2000年12月30日、世田谷区上祖師谷の住宅で宮沢みきおさん(当時44歳)の一家4人が何者かに殺害された“世田谷一家殺人事件”。事件から25年が過ぎたいまも未解決となっている。
死亡推定時刻は、被害者の胃の内容物などから12月30日の午後11時30分ごろと推定。中二階にある浴室の窓の鍵は施錠されておらず、また網戸もはずされていたため、犯人はこの窓から侵入したと見られている。
2025年12月、証拠保全のために残されている事件現場となった住居に、何者かが窓ガラスを割って侵入した。2年前の2023年10月にも高校生約10人が肝試し感覚で侵入したことも明らかになっている。侵入した高校生らは「事件のことはよく知らなかった」と話している。
世田谷一家殺人事件の捜査を指揮した警視庁成城警察署の元署長で、殺人事件被害者遺族の会「宙の会」の設立者の一人でもある土田猛氏は、現場への侵入者が出ていることについて「警察OBとして、警察の捜査に対する向き合い方。あそこで犯行が行われ、多くの証拠が残され、血痕もあった。これは名古屋主婦殺害事件の高羽さんのように、被害者遺族が現場保存していたということが、大きな事件解決の1つの犯人に対するプレッシャーもあったし、証拠の保全という点からも大きなポイントであった」と説明。
土田氏が成城警察署の署長を務めた2005年当初は、現場に警察が常駐していたとして「なぜ警察官が24時間立っていたかというと、建物を守るためではなく、犯人が戻ってくるかもしれない。そして、犯人を捕まえたときに、早い段階で現場に犯人を同行して真実を語らせるという。そういう点では血のりの残ったその現場で供述をさせるということが、大きな心証形成のポイントになる」とコメント。
同事件では宮沢さんの家の路地から飛び出してきた男がいる。「これも大きなポイント。飛び出してきた男が犯人なのか、あるいは外で見張りをしていた共犯者なのか、あるいはまったく関係のない、たまたま通りすがった人なのか。飛び出してきた男についても誰だかわからないという状況からすると、やはり警察官がいて建物を確かに保存するということもあるし、犯人が来るかもしれない、共犯者が来るかもしれない、あるいはたまたま通りすがった人がその後どうなったかと、警察に行く前にとかに(見にくる)、そういう感情で立ち寄ることはあり得る。だから、警察官はそこにいるべきだったと思う」と自身の考えを述べた。
また事件後、土田氏は住民の不安を払拭するために街の防犯カメラを増やすことに尽力した。「千歳烏山の駅まで高性能の防犯カメラを付けている。あの建物の角にも付いている。そのカメラは成城警察署のリモコン室でモニターが見られる状態に、私が署長のときはそうなっていたし、いまでもそうなっていると思う」と解説。
「だとすれば、リモコン室で担当者がカメラを見ていれば、男が建物に入ったり出てきたりという映像はキャッチできた可能性がある。それが失われてしまっている。そこに警察官がいなかったことが、高校生の肝試しという軽犯罪法違反、書類送致という犯罪を作ってしまった。私は“作ってしまった”と思っている。警察官がいれば高校生10人が肝試しで入るわけないのだから」と、未然に防げた犯罪だと語った。
さらに今年12月の何者かの侵入についても「建物の中に窓ガラスを割って侵入して、2階に上がった。報道によると、物を動かしたような(ことも伝えられている)。玄関が開いていました。玄関から出たと。ということは、建造物侵入という刑法犯罪。これも警察官がそこに常駐していれば、あるいはカメラをちゃんと見ていれば、犯罪を発生させることはなかった。警察OBとしては本当に残念で致し方ない」と胸中を吐露した。
情報提供先 警視庁成城警察署 03-3482-0110
(『ABEMA的ニュースショー』より)
