愛知県内で先日、犯罪被害者の支援を目的とした講演会が開催された。壇上に立ったのは子ども2人を殺された市川武範さんだ。
【映像】拳銃で殺された22歳長女と16歳次男の“生前の姿”(実際の映像)
事件は2020年5月26日、長野県坂城町で起きた。自宅のガラス戸を割り、押し入った男が、長女・杏菜さん(22)と、次男・直人さん(16)に向けて拳銃を発砲。仕事から戻った市川さんは、変わり果てた家族の姿を目の当たりにした。
その後、2人は病院に搬送されたが、医師からは「今の医療では何もする事ができない」と伝えられた。「『もう助からないのだから頑張らないでいいよ』『でもそんな事を思うのは父親として失格じゃないか』。そんな戦いの中で最期までを過ごした」(市川さん)。
長女と次男は病院で息を引き取ったが、犯人もその場で自らの頭を銃で撃ち、自殺した。警察の捜査により犯人は暴力団員の男(35)で、その元妻と、事件当時不在だった、市川さんの長男との関係を疑っていた。しかし実際の2人は顔見知り程度で、勘違いによる犯行だったという。
目の前で愛する我が子を殺された市川さんの妻は、重度のPTSDを発症した。妻が2人の後を追いたがり、家にひきこもることも多いため、市川さん自身も働くことができない。犯行現場となった自宅も、住むことも売ることもできず、ローンだけが残る。被害者遺族への給付金は、わずか680万円だ。
さらには、犯人が暴力団員ということもあり、市川家も誹謗(ひぼう)中傷を受けている。「100%被害者であるにもかかわらず、世間から受ける風はこんなにも冷たいものなのか。悲しみと悔しさと貧困の日々だ」と語る市川さんと、『ABEMA Prime』では被害者遺族の現状と、必要な支援について考えた。
■市川さん一家が巻き込まれた事件

市川さんは事件当時を「私は勤務先で仕事をしていて、犯人が襲撃した時刻は、ちょうど自宅に帰る時だった。車に乗り込もうとした23時12分に長女から着信があり、助手席で電話に出たら無言だった」と振り返る。
実は犯人は事件前に、自身の元妻と、市川さんの長男が一緒にいるところを見て、その場で殴りかかっていた。この件により、傷害容疑で逮捕状が出たが、その2日後に銃撃事件が起きた。「被害届を出した時、警察から『犯人から示談の相談があったら連絡して』と言われていた。示談に来た犯人とのやりとりを、娘が気を利かせて流した電話かもしれないと思ったが、こんな時間にそんなわけがない。何かあったと危険を感じて、自宅へ向かった」。
そして自宅に着いたが、「犯人が居るのか、仲間と一緒かすらもわからない。自分が襲われるかもしれないと裏に回ると、少し進んだところに、見知らぬ白いセダンが止まっていた。表通りの駐車場から警察に電話して、ちょっと離れたところに車を止め、携帯電話だけを持って玄関から入った」という。
まず目に飛び込んだのは、長女の姿だった。「寝室で倒れている次男を見て、リビングへ行くと、見知らぬ男も倒れていた。しかし妻の姿は見当たらない。119番通報しようとしたところ、近所に助けを求めていた妻から電話があった。いったん切って、119番をかけながら周囲を警戒しつつ歩いていると、とぼとぼ歩く妻と落ち合った」。
その時には「犯人の仲間が潜んでいるかもしれない。見知らぬ男も生きているか死んでいるかわからない。発作を起こしているだけで、起き上がってくるかもしれない」といった不安に包まれていた。
一方で市川さん自身は、冷静さを保っていたといい、「『警察は張り込み捜査をしていたのではなかったのか』と思った。パトカーの1台でも置いていれば、防げたかもしれない事件だった」と語る。
■家族を失ったのちに感じた“二次被害”

家族を失ってもなお、市川家への“二次被害”もあったという。「公営住宅への一時避難を希望したが、警察署が管轄する自治体では『加害者が暴力団員だから』と断られた。『他の住民が再被害に巻き込まれることを防ぐため』という理由だったが、私たちが被害を受ける可能性について、担当者は触れなかったそうだ」。
警察の対応は「支援を直接担当してくれた現場の警察官は手厚かった」としつつ、「県警の対応には問題があった。子ども2人の名前が報道されるのは、仕方ないかもしれないが、ある専門家からは『家族の名前も公表するなんて聞いたことがない』と言われた。私の名前を警察が発表したから、報道機関もそのまま出したのだろう。ただ、その二次被害は大きく、職場復帰の妨げになった」と話す。
メディア報道も、被害後の心の負担になった。「『捜査関係者によると、長男と元妻の間に女性トラブルがあったと警察官が述べた』という新聞記事を目にした。記者はそのまま書いたのだろうが、それが原因のひとつになった。“元妻”は犯人目線であり、長男からすれば同じ会社に勤めているが、別部署の女性社員でしかない」。
遺族給付金が680万円だったことには、「2人の命はこれだけなのかと思った」と肩を落とす。「警察担当者からは、『加害者側から見舞金や賠償金を受け取ったら、それを680万円から差し引く。加害者側が謝罪してもしなくても、遺族が受け取れる金額は決まっている』と言われた。それを聞いて、より深く傷ついた。給付金と加害者の謝罪は別物だ。制度に問題があり、公的機関からの二次被害だと感じる」。
■「長男を責める誹謗中傷はもうやめていただきたい。悪いのは犯人1人」

事件から5年が経過しても、心の傷は癒えない。妻の現状は「大きな音におびえて耐えられない。1人にしておけず、集中力も保てない。自死を防ぐために、刃物やガスから避ける生活をしていた。今はそこまでひどい状態ではないが、たびたび崩れる」と説明する。
そして今年の夏には、「妻から『犯人のやつ、逃げやがって。地獄に落ちても呪い続けてやる、呪い殺してやる』という、衝撃的な言葉を聞いた」という。「被害者遺族は少なからず、このような思いになる。妻はまだ、その苦しみがうずまく中で、生きるつらさを抱えている」。
市川さん自身は「傷ついた妻と、誹謗中傷を受けている長男を支えられるのは私しかいない。私が崩れるわけにはいかないという思いだけ」を原動力にしている。「傷ついた心が癒えるのには、時間が必要だ。まだ先は続くため、経済的な支えが欲しい。それなしに、心は立ち直らないと、はっきり言える。助けを求める過去の被害者に対しても、さかのぼって経済的支援をしてくれる制度があれば助かる」。
市川さんの強い思いはひとつ。「長男には全く過失がないと公安委員会が認めている。長男を責める誹謗中傷はもうやめていただきたい」と求める。「悪いのは犯人1人。そのことを踏まえた上で、被害者をこれ以上苦しめることは絶対しないで。本人を目の前にしても、そんなことを言えるのかと、踏みとどまった上で投稿して欲しい。むしろ、大切な家族を失った被害者を応援する気持ちを持って接してもらえるとありがたい」。
(『ABEMA Prime』より)
