に違う論文に向けて動き出している。このタイムラグが大きいことを、アメリカで活躍する野村氏は熟知している。誰一人、日本人が海外から引き上げてしまえば、最先端の研究を進める“インナーサークル”の輪に、ますます入れなくなってしまうと危惧した。

 また島袋氏も同様の意見を持つ。「海外に挑戦することで、コネクションを作ったり、最先端でどういうことをやっているかを学んで、それを海外で活かすのか、あるいは日本に戻るのかという選択肢はありだと思う」。また日本には優秀な研究者が多くいるにも関わらず、安定しないポスドクという立場にいるケースも多いことに触れた。

 「そういう人たちは海外に行ったら、テニュア(自由な教育研究活動を保障するための終身在職権)のポジションを取れるぐらい優秀。でもなぜ海外に行かないかといったら、それは家族が一番の問題。研究者であっても、その前に人でもあるので、ワークライフバランスなども考えないといけない。そう考えると、一概に海外に行った方がいいとも言い難い」とも語った。

 科学ジャーナリストの須田桃子氏は、日本の大学における研究者の待遇改善が必要だと訴える。「日本では、本当に優秀な人が安定したポストに就けないことが非常に大きな問題だ。取材した理化学研究所のケースでも、4年や5年の研究で億単位の外部資金を取ってくるような人、それだけ成果も出してるような人でも『10年だから』と機械的に雇い止めにあってしまうようなことが、何十人もあった。能力があって意欲もある、日本で研究生活を続けたい、そういう人が安定したポストにつける環境を作るのが大事だ」。 (『ABEMA Prime』より)

広告