「マグロ漁船」といえば、かつては借金取り立ての追い込み先として、たびたび話題に上がっていた。しかし、そんなネガティブなイメージを払拭しようと、新たな試みが行われている。国内屈指のマグロ水揚げ量を誇る、静岡県の清水港で取材した。
マグロ漁船を前に「世界中の海に行ける遠洋漁船だ。長さは50mほどある。乗組員は25人ほど乗って生活している」と説明するのは、日本かつお・まぐろ漁業協同組合 船員職業紹介所の佐藤康彦所長だ。
「よく言われるのが『借金のかたに乗せられる』『何かやらかした人が乗せられる』。イメージはどうしても未だに少しある。大変な寒さや波をかぶりながらマグロを引き上げるところが危険といえば危険だが、そこは漁労長、船頭が安全第一に考えて操業し、安全を確保して仕事している」(佐藤所長)
佐藤所長は、新人乗組員の採用を担当している。「遠洋マグロ船は今、平均年齢60歳という高齢化が進んでいる。やはり若い人たちに来てもらい、幹部候補生として育って将来、機関長や船長になってほしいと思っている」。
新人乗組員にも話を聞いた。野崎練太郎さん(22)は「これはマグロを釣るときの縄。僕たちは“ブラン”と呼んでいるが、種類によって沈み方が違ったりする」と話す。直径10cmほどの針に、イカなどの餌をくくりつけるが、「魚の引っ掛かりが弱いと、パーンと飛んできたりする。顔とかに当たると、めちゃくちゃ痛い」という。
こうした苦労があっても、「結婚して赤ちゃんもいるため、自分も頑張らないといけない。船頭もやってみたいため、それまで頑張っていきたい」と意気込む。
とはいえ、遠洋マグロ漁は過酷だ。1回の航海は約10カ月で、大西洋のアイルランド、南アフリカのケープタウンなどのマグロ漁場に約50日かけて向かう。長さ150kmもの縄に餌をくくりつける延縄(はえなわ)と呼ばれる漁法で行われ、漁がある日は15時間以上連続でマグロを釣り続ける。
時には荒波に襲われ、漁場を約1カ月移動していく。過酷な現場である一方、給料は最低500万円が保証され、昇給やとれ高によるボーナスもある。20代でも1000万円を稼ぐ人もいるという。
「実際は若手が今どんどん集まってきている。絶対にやりがいはあり、陸で働くよりも高収入を目指せる。ぜひチャレンジしてほしい」と呼びかける佐藤所長は、過酷だけではないマグロ漁船のリアルを知ってもらいたいと、YouTubeやSNSで積極的に発信している。
マグロ漁船員の日常を撮影した動画は、約24万回再生を記録している。人気の理由は意外な生活ぶりだ。動画では部屋の中を見せつつ、ベッドが悪くて腰が痛くなったので、新しいマットレスを購入したと紹介。家族写真のあるスペースは「唯一の癒やし空間」だという。
宿直の部屋は2人ずつの個室になっていて、布団クリーナーや除湿機などの最新家電も持ち込み自由だ。洗濯コーナーでは、水が貴重のため海水で洗っている。ちなみに、お風呂も海水だ。海の上だがWi-Fi環境も完備されている。
動画に出演していた加藤弘樹さん(31)も、4年目の新人漁師だ。「ぶっちゃけイメージはすごく悪かった。周りの人からも『借金したの?』とか言われたが、実際に乗ってみたらそんなこともない。Wi-Fi環境も整い、プライベートスペースが確保されていて、問題はなかった。達成感は、釣りきって日本に帰ってきて、『これ自分たちで釣った魚だ』とやりがいが出てきた」。
いまでは幹部候補生として、中心メンバーになった加藤さんだが、初めは戸惑いの連続だったという。「ストレスや自分との戦いになり、『辞めたいな、逃げ出したいな』という時期は結構あった。?60°ぐらいある冷凍室で、寒いし、痛いし、眠いし、疲れているしが重なっていて、それが仕事の中で一番しんどかった。『1回乗ってしまったら逃げられない』みたいな。イメージは悪いかもしれないが、それが逆に『乗ったらやるしかない』みたいな」。過酷な労働環境に耐えられなくなった時、退職できるが、海の上ではそう簡単にはいかない。
鹿児島県でマグロ漁船を運営する、串木野まぐろの上夷和輝社長は、「(向かない人は)わかる。『うちの会社で本当に覚悟があるのか』をまず聞く。そこまで覚悟がないなという方は、面接しないでお断りする部分もある。必ず乗る前には、親御さんと1回面会して、会食などをしながら、『これからの遠洋マグロ漁業の幹部として、我々は受け入れて、頑張ってもらいたい』と親御さんたちにも理解をしてもらい、ますますこの業界を盛り立てていければと考えている」と語る。
しかし、そこまで入念な面接をしても、漁の途中で挫折し、飛行機で帰国してしまう乗組員もいるという。「今は『借金を作ったから返済する』など中途半端な考えを持った人はお断りしている。『やはり将来、幹部船員として、やりがいを持って働きたい』という人を募集している。そういう人には乗ってもらいたい」(佐藤所長)。
さらに、今と昔の違いについて「30〜40年前はマグロ船が1000隻くらいあり、全員日本人だった。ただ今は130隻ほどに少なくなり、(船員25人中)日本人が6〜7人で、後はインドネシアの仲間。乗ったら日本人には幹部になってほしいし、若い人は全員幹部候補だ」という。
船内での年間スケジュールは、「静岡県の清水港や、宮城県の気仙沼港を出港すると、漁場に行くのにクロマグロ操業だと40日ぐらいかかるため、往復3カ月はペンキを塗ったり、漁具を作ったり程度だ。操業がなく、逆に『退屈すぎる』とサブスクを見たり、大画面でレーシングゲームをしたりする」「実際に操業するのは5〜6カ月ぐらいで、その間3日に1回は寝不足になる。投縄作業などがあると(睡眠が)3〜4時間の時もあるが、ずっと続くわけではなく、漁場移動の期間とか10カ月乗ったら2カ月は休み」だそうだ。
4年目の加藤さんは現在、3年の乗船を終えて、休暇中だという。一番つらかったのは「1年目の船酔い。2カ月くらいは吐き続けていたが、急に仕事が始まったら、ピタッと止まった」としつつ、船内の部屋については「幹部候補は1人部屋が多いが、新人は相部屋になる」と明かした。
幹部には3年の乗船履歴が必要となるとして、今は「その3年を終え、休暇を取りながら海技士免許を勉強中。(次に乗る時は)一等機関士の幹部として乗る」という。そんな加藤さんは、1年目の収入が「10カ月間で700万円」だったそうだ。収入以外でも「海や景色がきれいで、海外旅行にも行ける。魚がかかった時に、縄を引っ張る作業にはやりがいがあり、自信につながる」といったセールスポイントを語る。
女性船員の現状について、佐藤所長は「船内が広いといえども風呂場や寝室が分かれていないので女性は難しい。そこが将来的に分かれていけばいい」と語った。
そして、「仕事は確かに大変だが、やりがいもある。加藤さんが偉いのは親孝行で、帰国したら全額出して家族4人を沖縄旅行に連れて行った。そういう醍醐味もある。嫌だったら(船を)下りているだろうが、一等機関士を目指して勉強している。勘違いされやすい業界だが、ぜひチャレンジしてほしい」と呼びかけた。
※野崎練太郎さんの「崎」は正式にはたつさきの字
(『ABEMA的ニュースショー』より)
