2026年3月の発売を前に、話題を呼んでいるレシピ本がある。『もしもキッチンに立てたなら 難病ALSのママが綴るいのちのレシピ』と題したこの本を書いたのは、筋肉がやせていき、体を動かすことはもちろん、呼吸もできなくなる難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を抱える、はらだまさこさんだ。
完成間近に迫ったレシピ本に込められた思いとは。『ABEMA Prime』では、はらださんと担当ライターに、病と向き合いながら子どもたちに「母の味」を残すと決めた理由を聞いた。
■なぜレシピ本を出版?

はらださんがALSの診断を受けたのは、2年半前だった。いまだ効果的な治療法がなく、徐々に体の自由が奪われる中でも、笑顔を絶やさず病と向き合ってきた。前向きな気持ちを支えたのは、料理だったという。「おいしいは『幸せ』だ。作る側も食べる側も幸せになれる」。
母として一番の生きがいは、おいしい物を作り、愛する息子や娘に振る舞うことだ。そのために一家で世界中の「おいしい物」を探す旅に出たり、福岡に喫茶店をオープンしたり……。自慢のレシピはどんどん増えていった。
そんな幸せが詰まった「母のレシピ」を子どもに残すことを、人生の生きがいにすると決め、ライターの田中文さんとの二人三脚で、レシピ本の制作を進めた。字が書けないはらださんに代わり、口述筆記を担当する田中さんは「これを生き甲斐として、子どもたちや多くの人に(レシピを)残すぞという気持ちがある。諦めない気持ちが伝わり、人として尊敬する。病気なんかに負けない」と語る。
はらださんは口述筆記の際、「私も母から『おいしい料理』という温かな記憶を受け取った。それを今度は私が子ども達に受け渡したい。私の味を『おいしい記憶』として子どもに残せたら、と思った途端に、子どもへのさらなる愛情と生きる情熱が私の心から湧き出てきた」と話した。
2025年の年末、はらださんの喫茶店では、本に載せるレシピの最終チェックが行われていた。今はキッチンに立つことはできないが、それでも仲間の力を借りて作業にあたる。喫茶店の看板メニューから、2人の子どもが好きだった料理やお弁当など、100を超える手持ちのレシピから、本には厳選した17品を掲載する。「私1人ではとても無理だったが、いろいろな作業をさせてくれた皆に感謝の気持ちでいっぱいだ」。
■ALSに対しての向き合い方

田中さんによると、ALSと診断された時のはらださんは「『やっぱりな』と感じた。約2年前から足がつることが多くなり、だんだん調子も悪くなる。自分なりに調べて、診断の半年前には『もしかしてALSではないか』と思っていた」のだそうだ。
通院までに時間が空いた理由は「子どもが0歳だったため、産後の不調だと思いたかった。もし入院するとなると、子どもと離れることになる。授乳もあり怖かった」と代弁する。
診断後の気持ちの変化については、「今も落ち込んだり、寝られなかったりする。こんなに笑っているが、『私生きていていいのかな』と思ったことは何度もあるという。最初は『泣き疲れて、泣くのに飽きた』と言っていた」と明かす。
しかしながら、「つらい中にも必ずいいことはあるから、そこに気づける自分でいたい」との思いもあった。「診断当時、小学生だった息子が、泣いている横で『ママなら大丈夫だよ』と言ってくれて立ち直った」。
田中さんら周囲の手助けに、はらださんは「もう本当に感謝だ」と話す。そして、病気に対しては「治せないものはないから、頑張りたい」と意気込んだ。
(『ABEMA Prime』より)