社会

ABEMA TIMES

2026年1月24日 09:30

話題の灘中入試問題 パレスチナ視点の詩からの国語問題はプロパガンダになる?イスラム研究者「解釈が異なる題材は入試に不適切」灘中OB「単なる読解問題。寄り添った“答え”は的を射てない」

話題の灘中入試問題 パレスチナ視点の詩からの国語問題はプロパガンダになる?イスラム研究者「解釈が異なる題材は入試に不適切」灘中OB「単なる読解問題。寄り添った“答え”は的を射てない」
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 進学校として知られる灘中学校が、入試問題にパレスチナの状況を主題にした詩を採用して、賛否を呼んでいる。詩はイスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘で、市民に大きな犠牲が出ているガザ地区など、パレスチナ自治区の状況を子どもの視点から描いたものだ。

【映像】物議を醸した灘中の国語問題

 ネットでは、最難関の灘中ならではの「すばらしい問題」との声もあれば、「露骨な政治プロパガンダ」だとの指摘もある。『ABEMA Prime』では、出題を問題だと考える思想研究者に対して、灘中OBらは「単なる読解問題であり、何か思想を植え付けようとするものではない」と反論した。

■入試の国語問題にパレスチナの悲劇を描いた詩

国語の入試問題

 灘中は兵庫県神戸市にある私立男子中高一貫校で、入試は全国でも最高難易度といわれる。2026年は1月17〜18日に国語・理科・算数(社会はなし)で行われた。国語ではパレスチナの惨状を表す詩の読解問題を出題し、ムスアブ・アブトーハー氏(パレスチナの詩人)の「おうちってなに?」、ゼイナ・アッザーム氏(米在住のパレスチナ系の詩人)の「おなまえ かいて」が掲載された。

 灘中の教頭は「本校の試験科目には社会がない。かといって社会を勉強しなくて良いわけではなく、社会的な問題についても日々ニュースや新聞に目を向けて関心を持って欲しい」「政治信条を問うものではなく、あくまで読解力を問う問題だ」と取材に対して答えた。

 イスラム思想研究者の飯山陽氏は、「灘中がこういった問題を出すこと自体は何の問題もない。『こういう学校に通わせたい』という人が、子どもに受けさせればいいだけの話だ。ただ、これは入試であり、教育ではない。授業で意見をぶつけ合うならいいが、テストには正解が求められる。子どもは灘中が定めた“正解”を目指さないといけない」と考えている。

 そして、「異なる立場の意見を出すと、不正解になる。立場によって解釈が異なる題材は、入試に不適切だ」と指摘する。「問題の文脈だけを見れば、『ひとりの人間として尊重されたい』が正解になる。しかし、他の立場から考えた場合には、そう言うのが難しいところもある」。

 受験総合研究所(じゅそうけん)代表の伊藤滉一郎氏は、「日本最難関の灘中だから、まだ良かった。灘中を受ける子たちは、ある程度、客観的かつ俯瞰的な視点で捉えられるが、偏差値50程度の中学であれば、感情的に読み取る層も増えるのではないか」と語る。

 灘中高出身でパブリックテクノロジーズ取締役CTOのTehu氏は、「15年前に試験を受けた人間からすると、こうしてバズるのも良くない。『IQ(知能指数)だけでなくEQ(心の知能指数、感情指数)も問う問題だ』との声も見られるが、むしろEQがあると誤答する」と話す。「国語の試験は『文章から読み取れること』だけを答えるのがルールだ。パレスチナに寄り添う人が絶賛するのも、イスラエル寄りの人が違反するのも、どちらも的を射ていない」。

 灘の校風を絡めつつ、「“受験サイボーグ”をあまり高く評価せず、自分が興味あることを小学校で学んだ子を採りたいため、いろいろな科目でそういう要素を出す。今年はそれが国語だったが、別の年は理科で『イカの絵を描きなさい。目がどこにあるか知っているか』と出題してくる。今年はたまたま社会的なテーマでバズってしまい、むしろかわいそうだなと思った」と説明する。

■両国それぞれの立場から問題があるべきだった?

出題意図は?

 飯山氏は「2つの詩を出すのであれば、一方はガザ、もう一方はイスラエルの視点にすべき」と主張する。「日本メディアが、ほぼパレスチナ側の報道しか出さないのと同じだ。パレスチナの子ども視点で、大人による自宅の破壊や、周囲の人々が殺害されることを心情的に描いた詩もある。パレスチナ人もイスラエル人を大量に殺害し、誰の遺体かわからなくなっている」。

 加えて、「感情を除外して、文章だけを読み取ればいい」といった論調には、「明らかに『ガザは一方的な被害者だ』とのスタンスを前提としていて、それは逃げだと感じる。イスラエルにも同じ悲劇があるが、このような出題では『一方が悪い』という像を描いてしまう。“反戦”の形を借りた、像の刷り込みは危険で、バランスが取れていない」と反論する。

 当事者である受験生側の反応はどうか。伊藤氏によると、「灘中受験生の親は『よくやった。すばらしい問題だ』と称賛の嵐だ。『難関中学だからこそ切り込める』と、ポジティブに捉える向きが大きい。学校として扱いづらいテーマを、最難関校が初めて取り上げることが称賛ポイントになる」のだそうだ。

 しかしながらEXIT・兼近大樹は、「この問題を読んでも、何に切り込んでいるかが理解できない」といい、Tehu氏も「灘の先生もそちらの気持ちだろう」と推測する。

 Tehu氏は「ここでの議論は、大人の想像の話でしかない。『子どもをバカにしていいのか』という意見もあるが、その通りだと思う。ネット上では『灘校は左翼の学校だ』と言われているが、リベラルの先生も、保守の先生もいる。両方の話を聞いて、『こだわり持ってるな』『何言ってんだ』と思いながら育っていくため、情報を与えたからと言って、そこへ寄ることはない。数十年前の日教組のような形をイメージするのはオーバーだ」と考えている。

 フリーアナウンサーの柴田阿弥は、「この詩は『戦時中に書かれた詩』であり、国や時代の背景が変わっても、問題として成立する」と話す。「『イデオロギーが教育に入りすぎるのはよくない』という気持ちはわかるが、作品には作者のイデオロギーが一定は入ってしまう。行きすぎると、どの問題も取り扱えなくなる」。 (『ABEMA Prime』より)

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