いまSNSで「最近の若者は、すぐ正解を欲しがる」といった議論が盛り上がっている。例えば、上司に「とりあえずやってみて」と言われた若手社員が、「正解くれればコスパいいのに」と思い、上司に食い下がってヒントをもらうようにするのだという。
とはいえ、若者側からすれば「お望みのようにするから、答えを教えて」といった願いもある。SNSやAIで“正解”を求めやすくなっている状況もあるなか、令和の若者はどのように考えているのか。『ABEMA Prime』では、当事者と有識者とともに考えた。
■若者たちが避けたい「失敗」「失点」「評価ダウン」

IT系企業に務める社会人2年目、わたるさん(2002年生)は「正解があるなら最短でたどり着きたい」という考えに共感している。「仕事で議事録づくりを依頼された時、もし正解となるフォーマットがあれば共有して欲しかった。実際に書くと、『部署の決まりとして、最初に“自分の所感”を書いて欲しい』と求められ、であれば最初から教えて欲しかった。こうしたことが日常的に多くある」。
『若者恐怖症』などの著書がある、経営学者で東京大学大学院講師の舟津昌平氏は、「若者にヒアリングしても、『失敗したくない』とすごく聞く。自分の評価が下がったり、嫌われたりといった失点を恐れている。失敗した人たちの扱われ方も知られているため、『失敗から学ぶ』より『失敗をどう避けるか』になる。本や参考書も『失敗しない○○』が売れている。冷静に考えると『失敗しない』と『成功する』はイコールではないのだが、訴求力がある」と解説する。
“正解を欲しがる若者”が問題視されているが、「実は1970年代後半に、東大の先生が『学生が答えを求めてきて腹が立った』と書いていた」のだという。「周りの態度が変わった。50年前なら『先生はさすがだ』と言われていたが、今だと先生の方がたたかれる」。
時代によって、“正解”がわかってきた部分もある。筋トレを例に出し、「ある程度、すでに正解の方法がある。むしろ間違った方法で筋トレすると故障する。解明が進み、『これが正解だ』とわかるものなら、そのまま教えてあげればいい」と話す。
ネット掲示板「2ちゃんねる」創設者のひろゆき氏は、「若者の問題ではない。今の時代は1個の失敗で社会的にアウトになる。有名人でもXでの発言で仕事がなくなるため、失敗しないことが重要だ。失敗かもしれないことに挑戦するのはリスクが大きく、正解がわかるならそれをやる。若者ではなく大人でもそういう時代だ」と指摘する。
世間の風潮として「ワケのわからない時間を過ごす人を許容する余裕がなくなっている。履歴書に『大学卒業後、5年間ダラダラしていた』とあったら、就職はかなり厳しい。一般企業だと職歴やスキルで採用するが、ふわっと『面白そうだから海外をフラフラしていた』はキツい。企業も冒険できず、メディアも冒険できないから、若者も冒険しないという悪循環がある」と考察する。
■若い時の失敗は必要?求められる「正解の見極め」

パックンは、「アメリカでは不正解でも、論じ方や発想が良ければ、90点近くとれる。考え方自体を評価して、クリエイティビティーの余裕を残す教育をしていないから、成果が出ないと気持ち悪くなるのでは」と考える。
リディラバ代表の安部敏樹氏は「早いうちに失敗しないと、ギリギリのラインを見極められなくなる。本来なら教育課程や、10代後半〜20代ぐらいで小さな失敗をしておかないと、あまりいいキャリアを築けなくなってしまう」と語る。「仮説検証を繰り返しながら、正解に近づいていく力が一番大事だ。ただ、それは失敗と学びを繰り返さないと身に付かない。ずっと正解ばかりを学んだ人が、いきなりわからない分野に飛び込んでも成功できない」。
舟津氏は「正解を見極める能力は必要だが、例えばYouTube動画の再生数が多ければ、それが本当に正解なのか」と問いかける。「就活生が面接をYouTubeで勉強しても、その通過率は誰も実証できない。不安だから正解らしきものに頼る。自分で考える力があれば、見極めもある程度できるはずだが、その経験がないと『正解らしきもの』から、どれを選べばいいかわからなくなるのでは」。
そして、「社会の中の正解は、シチュエーションによって変わる。簡単に答えがわかる問いは、そもそも解く価値がない。『状況によって正解は変わる』と、丁寧に教えられていないと、正解の扱い方は絶対に間違える。安直に正解を求めると、ひろゆき氏の発言を切り取り、『簿記を取ればいい』『中国語はやらなくていい』と、誤解してしまう。しっかり考えるような教育課程を学校や会社でいかに持つかが問題だ」と話した。 (『ABEMA Prime』より)
