大分市で起きた死亡事故をめぐる2審判決が出た。大分地裁が1審(2024年)で下した被告の量刑が「求刑懲役12年に対して懲役8年」とあまりに軽かったため、「その量刑は認められない」と控訴したところ、福岡高裁の2審(1月22日)は原判決を破棄し、懲役4年6カ月に処するという遺族にとって耐えがたく、受け入れられない判決となった。
事故は2021年2月、大分市の一般道で、当時19歳の男が194キロの速度で運転していた車と、右折していた車が激突。この事故で小柳憲さん(当時50歳)が死亡した。福岡高裁は1審の危険運転を認めて懲役8年とした判決を破棄。危険運転ではなく過失運転だとして、懲役4年6カ月の判決を言い渡した。
「また5年前に振り出し」と、落胆の言葉を口にした遺族、姉の長文恵さんのもとを訪ねた。5年前に起きた事故現場で、文恵さんは「4カ所街灯を(事故の)後で付けているから、今は明るいけど、もっと暗い交差点ではあった。ちょっと生花をしてますけど、交通量も多くて危ない道路でもあるので」と語る。
小柳さんは3人姉弟の末っ子として育ち、姉2人の影響か、とても穏やかな性格だったという。
文恵さんは事故現場で「ここに来た友人たちでしょうか。どなたか飲み物を置いてくれたりしてくれている」と話す。小柳さんには友達も多く、献花台も風に飛ばされないようにと、仕事仲間が作ってくれたそうだ。
事故が起きたのは、別府湾に沿って走る通称「40m道路」と呼ばれる大きな街道。片側3車線の幹線道路から住宅地へと向かう道路との交差点で衝突された。
時刻は夜の10時55分ごろ、小柳さんは仕事からの帰宅途中だった。右折しようとした小柳さんの車に、被告の運転する車が194キロの猛スピードで衝突した。その衝撃は、小柳さんを守っていたシートベルトが引きちぎれるほど。車体は大破し、体は外に投げ出された。
文恵さんは、交差点で「これくらいでも右折しますよ。全然来ないでしょ。対向車が来ないこのタイミングです。みんな右折する、十分に右折できる。結構近くに見えているようで距離はある」と証言する。夜間、対向車はなんの問題もなく右折しているのがわかる。
「この5年近く、何度も右折して、弟の目線で通るけど、これを運が悪かったと思わざるを得ないのかとか、やっぱり悔しい。ここを右折さえできていたら、家に帰れたと思うのに、戻ることができなかったと思うと、残念というか……」(文恵さん)
小柳さんは、通勤で毎日この道を使っていたため、距離感を誤ることはあり得ないと語る。しかし夜間の場合、194キロのスピードの速さを目視で判断することは容易ではない。
では、194キロを出している側はどうか。日本交通事故調査機構の佐々木尋貴氏は、「時速194キロで(止まるには)230メートルくらいかかる。計算上は。例えば230メートル手前からヘッドライトが見えたとして、その位置を、今その車が交差点内にいるものなのか、交差点よりも遠くにいるものなのか、そういった区別は、夜間に230メートル離れてしまうとわからない」と解説する。
実際、被告は、右折してくる小柳さんの車を視認できていなかったと証言している。スポーツタイプのドイツ車を手にいれ、乗り回していたという容疑者。納車から40日間で4000キロ走った上で起こした事故だった。
佐々木氏は「自分が車の性能に乗せてもらっている認識がない。自分が他の車よりも速く走れるとか、自分の技術が他の人よりも速く走れるという錯覚に陥ってしまう。そういう人たちは(スポーツカーに)乗るべきではない」と指摘する。
当初、この事故は「過失致死」として立件、起訴されたが、そんなはずはないと遺族らが署名活動を展開。約2万8000人分を集め地検に提出し、異例の訴因変更が実現した。過失運転致死から危険運転致死罪での起訴となり、1審の大分地裁は、裁判員裁判で危険運転を認め、被告に懲役8年の実刑判決を言い渡した。
文恵さんは「1審の判決の時は(懲役)8年と聞いて、その後の裁判長の話、全く記憶にないぐらい聞けなかった。(求刑12年から)減刑されたことのショックで」と振り返る。
危険運転の認定については、法と市民感覚のズレがたびたび指摘されているが、その主な争点は「危険を制御できたか」の判断だ。法律の概念では、危険とは「制御困難性」とされ、たとえ猛スピードでも危険を制御できているなら「危険運転は適用されない」。判例が積み重なり、このような解釈が定着しているという。私たちが一般に考える、アクシデントに対する対応を指す「危険」とは大きく異なる。
元大阪・札幌地裁裁判官で、松村法律事務所の内田健太弁護士は、危険運転致死罪が示す「危険」が、一般市民がとらえる「危険」とは乖離(かいり)があると指摘した上で、「制御」についてこう語る。
「制御できるかどうかは、普通に考えたら、例えばこんな高速度で走ったら車が飛び出してきたり、歩行者が飛び出してきたらよけられない。そういう場合を意味する考えが一般的な感覚だと思うが、(危険運転の)立法担当者はそう考えていなかったようで、そういう外部的な事象を一切無視したとしても、飛び出してきたりとか何もない状況であったとしても、進路をはみ出してしまうような速度であったことが必要だというのが元の考えだったようだ」
つまり今回の場合、たとえ194キロ出ていたとしても、現場は直線道路。制御できなかったとまでは言い切れず、危険運転と断定するには至らないというのが、法律上の解釈だという。
1審で原告側は、プロレーサーにサーキット場で194キロで運転してもらい、制御ができないことを法廷で証言した。しかし2審では、道路の形状も違い、運転手も、車も違うとして認められなかった。
いったい何が判断を分けたのか。内田弁護士は「今回、特に雪上ってこともなかったし、カーブが入り組んでいるとか、下り坂だって事情もないとすると、確かに速いけれども、何か進入することを考えなければ、真っすぐ走ることはできたと。そうである以上、『それは危険運転致死傷罪が想定する高速度ではない』というのが、この裁判所の判断だと思う」との見解を示す。
遺族が求める「危険運転」。2025年12月、その適用要件の見直し案を法制審議会がまとめたばかりだ。しかしこれまで、過失ではなく危険運転認定のハードルは高く、法定速度をはるかに超える死亡事故でも「過失」という判決が多いのも事実だ。
姉の文恵さんは丸5年、署名活動で弟の死の重さを訴えてきた。今回の判決を受け、検察に上告を求める7万筆あまりの署名を提出した。「何度も署名しなければならないとか、何か訴えなければならないとかにならないような法律になるように訴えていきたい。私はまだまだ戦える力は残っているから。今後の高速度の事故に、絶対に影響を受けることだから、このまま終わるわけにはいかない。もうそれに尽きます」。
(『ABEMA的ニュースショー』より)