京都にある太秦映画村が江戸時代の京都を再現して、3月、リニューアルオープンするなど古き良き京都が注目されています。
江戸時代の名残を見ていく企画、第3弾は京都編です。
『清水の舞台』で知られる清水寺など、意外な歴史をお伝えします。
■京都・清水寺『舞台から飛び降り』本当の意味
京都の清水寺です。
778年にできました。
現在の舞台は徳川家光の支援で、江戸時代の1633年に再建されました。
高さは約13メートル、4階建てのビルに相当します。
ここでクイズです。
江戸時代、清水寺で流行した“変わった風習”とは何でしょうか。
正解は、
願掛けして舞台から飛び降りる風習がありました。
信じられないかもしれませんが、浮世絵にも清水の舞台から飛び降りる女性が描かれています。
江戸時代の滑稽本『東海道中膝栗毛』にも登場します。
「傘(からかさ)をさして飛ぶというのは、この舞台からだな」と言うシーンがあります。
現代にも名残です。
「清水の舞台から飛び降りる」という言葉があります。
重大な決意で物事に臨むことをあらわした言葉です。
「観音様を信じれば飛び降りても死なずに願いがかなうと言われていた。死亡率は15%くらいだった。明治5年に京都府が禁止して飛び降りはなくなった」
■江戸時代の京都 徳川家が寺社再建 その狙いとは
徳川幕府と京都の関係についてです。
本郷さんによると、徳川家康は豊臣家と朝廷に対して、警戒感を持っていた、ということです。
当時の京都は経済的な先進地域であり、同時に当時天皇がいた御所や寺社など、特殊な権威を誇る地域で、徳川幕府もこの地の掌握に苦心しました。
1603年、徳川家康は京都御所の守護と将軍が上洛する時、つまり京都へ行くときの宿泊所として、二条城を築城しました。
徳川家が再建したのは、
・八坂神社
・知恩院
・東寺の五重塔
などです。
「徳川幕府の権威付けを目的として、応仁の乱などで壊された京都の神社・寺院の再建などを積極的に行った」ということです。
■鴨川沿い 風物詩“川床”江戸時代に拡大 京都の花街秘話
京都の夏の風物詩、鴨川沿いで5月から10月に行われる納涼床です。
広まったのは江戸時代で、浮世絵にも描かれています。
どう広まったのでしょうか。
1590年、豊臣秀吉が鴨川に架かる橋を架け替えました。
河原は見世物や物売りでにぎわい、見物席や茶店ができました。
江戸時代に入るとさらに発展し、石垣などが整備され、付近に花街が形成されるなど、にぎわいが加速しました。
約400軒の茶屋が、床几の数を定めるなど、組織化も進んでいきました。
花街は今も残っています。
現存する5つの花街は五花街(ごかがい)と呼ばれています。
中でも読むのが難しい地名、先斗町(ぽんとちょう)です。
名前の由来は複数の説があります。
1つ目の説、ポルトガル語の説です。
ポルトガル語で、
『先』を意味する『ポンタ』、
『橋』を意味する『ポンテ』、
『点』を意味する『ポント』、
などが由来になっているという説。
2つ目の説、連想ゲームのように、先斗町と呼ばれるようになった説です。
先斗町は、
高瀬川と鴨川に挟まれている。
川と川に挟まれている。
動物の皮と皮に挟まれているのは、太鼓。
鼓の音は『ポン』で、先斗町になったという説です。
■舞妓さん ルーツは寺社近くの茶屋 江戸時代に発展
そして、京都で外国人観光客に人気なのが、衣装やメイクでの舞妓の体験です。
舞妓さんのルーツも江戸時代です。
もともとはお寺や神社の近くの茶屋でした。
参拝者にお茶や、お菓子を出すお店でしたが、時代とともに、座敷で女性が踊りや三味線でもてなすようになりました。
舞妓とは、芸を披露してもてなす『芸妓』を目指して修行をするのが『舞妓』です。
■『新選組』『坂本龍馬』 の名残 龍馬暗殺 実行犯の正体は?
激動の幕末についてです。
新選組です。
14代将軍、徳川家茂の警護の為に集まった浪士組が前身で、京都の治安を守り、過激派浪士などを取り締まりました。
クイズです。
新選組と言えば、浅葱色に白のだんだら模様の羽織ですが、このデザインは何を参考にしたでしょうか?
正解は、本郷さんによると、歌舞伎の演目『忠臣蔵』の中で着用されていた、黒に白のだんだら模様の羽織だということです。
新選組を一躍有名にしたのが、1864年の『池田屋事件』です。
過激派浪士が都に火をつけ、混乱に乗じて天皇を拉致する計画を察知した新選組が池田屋を襲撃しました。
事件があった池田屋の跡地は、現在どうなっているでしょうか。
現在は、新選組をテーマにした居酒屋になっています。
店の前には『池田屋騒動之址」と書かれた石碑があります。
続いて、坂本龍馬です。
薩長同盟を成功させ、江戸幕府を倒すきっかけを作った人物です。
クイズです。
坂本龍馬が日本で初めてしたとされることがあります。それは何でしょうか?
正解は、
・日本初の新婚旅行
・日本初の商社と言われる『亀山社中』を設立したことです。これはのちの海援隊です。
寺田屋事件です。
薩長同盟成立の2日後、伏見奉行所の役人に踏み込まれ、坂本龍馬が深手を負いました。
舞台となった寺田屋は、鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物は、その後に再建されたものです。
寺田屋事件では、寺田屋で働いていたお龍が役人が来ていることを知らせ、坂本龍馬を助けました。
深手を負った龍馬はお龍の看護を受け、その後、結婚しました。
寺田屋事件の翌年、近江屋で坂本龍馬が暗殺されました。
その跡地は現在どうなっているでしょうか?
現在は、カラオケ店になっています。
店の前には、『坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地』と書かれた石碑があります。
「学問的見地からすると京都見廻組の犯行。他には薩摩藩説や新選組説も」
(「羽鳥慎一モーニングショー」2026年2月23日放送分より)













