社会

ABEMA TIMES

2025年12月31日 13:45

「悔しくて悔しくて仕方ないのです」母・宮沢節子さん(94)が記した25年の日記 世田谷一家殺人事件

「悔しくて悔しくて仕方ないのです」母・宮沢節子さん(94)が記した25年の日記 世田谷一家殺人事件
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 2000年12月30日、世田谷区・上祖師ヶ谷の住宅で宮沢みきおさん(44)、妻の泰子さん(41)、長女のにいなさん(8)、長男の礼さん(6)の一家4人が何者かに殺害された「世田谷一家殺人事件」。この事件は、現場に物証が多く残されているにも関わらず25年未解決のままだ。みきおさんの母・節子さん(94)の日記には事件以降の切実な思いや葛藤が記されている。

【映像】母・節子さん(94)の日記

 20世紀が終わろうとしていたその日。長年、日々の出来事を記してきた節子さんの日記には「一家全滅」と記され、翌1日の明け方、「どうしようもなし」と書かれている。事件後、衝撃のあまり日記はしばらく途絶え、記憶を辿って後追いメモで埋められた箇所もあった。1年後からはカレンダーに解決の日を願い、午前0時に斜線を引く日常となった。そんな節子さんが綴った日々、その一部を紹介する。

 2002年6月16日、礼(れい)の8歳の誕生日。墓参りに行く。お墓にトーマスの汽車ぽっぽ、おもちゃが供えてあった。

 2003年12月31日。生涯で一番悲しい地獄を見たときから丸3年。空元気で過ごして耐えてきた3年だったと思う。どうしたらいいのか考えられないし、自分が出ていくのも精神的に怖いものがある。どう動いたら…迷っているばかり。お巡りさんに頼っているのだけれど、何としたらいいのかな。

 2004年6月16日、晴れ。礼 誕生日、墓参りに行く。やはり行きたくなる、どうしているのだろう。にいな姉ちゃんと仲良く4人で過ごしているのかな。

 2004年12月31日。悲しい日なのに泣いていられない。みなさんに心配させる結果になるので。

 2006年10月13日。警察の方3人でみえる。親の心境を直接署員の方々に話してくれないかという話。土田署長さんのお願いとのこと。こちらも警察の努力について応えなければと思うが、不慣れなので考えてみます。

 2006年12月31日。1人でも何とか助からなかったのか、涙に暮れる。何でなくとも涙の毎日なのに一層深くたまらなくなる。生きていてもつらい、つらい。

 2007年2月19日。警察より電話あり、土田署長さん、勇退するとのこと。一生懸命いろいろと考えてくださったのに、とても寂しく残念でたまらない。26日で定年退職とのこと、何かを考えたい。

 2007年6月1日。柏の土田様の畑に初めてお邪魔するため出かける。ちょっとだけ草取りの手伝いをしてお昼になる。今日は畑で癒されたように見えた。また行こう。

 2008年7月4日。土田様が自宅にみえる。お話は事件の時効について。やはり声に出して世に訴えてほしいということである。1番そう願うのは私たちです。協力することを伝える。

 2009年12月30日。成城署で追悼会をしてくださる。長いことご苦労様、これからもよろしく。夕方の6時に報道のMさん、カメラさん、音声さんの3人みえる。おでんで忘年会していただく。

 2015年2月3日。結婚記念日、60回目になるのにお祝いできず残念に思う。寂しい限り。墓守だけに生きる結果になってしまう。寂しい限りだ。

 2015年12月20日。世田谷公園の催しに100人くらい出席ある。地元有志の演奏ほか歌唱に大勢の方が涙する。テリー伊藤さんの取材を受ける。とても温かく優しさを感じた。

 2017年2月3日。疲れたなと感じる。だんだん遠出は無理かな。結婚63年目。

 2018年 12月16日。昨日の疲れが出たのか、11時頃まで寝坊してしまう。考えれば精神的な疲れかなと思われる。いつまで出られるか心配だ。囲み取材が一番苦手。18年間何の進歩変化もないのだから、答えは同じ。私の元気なうちに「なぜ」の解決だけでも祈るのみです。

 2019年12月30日。墓参り囲みとなる。1番の苦手。今何思いますかと聞かれる。19年、そろそろ自由にしてほしい。探して見つからないので、なぜこんな事件を起こしたのか犯人に聞きたい。それしかないと思っている。警察は全力で探してくれているのに、それしかないと。

 2020年7月17日。あれから20年、1日として安心のできる日はなかったように思う。表面はつとめて平静にと思い過ごしておりますが、毎日1人で夜になったりすると、悲しく寂しくなってしまいます。泣きたくなります、泣きます。

 2020年11月10日、晴れ。1人になって自分でも不思議になるほど頑張っているつもりでいる。事件の解決を土産にと思っているつもりでいるも、何の変化もなしで、1日1日を送る有様で残念です。

 2020年12月30日。土田家族4人とともに墓参り。

 2021年4月18日。1人で寂しいね。いつも誰かを待っている。良行(夫)も寂しがり屋だったけど口には出さなかった。私も今はその気持ちが身に染みて分かる気がします。毎日痩せ我慢で頑張っているのです。仕方ないから、もう少し生きさせてもらいます。

 2021年12月18日。世田谷事件の催しをJAホールで開催。テリー伊藤さんが司会を務めてくださり、区長さん、弁護士さん、高羽さん、土田さん、DNAについて討論される。外国ではもう捜査の手段になって成果を上げているので、早く採用してもらいたいという結果になりました。

 2021年12月31日、晴れ。風すごく冷たい。今年もとうとう動きなし、残念。

 2022年5月30日。20年以上も今日こそ今日こそと待つ日々を続けているので、私は考えるとおかしくなっても不思議でないくらい待って、待っているのです。どうか私の元気なうちにと祈り続けています。

 2023年8月12日。1人でいると、いつも寂しいことばかり考えさせられる。事件の件も、私には納得いかないことばかりです。

 2023年9月20日。今日も暑い1日です。1人のんびり過ごすも、寂しいけどどうしようもなし。事件を知っているのは神様、仏様だけかなと思っている。

 2023年9月23日。泰子さんの誕生日。墓参りも1人ではいけなくなってしまいました。うちの中でも自由に何でもとはいかなくなってきました。頑張りにも限界があるようです。すみません。何とかなるまでと頑張っていますが、教えてくれませんか。悔しくて悔しくて仕方ないのです。何だったのかなと思うのです。

 2023年12月1日。もう12月、早いですね。事件から23年になるも何もわからず不思議なことばかり。1人でいたわけでもないし、礼だけ刃物でないのもどう考えたのか。私にとっては考えさせられることばかりなのに、と思わされている。もう一度、最初から調べ直せないものだろうか。

 2024年2月3日、晴れ、豆まきの日。天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目玉をぶっ潰せ。もう1人になってからは、豆をまくこともしなくなってしまう。ポツンといるだけです。寂しくなってしまいました。もしやどなたかと思っても、にぎやかはうらやましい限りです。

 2024年5月30日、デイサービスの日。ちょっと腕が痛いので休むことにした。この頃あちこち痛くなっている、不安なことばかりです。死ねない理由もあるし、困ります。もう少し頑張らせてください。解決、祈ります。

 2024年8月25日。大谷さん、ホームラン40、盗塁40になる。岩手では大喜びでしょうね。あっぱれあっぱれと応援です。

 2024年12月31日。1人で寂しいけど、なんとしても解決の手がかりだけでも見つかるまで頑張りたいと思っています。もう25年になろうとしているのです。私はとても外から入ったとは思わないのです。

情報提供先 警視庁成城警察署 03-3482-0110

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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