2025年3月24日、静岡県浜松市の市道で1台の軽トラックが小学生の自転車の列に突っ込み、4人が死傷した。この事故で娘を亡くした父親が電子署名サイトで訴えかけている。
「舘山寺小学生4人死傷事故 起訴前で過失致死を危険運転致死に変更と罰則求めます」(電子署名サイトChange.orgから)
この事故で、小学2年生の石川琴陽(こはる)さん(8歳)が死亡し、小学4年生の姉(10歳)も頭蓋骨を折るなど一時、意識不明の重体となった。車を運転していたのは78歳の男性だった。男性は「過失運転傷害」の容疑で現行犯逮捕され「過失運転致死傷」の容疑で送検。現在は在宅で取り調べが続いているという。
愛する娘を亡くした家族は今、事故は過失致死傷でなく、より罪が重い準危険運転致死傷で起訴してほしいと署名で賛同を求めている。一体何があったのか。事故から9カ月、家族に話を聞いた。取材に応じてくれたのは、琴陽さんの叔母だ。
叔母は「琴陽がいないことに対しては喪失感というか…いないことの辛さに対して、毎日最近泣いてるというか」と涙ながらに語る。家族はまだ琴陽の遺骨を納骨できずにいた。「琴陽だけがいないのはなんで?って辛さがまた時が経って違うというか。でも深くなる一方ですけどね」と心情を吐露した。
活発でとても明るかった琴陽さん。転んで擦り傷を作ることもしばしばあったという。家族みんなで食事に行く時、叔母が犬の面倒を見るため「残る」と言うと、「私も残る」と付き添う子だった。叔母は「優しい子だなってずっと思っていた。ものすごい気の使える優しい子だったなって」と振り返った。
3月24日。春休みに入り、この日は近所の友達と動物園に行っていた。夕方、帰宅後、友達を送ると姉たち4人と自転車に乗り再び出かけた。自宅からすぐの車通りに出て左に曲がった、その時、後方から軽トラックが突っ込んだ。事故現場は、緩やかなカーブの1本道だ。ブレーキを踏まなかったのか、壁に残った痕跡がその衝撃を物語っていた。
警察の検証によると、一番後方にいた琴陽さんの姉を跳ねた車は、そのままコンクリートの壁に乗り上げ、その勢いで、3番目を走っていた琴陽さんと2番目を走っていた友達に衝突したという。事故直後、現場に居合わせた鈴木六男さん(89)に話を聞くことができた。
「あんないい子にさぁ一瞬のうちに」そう語る鈴木さんは琴陽が赤ちゃんの頃から知っていた。2日に1度は道路を掃除する鈴木さんは、元気に通学する琴陽さんの可愛い姿が忘れられないそうだ。「いい子だったよ、毎朝『おはよう』って言って。『おう気をつけて行けよ』って言ってね。お姉ちゃんと。あの日4人でここ(の坂を)下ったの。あそこ(曲がり角)から出てすぐだもんね……」。
事故直後の男性の様子を、鈴木さんは今も鮮明に覚えていた。「ボーっとしてた、平然としてたもんね。わしは悪くないような顔してたもん」。スタッフが「救助活動はしたと聞いたが?」と問うと、鈴木さんは「しないよ!何言ってんだい!しないよ!!本人なにもボサーとしてた」と証言した。
警察によると、事故を起こした男性は「事故当時の記憶がない」「事故の1カ月ほど前にも同じような症状があった」と話しているという。この供述に琴陽さんの父親は、「なぜ同居している家族が免許の返納をさせなかったのか?なぜその時に運転を思いとどまらなかったのか? そこが理解できない」と憤る。
事故を起こした男性は2024年に免許の更新をしているが、その供述が事実なら、なぜ過失と言えるのか、危険を認識していたのではないか、というのが遺族の訴えの理由だ。
被害者側の代理人である大澤健人弁護士は、2024年の免許更新自体が問題だとした上で、「本人の故意があったのか、予見ができる事象だったのかというところが大事になってくる。事前にお医者さんの方から、例えば運転中に意識がなくなってしまう可能性があるから運転を控えてくださいといった指示を受けているのであれば、これは運転を差し控えるべきだという話になってくるので、そこは非常に分かれ目になるポイント」と指摘した
さらに、「こちらから検察官にお願いをしている、求めているところとしては、過去に事故を起こしたことがあるのであれば、その時の第三者の証言が得られないか、こういったところをしっかりと検証してほしいという点」と説明した。
琴陽さんの親族は、過失運転致死傷罪より罰則が重い、準危険運転致死傷罪での立件を検察側に求めたが、取材した12月末の時点では起訴はまだされていない。危険運転は過失に比べ罰則は重いが、問題は何が危険な行為に当たるのか。その判断は、厳罰を求める被害者感情と法の建て付けには大きな差があることが現実だ。
元裁判官の内田健太弁護士も危険運転と認定する難しさを指摘する。「やっぱり法令上、一番問題となってくるのは、正常な運転に支障を生じるおそれがあったかどうか、そしてそれを認識していたかというところが最大のポイントになってくる。そして、この“おそれ”というものは、あくまで抽象的な概念でしか書いていないので、実際にそういう前兆、予兆があったか。この判断はかなり難しい判断を迫られることになると思う」。
一方で「事故当時の記憶はない」と供述している男性の場合どうなるのか。仮に通院履歴がなかった場合、危険を予見できていたかの客観的な証明が争点になるという。「実際に何か意識障害があった時に勤勉に診断を受けた人は分かったということで危険運転の成立が高まり、意識障害があったのに、でも病院に行かない、だから分からなかったということで、全部無罪になるという結論もおかしいと思う。あまり前例がないケースだと思うので、ここは大きな判断のポイントになる」(内田弁護士)
過失運転から危険運転罪への変更は、悲しみを抱えた遺族たちの努力によってなされてきたが、その無念さに報いる判決になるとは限らない。2021年、大分市で時速およそ194キロの速度で衝突され死亡した男性の遺族が、過失致死での起訴は許せないと危険運転への訴因変更を求め署名活動を展開。地裁では危険運転を認めたものの、判決は懲役8年の実刑だった。遺族らは「あまりにも軽すぎる」とその判決にショックを隠しきれない。
さらに今回の事故で、琴陽さんの親族が怒りをあらわにしているのは加害者の態度だった。叔母は「4月14日に釈放されてからも何もなく、ずっと誰に殺されたかわからない状態で。手を合わせに来れなかった理由も『車がなかった』とか平気で言ったりする。こんなくだらないやつに殺されちゃったんだっていう悔しさもあるんですけど絶望しました、呆れちゃって」と心情を語った。
事故を起こした男性は今回のことをどう捉えているのか、自宅を訪ねた。「こんにちは○○さんでらっしゃいますか?」と声をかけると、男性は「うん、そう」と答えた。「今年の事故のことでお話をお聞きしたいのですが」と問うと、男性は「もう出かける時だで」と応じてくれなかった。
「琴陽帰ってこないけど、あの子の思いを考えたら、残された私たちがね、何か出来ることを絶対してあげたいなって思いますね」(琴陽さんの叔母)
検察に届け出る署名は、2026年1月6日までを予定している。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
