埼玉県熊谷市で16年間、ある事件の犯人を捜し続ける女性がいる。小関代里子さんの長男・孝徳さん(当時10)は2009年9月、自転車で帰宅途中に車でひかれて亡くなった。犯人はそのまま逃走したが、現場にブレーキ痕や車の破片はなく、目撃者もいなかったため捜査は難航した。
それでも小関さんは自ら調査を始め、同級生の保護者の協力を得て、現場周辺で通行する車のナンバーなどを記録していった。その結果たどり着いたのは、『犯人は地元の住民以外の可能性も?』ということだった。「生活道路で熊谷市民が多いと思っていたら、群馬県や東松山市(埼玉県)の人も通るとわかった」。近隣県にも足を運んで情報提供を呼びかけ、専門家協力のもとで事故も再現。すると「ひいた車は1台」とみられていた中、実は2台以上の車が関与した可能性が浮上した。
今も活動を続ける小関さんだが、危険運転致死罪の公訴時効である20年まで、残り約3年10カ月に迫っている。「いつもニコニコしていた。あまりわがままも言わず、土曜出勤でも『遊びに行きたい』とは言わなかった」という孝徳さんは、生きていれば26歳の青年だ。その悔しさは何年経っても消えることはない。
「時効制度がある以上は、息子をひき逃げして殺されたことも無罪になるし、何もなかったことになる。刃物で人を刺して殺した場合と、鉄の塊の車で殺して逃げていく行為の何が違うのか、わからない」
■「真実を知りたいという思いはずっと変わらない」
殺人や強盗殺人などの重大犯罪は、2010年の法改正により、時効が廃止された。先日も26年前の名古屋市主婦殺害事件の犯人が逮捕され、大きく報じられた。ただ「ひき逃げ」は期限が設けられたままで、小関さんは時効撤廃の署名を集め、何度も国に訴えてきた。
過去4度の署名提出を振り返り、「危険運転の見直しはされているが、死亡ひき逃げ事件は一度も議題にすら上がっていない」と訴える。「絶望があったが、『あの日の真実を知りたい』という思いは変わらない。犯人逮捕と死亡ひき逃げ事件の時効撤廃を切実に求めている。時効制度で一番恩恵を受けるのは、悪質なひき逃げ犯だ。やはり抜本的な法改正が必要だと思う」。

周囲からは「16年経っているので犯人は見つからないよ」「疑わしきは罰せずだから、諦めたほうがいい」と言われることもある。それでも「息子が殺されたことは間違いない。犯人が必ずいて、ドライバーとして運転し続けている可能性もある。時効によって『無罪になる』『罪を償わなくていい』となるが、撤廃すれば罪は消えない」と考える。
そして、「殺人事件の遺族と何も変わらないが、法務省に時効撤廃を求めても、『殺人事件には死刑もあり、均衡を保てない。死亡ひき逃げ事件だけ手厚くできない』と言われる。私は死亡ひき逃げ事件だけの時効撤廃を求めているわけではなくて、年間に約7000件のひき逃げ事件が起きているが、死亡事件を除くと3割が捕まっていない。その観点からも考えてほしい」と、理解を求めた。
■死亡事件の時効はすべて撤廃すべき?
時効が撤廃されない一般的な理由として、時の経過により「被害感情、処罰感情が薄れ起訴の必要性が減少」「当事者の記憶が曖昧になったり、証拠等が散逸したりなど、適正な裁判の実現が困難になり、冤罪を生む恐れ」がある。一方で、時効がなくなると、未解決事件が増えて捜査機関の負担になるなどの課題がある。

自民党の宮崎政久衆院議員(崎はたつさき)は法務大臣政務官時代、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃の国会審議に携わった。「公訴時効は『冤罪(えんざい)が起きてはいけないが、犯人は処罰しないといけない』という制度の調和から、法定刑の重さで期間が決まる。撤廃したものもあるが、1〜30年となっている」と説明する。「性犯罪に関しては議論の末、時効が変わったが、死亡ひき逃げ事件は制度化までいけていない。私も残念で忸怩(じくじ)たる思いがある」。
また、小関さんは「未解決事件が増えると、捜査機関に負担がかかるとされる。私も『1人の息子のために税金を使うな』と言われることがあるが、逃げるから警察は捜査しなければいけない。逃げることを考えない社会にすれば、事故の減少にもつながり、冤罪も防げ、警察の負担は軽くなる。そのためには法改正しない限り無駄だ」と訴えた。
常磐大学元学長(被害者学)の諸澤英道氏は、1000人以上の被害者・遺族らと会ったが「時が経つと記憶や被害感情が薄れる」と話す人は1人もいない、人を殺して訴追を受けないのは問題だ、との理由から、「被害者が死亡している事件は、過失・故意に関わらず時効を撤廃すべき」との見方を示す。
元検事で交通犯罪捜査に詳しい依田隆文弁護士は、事故は過失だが逃げる行為は故意で、「殺人と等しい」悪質犯罪だと指摘。防犯カメラやドラレコの普及、科学捜査も進歩し、証拠の保存・活用が広がる中では、「証拠散逸の懸念」には該当しないとみる。そして、実質的な時効撤廃として、「制度は残しつつ時効成立前に遺族らの意思を確認し、捜査継続を判断(傷害を負った場合、時効撤廃の線引きの必要性の議論は必要)」といった形を提案した。
宮崎氏は「時効撤廃に賛成というよりも、逃げ得を許さない制度を作るべきだ」と語る。「時効撤廃も方法論のひとつだし、例えば海外にいて時効が停止する仕組みを拡張したり、逃げて捜査できない環境を作っている事案は時効が進行しないようにする。『どのような仕組み』を作るかが大切で、時効撤廃が唯一の解決策なのかは知恵を絞って議論すべきだ」とした。(『ABEMA Prime』より)
