社会

ABEMA TIMES

2026年2月21日 13:30

「温泉が出ない温泉街」に何が起きたのか…廃墟ホテルを抱える町の謎と再生の道

「温泉が出ない温泉街」に何が起きたのか…廃墟ホテルを抱える町の謎と再生の道
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 京都駅からおよそ1時間、京都の最南端で奈良との県境に位置する笠置町。町の中央に木津川が流れる山間の町で人口は約1000人と、西日本で最も人口が少ない町だ。この町はかつて「大阪の奥座敷」と名をはせた温泉街だった。そんな笠置町の現状を取材するため、ラジオパーソナリティのわきたかし氏が訪れた。

【映像】廃墟と化した温泉旅館の様子(実際の映像)

 町の案内板には温泉施設の名前もあったが、観光案内所を訪れてみると、笠置町観光協会の西浦敏晴氏は7年前から温泉が出ていないとして「ごめんなさいね」と説明。

 当時を知る地元の理容店の店主は「昔は賑わっていた?」と尋ねると「そうそう」とうなずく。時期について尋ねると「平成10年ぐらいまではいけた」と回答。街には温泉旅館の廃墟がそのままとなっているが、「壊す段取りもできてない、そのまま」と答えた。

 町民によると、およそ70年前に台風で木津川が氾濫し、温泉を供給していたパイプが破壊されてしまったことがひとつの要因だという。現在温泉はゼロで、店は閉まり観光客は消え、かつて旅館だった建物が取り残されている。

 笠置町が温泉街として栄えていたのは昭和初期。当時は木津川沿いに多くの温泉旅館が立ち並び賑わっていたが、平成に入り徐々に衰退。2019年には経営難などにより「いこいの館」が閉館し、町から温泉がゼロになったという。

 「笠置館」は2010年ごろまで料理旅館として営業しており、収容人数は100名。現在は窓ガラスが割れ、屋根も崩落が始まるなど劣化が進む廃旅館となっていた。

 「笠置観光ホテル」は建物自体はあるものの、遠くから見ても建物のペンキがはげ、看板が剥がれ落ち、朽ちている様子がわかる。近年この廃ホテルに肝試しに入る若者が増え問題となり、さらには立ち入った若者に対して「建物の所有者」と偽り、金銭を要求するトラブルも発生。警察が捜査に乗り出す事態となった。しかし笠置町役場は「廃ホテルには所有者がいるため管理に介入できず、撤去の話合いも進んでいない状態」と明かす。

 しかし廃墟の旧温泉地から抜け出そうとする新たな動きもある。生活用品店の店主は「サイダーの元になる炭酸水が、ちょろちょろ出てたみたいな。そこに砂糖を入れてラムネみたいにして飲んでいた」と証言。その歴史は古く、明治時代から。瓶詰して販売し、胃腸に良いと評判になったという。

 しかし木津川の氾濫により温泉のパイプが壊れ炭酸水も供給できなくなり、一度は姿を消したが7年前、町の新たな名物にしようと明治時代のラベルを再現して「復刻版 京都笠置炭酸サイダー」として250円で販売。わき氏はサイダーを飲み「さわやか。むちゃくちゃスッとする。うまい!」と絶賛した。

 さらに町にあるのは泊まれる小料理屋「与一」。代表の森本一輝さんは39歳で、大阪などの料理店で働いていたが、5年前に地元笠置に戻り旅館を始めたそう。

 自らDIYで古民家を改装。1階は宿泊者以外も利用できる小料理店で、テラスのバーカウンターも併設。1日1組限定で、笠置の名物料理を堪能できるプランが大人気だという。料理に使う鹿や猪の肉は仲間のハンターから仕入れており、朝捕獲し、さばきたてのジビエを購入。2日寝かせるのが美味しいタイミングなのだとか。夕食は季節食材のフルコースで、ほとんどが笠置でとれた食材なのだそう。

 実際に「与一」で出される料理を体験。鶏肉の刺身は「ホンマにおいしい。さっきまで生きていたぐらいの新鮮さ」と驚き、鹿肉のステーキは「柔らかい、めちゃめちゃあっさり。こんなにおいしいの?鹿って」。ぼたん鍋は「臭みが全然ない」とコメント。さらにはキジ肉の炊き込みご飯も食べて「惜しげもなくキジも入っているという。いい歯ごたえですね。しこしこという感じで」と「これはみなさんにも味わいに来てほしい。ホンマ最高」と満足げに語った。

 現在笠置町に旅館は「与一」を含めて2軒のみ。森本代表は「温泉が復活するという動きも徐々に徐々に出てきていますので。うちは食の部分で昔この辺でやっていたお料理を僕が復活させていく」と意気込む。「復活が起爆剤になると思う」と言葉をかけると、森本氏は「この町はもう本当に何もないので、一つ何かきっかけがあれば」とコメントした。

 笠置町名物「復刻版 京都笠置炭酸サイダー」をMCの千原ジュニアが試飲。「あ、なんかクリア!いいですね!」と高評価。ほかにも鹿のジャーキーを食べ「これはええわ!これ、品川〜新大阪1袋でいける。めちゃくちゃもつわ」と、絶賛した。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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