水不足が懸念されるなか、ダムの水位低下で見えてきたのは、およそ50年前に沈んだ“幻の役場”です。当時を知る人に、話を聞くことができました。
ダムに沈んだ“幻の役場”出現
沈んでいた“歴史”が、各地で姿を見せています。
明坂義和さん(88)
「僕は仕出しやってたから。毎日職員のお弁当の注文を受けて、毎日出入りしてました」
「四国の水がめ」では、ダム建設反対の“拠点”が水面に出現。取材を進めると、深刻な状況が浮かび上がってきました。
渇水の現場は、高知県にある「早明浦ダム」。長年沈んでいたことがうかがえる、くすんだ屋根の正体は村役場の旧庁舎です。
この一帯ではダム建設によって322世帯の住居が水没。大川村の現在の人口は345人ですが、1960年時点では4100人以上が暮らしていました。
「今の状態は、幽霊がいそうだね」
ダムに沈んだ当時の大川村の住人に、話を聞くことができました。
「大川村の役場のとりでのように建てた役場だと思う。『反対をしよう』という意味合いではないかと」
旧村役場はダムに反対する村民たちの“とりで”として、現代まで残されたのではないかと話す明坂さん。当時は商店を営んでいました。
「橋と下の橋とに竹やぶがある。あの中ごろの下です。今の水面から4メートル下に自分の家が、明坂商店があった」
役場には弁当を届けるためによく訪れたそうです。
「ダムができる前は、役場には自分より先輩も後輩もいた。(当時)ほとんど地元の人だった」
「(Q.今どこに?)職員だった人は2〜3人残っているが、出ていったり亡くなったりした」
そもそも旧村役場が見えたのは、平年よりも30%近く貯水率が下がったため。6日は、岸の近くに屋根の四隅を確認できますが…。12月、貯水率が100%のころは完全に隠れています。たったの2カ月で水位はここまで下がったのです。
早明浦ダムでは、10日以上雨を観測していません。
一方、今よりもひどい渇水に見舞われたこともありました。
1994年には貯水率が0%になり、旧村役場全体があらわに。2000年代に入ってからも、たびたび建物が姿を現してきました。
「(Q.役場が見える?)また見え始めたと思う。50年も経ったら思いも薄らいだ」
渇水深刻 ダム水位低下
一方、早明浦ダムから直線距離でおよそ20キロの場所にある愛媛県の「新宮ダム」では…。
鵜飼裕士所長
「2カ月ぐらい前は満水ぐらいだったが、今日時点で15メートルくらい下がっている」
去年12月と比べると、水位の変化は一目瞭然です。その影響は、ダムの西側に出ていました。
「(Q.これはなんですかね?)かまどか五右衛門風呂か、分からない。でも生活の跡ですよね」
「(Q.当時のものが残っている?)そうですね。50年前」
本来、水で沈んでいる場所が歩けるほどに。ダム建設前には、人々の暮らす複数の村がありました。
「こういう生活の跡が出てくると、水位が下がったと感じる」
新宮ダムは周辺地域の製紙工場などを中心に工業用水を供給していますが、今後、取水制限を行うことが決まったそうです。
「雨が降って貯水率が回復して、紙産業がもっと栄えてもらえたら」
(2026年2月6日放送分より)









