先日、東京・杉並区の住宅で、男性2人が刃物で刺され、1人が亡くなり、1人が負傷する事件が起きた。警察は殺人未遂の疑いで、この住宅に住む40歳の男を逮捕したが、事件のきっかけは裁判所による強制執行だった。
強制執行とは、一般的に裁判所が住人に対する立ち退きの判決を出した後、執行官がその家を訪問し、強制的に実現させる手続きのこと。亡くなった男性は、滞納家賃の立て替えなどを行う保証会社の社員で、負傷した男性は裁判所の執行官だった。容疑者は家賃を滞納していて、立ち退き期限日の強制執行時に、凶行に及んだ。
容疑者の男は「自分の人生がどうなってもいいと思って、2人を刺した。自宅を追い出されると金もないし、どうやって生きて良いか想像できず、自暴自棄になった」と供述しているという。現場の住宅では火災も発生していて、容疑者が自ら火を付けたとみられる。
強制執行は、受ける側の抵抗などで、事件や混乱が発生することもある。2009年には廃業となったホテルをめぐり、東京地裁の執行官と同行した警察官が、ホテルの明け渡しを認めない元従業員らともみ合いになる騒動が起きた。また2001年には。新潟県妙高市で住宅の明け渡しをめぐり、執行官の同行者らが日本刀で刺され、1人が死亡、2人が重症を負う事件も起きた。
強制執行の現実とは、どのようなものなのか。『ABEMA Prime』では、保証会社の担当者と、執行を受けた当事者と考えた。
■強制執行の仕事

2年前まで保証会社で家賃回収を担当し、何度も強制執行にも立ち会ったことがある0207(にがつ・なのか)さんは、事件について「理屈としてはありうるが、本当に起きるのか。僕も杉並区を担当して、事件現場のあたりも多く訪問した。運が良かっただけなのかと思った」と語る。
約11年の経験を振り返り、「強制執行には、部屋で執行官が紙を貼る“催告”の日と、実際に荷物を運び出す“断行”の日がある。催告で200〜250件で、断行は150件くらい立ち会った」と明かす。
強制執行の場において、家賃保証会社の役割は何なのか。「原告側は、誰か来なければいけない。家賃保証会社が介在する訴訟の場合、弁護士はもちろん、家主や不動産会社も現場には来ない。カギがなければ開けられないため、保証会社が行くだけの話だ。催告するのは執行官なので、見ているだけだ」。
実は0207さん自身も、滞納者から膝蹴りされた経験があるという。とは言っても「蹴られたが、刺されたわけではない。普段はそうしたことは起きない。コンビニ店員が、常にコンビニ強盗を恐れているわけではないだろう。業務として、意識せずにだらだらとやっている」と、現場のリアルを話す。
■強制執行を受けたことがある当事者

2011年に家賃滞納で強制執行を受けたことがあるというソリマチさんは、「万策尽きて、なすすべがない状態。小さな会社を経営していて、収入を得るために仕事を続けていたが、強制執行を回避できるほどの収入は得られなかった。会社を維持するために、借金もたくさんしていたため、退去時の引っ越し費用も、次の家の契約費用も借りられない状態だった」という。
その後は、「僕は1人暮らしをして、妻と子どもは妻の実家で暮らしている」という。「家族には、強制執行の当日ですら、はっきりと伝えていなかった。『裁判所から人が来るから、とりあえず今日は、子どもを連れて実家に戻ってくれ』と濁した」。
当時を振り返り、「普通の精神状態であれば、正直に言うべきだが、それすら言えなかった。強制執行が終わり、家が空っぽになって、初めて家族に伝えた。そこまでの半年間で、消耗しきっていた。金策に走りつつ、仕事もやらないといけないため、何も考えられなかった」と話した。
強制執行になる前に、自己破産や生活保護の受給などを考えていなかったのかと問われると、「知識がなく、考えも及ばなかった。執行後に妻と離婚し、冷静さを取り戻してから、社会福祉協議会による転居貸付などの制度を知った。すべて終わった後ではなく、もっと手前で知っていれば対策できた」と答えた。
■「『このまま続けば、こんな状況になる』と説明してあげることが重要」

執行官をテーマにしたドラマで監修も担当した岡本直也弁護士は、「債務者・滞納者は、精神的に混乱していて、裁判所や役所から来た封筒が、ハサミも入れずに放置されている。『いつ執行されるか』すらもわからない状況の人は多く、まずは混乱を整理してあげるしかない。『このまま続けば、こんな状況になる』と説明してあげることが重要だ」と考える。
文筆家で情報キュレーターの佐々木俊尚氏は、「社会問題として、貧困な人ほど、例えば行政の窓口がどこにあるか知らなかったりする。貧困には金銭面だけでなく、“文化的貧困”もある。コロナ禍でも支援金があっても、どこに行けばお金をもらえるのか知らない人が多かった」と指摘する。
その上で、「行政側が受け皿を作り、『ここに来て』と呼びかけるパッシブ(受け身)な支援には限界が来ている。その情報を知っている人は、まだ心に余裕がある。余裕がない人には、行政が積極的に支援を与える方向にかじを切らない限り、“無敵の人”が発生する問題はなくならないのでは」との考えを示した。
0207さんは、これに賛同しつつ、「大都市圏では『あらゆる合法的な手段を尽くしたが、ホームレスになった』は、おそらくない。生活保護費も家賃も使い込み、裁判となっても、時間さえあれば大丈夫だ」と語る。「高額な家賃の場合、お金がなければ強制執行の解除は無理だ。ただ、ホームレスにならない方法は存在するはず。強制執行までには時間がある。ネットや周囲には聞きづらいかもしれないが、福祉法人などの窓口にアクセスしてほしい」。
(『ABEMA Prime』より)